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「Ready Player One」のアセットを使ったVR脱出ゲームに注目。NVIDIAが力を入れる先進的なVR技術の数々を体験してみた
Ready Player Oneの世界にダイブできるVRコンテンツが人気
Holodeckについては,筆者によるGTC 2017基調講演レポートで詳しく説明しているが,簡単に説明すると,離れた場所にいる人々が仮想空間上に集まってミーティングをしたり,同じく仮想空間上にCGで表現した製品や試作品を評価したりできるシステムである。
仮想空間での会議なので,たとえば実物大の乗り物や建築物をCGで再現することも可能だ。遠隔地にいる商品企画担当者とデザイナー,工場側のスタッフがHolodeckを使えば,全員が実物大のVR映像を見ながら,どこをどう修正すべきかとディスカッションできるのである。
VR Villageで面白かったのは,本来はビジネス用途向けのHolodeckを使って,NVIDIA自体が作ったVRゲームを展示していたところだ。会期中,連日大人気だったVRゲーム「Aech's basement」(エイチの地下室)は,日本でも2018年4月20日に公開予定の映画「Ready Player One」の世界観をゲーム化した作品である。
ゲームは,映画の登場人物であるエイチの秘密基地に迷い込んでしまった来場者の3人が脱出を目指すという,いわゆる「脱出ゲーム」だった。地下室内で拾ったアイテムやヒントを駆使して,10分以内に部屋から脱出できればクリアとなる。使用するVR HMDは,国内でも販売の始まったばかりのHTC製「Vive Pro」だ。
今回の展示を見た限り,Holodeckは業務用VRだけでなく,動き回れる多人数同時参加型VRエンターテイメントの開発プラットフォームとしても有用なのではないかという気がする。ただ,Aech's basementは一般公開の予定はないとのこと。NVIDIAが出展するイベントでなら,再び公開する可能性はあるそうなので,見かけた人はぜひ体験してほしい。
8K×8Kの360度3D立体視映像をVR HMD向けに表示するデモを体験
今回体験できた360度立体視映像のデモは2つ。
1つは,業務用や放送業界用の360度カメラのメーカーであるZ CAMが開発した「Z CAM S1 Pro」で撮影した360度3D立体視映像を,VR HMDのViveで鑑賞するというものだ。ここまで読むだけだと,今さら珍しい体験ではなさそうに思えるが,実はいくつか新しい技術を盛り込んだコンテンツなのだ。
Z CAM S1 Proは,本体だけで6K
なお,ここで言う極座標映像というのは,360度映像を球体の表面にテクスチャマッピングしたような映像形式のこと。2眼分の映像を生成するのは,3D立体視に対応させるためだ。
話を戻すと,WonderStitchで縫い合わせ処理や極座標変換を行う処理系には,NVIDIAが開発した360度ビデオ作成用ライブラリの「VRWorks 360 Video」を採用しているというのが,Z CAM S1 Proを用いたデモのアピールポイントである。NVIDIA製GPUを搭載するPCで実行すれば,GPUによるアクセラレーションが効くので高速に処理できますよ,というわけである。
GPUによるアクセラレーションは,表示のときにも使われている。Viveに向けて8K解像度の極座標映像を表示するためには,映像の中からユーザーが見ている方向の画角110度分を切り出したうえで,Viveの片目あたり解像度である1080×1200ピクセルにリサイズして表示する必要がある。VRWorks 360 Videoは,この切り出しからリサイズまでの処理を,NVIDIA製GPUを使って行えるという。それにより,極めて低遅延かつリアルタイム性に優れた再生ができるというわけだ。
基本的には,Viveを被ってデモ映像を見るだけのデモだったが,実はそれだけでなく,興味深い実験も体験できるようになっていた。
デモで使った再生映像は2種類が用意してあった。1つはここまで述べてきた8K
Viveは,片目あたりの水平画角が約110度,解像度が1080×1200ピクセルなので,360度全周映像の解像度は,およそ約3.5K×1.2Kの解像度があれば,
だが,8K×8Kの元映像から切り取って縮小した映像は,4K×4Kの映像よりも綺麗に見える。ディテール感が向上するだけでなく,首を振ったときに映像を構成するピクセルのうねり(ピクセルシマー)が明らかに少なくて自然に感じられたのだ。
8K×8Kの極座標映像を水平画角110度で切り出すとざっくり2.4K×2.4Kくらいになるので,これをViveの解像度に合うように「スーパーサンプリング」して生成した映像のほうが,空間方向だけでなく時間方向にも情報量が増える。言い方を変えると,テンポラルアンチエイリアシング的な効果が現れているためだろう。
