業界動向
Access Accepted第490回:いよいよ到来するVR時代のハードとソフト
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HTCのVR(仮想現実)対応ヘッドマウントディスプレイ「Vive」の市場価格が799ドル(日本での価格は11万1999円)と発表されたことで,本命と目される「PlayStation VR」の投入準備を進めるSony Computer Entertainmentの動向に注目が集まっている。予想どおりハードウェアの価格が高いため,爆発的な普及は考えにくいものの,Oculus VRの「Rift」の予約状況が“4か月待ち”であることを考えると,アーリーアダプターと呼ばれる熱狂的な消費者は少なくないようだ。一方,来たるべきVR時代のコンテンツはあまりハッキリした輪郭を見せてはいない。今週は,そうした話題を取り上げてみよう。
発売日と価格が発表されたHTCの「Vive」
台湾を拠点にアメリカのスマートフォン市場でも存在感を発揮するメーカーHTCが,Valveの仮想現実(以下,VR)システム「Steam VR」に準拠したVR対応ヘッドマウントディスプレイ「Vive」を,2016年4月上旬に発売すると発表した(関連記事)。ヘッドマウントディスプレイに加えて,コントローラとセンサーユニットが2台ずつ同梱され,さらに「Job Simulator」,「Fantastic Contraption」,「Tilt Brush」というゲームソフトがバンドルされたパッケージで,価格は799ドル(日本での価格は11万1999円)となっている。北米時間の2月29日から公式サイトでの予約受付がスタートし,日本への発送にも対応するという。
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1月にはOculus VRが同社のVRヘッドマウントディスプレイ「Rift」を3月28日に発売するとアナウンスしており,発表に寄れば,北米での販売価格は599ドル,日本では送料込みで9万4600円になるということだった(関連記事)。
価格はViveのほうが200ドルほど高いものの,コントローラやセンサーユニットが含まれていることを考えると,Riftに比べてViveもそれほど割高感はないという印象だ。月間の生産台数は分からないものの,Riftの予約状況はすでに「4か月待ち」とのことで,出足は好調だ。
しかし,予想されていたこととはいえ,VR対応ヘッドマウントディスプレイは周辺機器としてはかなり割高なものになる。欧米ゲームメディアの多くが,2016年は「VRゲームの元年」になると予想し,ゲーム業界の大きな注目を集める一方,多くのゲームアナリストが「市場に浸透するのは確実だが,導入は緩やかになる」と考えている。パーツのコストなどから考えれば妥当な価格なのかもしれないが,やはり新しいもの好きのアーリーアダプター向け商品という雰囲気も漂っている。
HTCのVive,そしてOculus VRのRiftに並んでVR時代の一翼を担うことになるのが,Sony Computer Entertainmentの「PlayStation VR」だ。SCEは,サンフランシスコで開催されるGame Developers Conference 2016に合わせ,北米時間の3月15日にイベントを開催することを公表しており,ここで,PlayStation VRについての具体的な発表が行われると予想されている。
多くのメディアやアナリストが,価格次第ではPlayStation VRが一気にVR時代の主役に躍り出るだろうとし,さらに,SCEはその点に細心の注意を払うだろうと考えている。なぜなら同社は,ハードウェアビジネスの価格競争において,苦い経験を持っているからだ。
「PlayStation VR」は,価格次第で市場を牽引する
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その経験からSCEは,2013年11月「PlayStation 4」を399.99ドルで発売した。おそらくは,6月のE3 2013直前に行われた「Xbox One」の価格発表を聞いたうえでの決定だと思われているが,これはライバルよりも100ドルほど安い価格付けだった。Microsoftはその後,最大の売りだったモーションセンサーの「Kinect」をオミットしたうえで価格引き下げを余儀なくされているが,PlayStation 4は,もともとXboxプラットフォームが優位だった北米市場において,発売から2年間リードを保ち続けている。今回のVR対応ヘッドマウントディスプレイ市場においても,価格はマーケットシェアを左右する大きな要因になるはずで,SCEの発表が待たれるところだ。
PlayStation VRの優位性は,現在北米で299.99ドルに下がったPlayStation 4の普及台数にもある。世界累計で3000万台以上の販売数が報告されており,“潜在的購買層”はきわめて大きい。一方,Riftが要求するスペックに合致するPCは世界で約1300万台と試算されており(関連記事),市場規模は小さくないものの,PlayStation 4には並ぶべくもない。
ちなみに,価格について言えば,「Gear VR」を発売中のSamsungもしっかりアピールしており,北米では,発表されたばかりの「Galaxy S7/S7 Edge」を公式サイトで予約した場合,Gear VRと6つのアプリが無料で手に入るという強烈なプロモーションを行っている。
Gear VRがリリースされたのは2015年11月のことだが,現在まで185におよぶアプリが専用ストアに並んでおり,スマートフォンをはめ込むだけで使える簡便さと,99ドルという本体価格でVR体験ができることが大きな魅力になっている。
VRアプリのキラーソフトはゲームではない?