つまり,このデモは,「今後は,さまざまな解像度のVR HMDが混在する時代になるので,配信元はできるだけ解像度の高い映像ソースを持っておいて,表示するデバイスに合わせて加工したうえで出力したほうが,よりよい映像体験が提供できる」という啓蒙でもあるわけだ。
2つめのデモは,Z CAMの360度カメラ「Z CAM V1 Pro」(関連リンク)を使ったものだ。Z CAM V1 Proを使用して,会場の360度映像を撮影し,それを8K×8Kで二眼分の極座標映像に再構築して,体験者のViveにリアルタイムでストリーミングするという内容だった。
撮影映像の配信は,WonderStitchのリアルタイム版とも言える「WonderLive」(関連リンク)を使用していた。当然ながら,WonderLiveもVRWorks 360 Videoを利用しているそうだ。
筆者もリアルタイムストリーミングデモを体験してみたが,映像の画質は,先述したスタンドアロン版とほぼ同等という印象だ。Viveを被っている自分自身も映像に映っているので,自分の動きがどれくらいの遅延で映像に反映されるかを試してみたところ,あくまでも体感であるが,遅延は大体1秒前後といったところであった。処理の複雑さを考えると,なかなかの低遅延ぶりだと言える。
眼球のサッケード運動を利用して,VRユーザーの歩みをコントロールする「Saccadic Redirected walking」
「Redirected walking」という技術,あるいは効果をご存じだろうか。
Redirected walkingとは,「認知科学」や「心理物理学」におけるテーマの1つで,簡単に言えば「人間は,視覚をはじめとする五感で把握した情報の影響が大きいために,知覚的な移動量と物理的な移動量は一致しない」現象のことをいう。
Redirected walking効果をVR用途で利用すると,たとえば,物理的には直線的に50mしか移動していないにもかかわらず,VRコンテンツ内で前後左右に数100mも歩き回ったかのように感じさせられる。「Free Roam」(自由に歩き回れる)タイプのVRコンテンツでは,この現象を効果的に取り込んで,VR体験の満足度を上げていく取り組みが行われているのだ。
東京ジョイポリスのフリーローム型VRアトラクション「ZERO LATENCY VR」や,東京大学大学院情報理工学系研究科の廣瀬・谷川・鳴海研研究室が公開した「Unlimited Corridor」は,Redirected walking効果を応用したVR体験の好例である。
VR Villageでは,Redirected walking効果を用いた最新の研究成果をもとにしたデモを体験できた。それは,NVIDIAとニューヨーク州立大学ストーニーブルック校,そしてAdobe Systemsの共同研究によって作られた「Saccadic Re
眼球のサッケード(※サッカードとも)運動と言われても,なんのことやらという人は多いだろうから,噛み砕いて説明しよう。
人間の眼球は,自分では「目を動かしていない」と思っていても,小刻みに振動するように動いているという。それでも,実際には安定した視界で見えている。面白いのは,「サッケード運動があるにもかかわらず,人間はどうして安定した視界を得られるのか」が,正確に分かっていないことだ。人間の脳には,高性能な天然の手ぶれ補正機構が備わっているという仮説もある。
そこでPatney氏の研究グループは,サッケード運動が起きている瞬間を狙ってRedirected walking効果を加えると,より大きい効果を得られるのではないかという仮説を立てたという。そして,仮説を立証した論文をGTC 2018に合わせて発表するとともに,仮説を実証するVRデモをVR Villageに出展したというわけだ。
VR HMDを使っていると,ヘッドトラッキングが微妙にずれてきて,VRコンテンツをプレイし始めたときと,プレイし終わったときで,現実世界における体の位置がずれたことはないだろうか。Saccadic Redirected walkingとは,このような現実世界と仮想世界の方向がずれる体験を,サッケード運動中に意図的に感じさせるテクニック,と言い換えると分かりやすいだろうか。
もちろん,そのずれ具合は,VRコンテンツの歩行ルート設計に合わせて,計算して生じさせるものだ。
たとえば,体験者の歩行ルートがある程度定まっているVRコンテンツでは,サッケード運動中にVR HMDの映像を微妙に操作することで,体験者が歩くルートを外部から操作できるという。これを利用すれば,体験スペースの実寸よりも広い仮想世界を歩き回っているかのように,体験者に感じさせられるそうだ。
同じデモを,NVIDIAスタッフが体験する様子を動画で撮影したので,ぜひ見てほしい。動画の最後に,スタッフがVR空間内で歩いたように感じたルートが赤い線で,実際に歩いたルートを緑色の線で示した平面図が出てくるが,まったく一致しておらず,Saccadic Redirected walkingの効果が分かると思う。
ブースにいたPatney氏に,どういうタイミングでサッケード運動が起きやすいのかを質問したところ,「注視しているときにもサッケード運動は起こるが,そのタイミングは比較的ランダムで,いつ起こるか確実には分からない。しかし,動体を目で追うように視線を動かすと,サッケード運動が起こりやすいことは分かっている。具体的には方向転換をするときや,特定の表示に視線を向けたときに,サッケード運動が起こる確率が高い。このことから,今回のVRコンテンツでは,体験者にそうした眼球移動を誘発しやすいような内容にした」という回答が返ってきた。
実際のVRゲームに応用することを考えると,たとえばホラーゲームであれば,物音でプレイヤーを狙った方向に振り向かせたり,画面内のメッセージを目で追わせたりすることで,サッケード運動を誘発させやすくなりそうだ。Saccadic Redirected walkingは,今後のフリーローム型VRコンテンツの開発において,重要な要素となっていくかもしれない。
5K解像度の新しいハイエンドVR HMD
「VRHero 5K」を体験
名称から想像できるとおり,VRHero 5Kは,片目あたりの解像度が2560×1440ピクセルの有機ELパネルを2枚採用し,両眼解像度では5120×1440ピクセルを実現したハイエンド市場向けのVR HMDだ。パネルの種類と解像度は,Starbreezeのハイエンド市場向けVR HMD「StarVR」と同等である。
異なるのは画角で,StarVRは210度であるのに対して,VRHero 5Kは170度と,やや狭い。「画角のスペックは,競合と比較して小さいが,(VR HMDとして)決して劣っているわけではない」と,VRgineersの共同創設者であるMartin Holecko氏は述べていた。
StarVRは,2枚の有機ELパネルを左右の眼を取り囲むようにV字型で配置することにより,210度の広い画角を実現していた。しかし,左右の眼から有機ELパネルまでの距離が,眼球の正面と端で異なるという特性があったため,やや外周が見えづらかった。正面を見ているときの焦点距離と,端を見ているときの焦点距離が変わってしまうので,違和感があったのだ。
それに対してVRHero 5Kは,2枚の有機ELパネルを配置する角度をStarVRよりも浅くしたそうで,画角は170度に留まったが,その分,左右の目からパネルまでの焦点距離が安定しているのだという。RiftやViveの画角は110度なので,170度もあればハイエンドとして十分と判断したのかもしれない。
Holecko氏は,「StarVRに対して大きな差別化のポイントとなっているのは,接眼レンズだ」とアピールする。
StarVRやRift,Viveもそうなのだが,VR HMDの多くは,接眼レンズに平面薄型構造のフレネルレンズを使っている。一方のVRHero 5Kでは,厚みのある立体レンズをあえて採用したという。しかも,VRHero 5Kの光路に合わせた専用設計のレンズだというから,そのこだわりは大したものだ。
フレネルレンズは,厚みのあるレンズを同心円状に分割して,厚みを軽減させたレンズで,その構造上,表面には同心円状にギザギザしたノコギリのような溝と突起が存在する。フレネルレンズでは,斜めに入射した光がギザギザ部を通過するため,そのたびに屈折や回折を起こす。そのため,VR HMDの接眼レンズとしてフレネルレンズを用いた場合,外周部に行くほどぼやけて見えたり,色ズレ(色収差)が顕著になったりする。
こうした欠点があるものの,フレネルレンズは薄くて安価なので,VR HMDの低価格化に大きく貢献している。
しかし後発のVRHero 5Kでは,低価格よりも高い品質を求めたということなのだろう。筆者もデモを体験させてもらったが,視界の隅々まで非常にクリアであった。視界の中央も外周も違和感なく見られるので,とにかく解像感がスゴイのだ。
ちなみに国内では,日本バイナリーが正規代理店となっており,すでに販売中であるとのことだ(関連リンク)。
NVIDIAは,VR分野にかける力を緩めない
GPUを売るNVIDIAとしては,高性能なGPUを必要とするVRは注力する価値のある技術テーマである。GTC 2018でも,力の入れ具合は2017年と変わっておらず,大きなスペースをとって自社やパートナー企業のソリューションやデモを披露していたが印象的だった。
ちなみに,2018年のVR Villageは,NVIDIAが開発したVRソフトウェアソリューションの展示や,企業向け,あるいは業務用VRを意識した展示が多めだったように思う。コンシューマー向けVRが今後も普及していくかどうかは,正直まだ読み切れない部分がある。しかしNVIDIAは,今のところ「VRに注力する力は緩めないぞ」という姿勢を見せているようで,それはVR Villageからも感じられたように思う。
2018年は,PCやゲーム機につながずに使えるスタンドアロン型VR HMDが出揃う年でもあるし,Vive Proのような第2世代VR HMDの動向も気になるところ。今後も注意深くVR業界を見ていくことにしたい。
NVIDIAのGTC 2018公式Webサイト(英語)
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