本連載の第475回「ニュースで見る,最近の北米VR市場の動向」で,ゲームハードにおけるキラーアプリの重要性を説明した筆者は,記事掲載に前後して開催されたイベント,「Oculus Connect 2」「PlayStation Experience 2015」,そして「CES 2016」において,実際にVR対応ヘッドマウントディスプレイを体験した。そこで感じたのは,残念ながら「このゲームをプレイしたいから,ハードを購入する」という,VR市場を左右するだけのものには出会えなかったということだ。
公開されていたゲームのほとんどは,シミュレーションにせよアクションにせよ,ヘッドマウントディスプレイや専用コントローラの操作に慣れないユーザーを意識して,かなり甘めになっていた。もちろん,イベントのデモなので,誰でも楽しめるように難度が下げられていたり,“ゴッドモード”になっていた可能性は十分にあるが,チャレンジ性が低く,VRである必然性もあまり感じられなかった。
そのことを踏まえて筆者は,VR市場を牽引する“ゲーム”は既存のジャンルの延長線上にはないのかもしれないと考えている。そこで紹介したいのが,以前,知り合いの持つRift(開発キット2)でプレイさせてもらった,「Asunder: Earthbound」というソフトだ。
「Asunder: Earthbound」の背景となるのは1930年代で,プレイヤーは,脱獄に失敗して移送される囚人を演じることになる。頭を動かして状況を確認する以外のことはできず,いくつかのシーンを経たあと,プロペラ機の客席に座ることになる。左手は座席と手錠でつながれているため,立ち上がることはできず,右側には新聞を読んでいる中年男性がおり,何かと話しかけてくる。
その中年男性は,プレイヤーのことを新聞のトップに記事が載るような囚人だとは気付いていない。また,前方には何人かの乗客やキャビンアテンダントなどがおり,オペラグラスを使って彼らを観察したり,ピーナッツを投げ付けるといったことができる。
ネタバレになってしまうが,そのうち気流の流れがおかしくなり,やがてモンスターかエイリアンか分からないが,謎の影が現れて窓を破壊する。プレイヤーは中年男性と共に窓から吸い出され,海中に落下するが,落ちたところが無人島の近くだったのか,やがて浜辺で目を覚ます,という内容だった。
ストーリーの詳細はプレイヤーの想像力に委ねられているのだが,ゲーム的な要素としては,例えば座席の照明を点けた状態でキョロキョロしていると周囲の人に自分が囚人だとバレてしまい,なぜか銃で撃たれたりした。
このように「Asunder: Earthbound」は,犯罪モノのアドベンチャーであり,SF的な要素もあり,さらに飛行機から落下するというあり得ない体験のできるシミュレーションでもあるといった具合で,通常のゲームジャンルには当てはまりにくい。筆者は飛行機から吸い出された瞬間,かなりの恐怖を覚えたことを記憶している。
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VR時代には,例えば海中生物と戯れるとか美人女子高生とお話するとか,多くのユーザーにとって身近ではない状況に身を置ける「めったにできない体験」が重要なコンテンツになると予想されている。また,外国人を相手に外国語の会話を学んだり,職業訓練をゲーム化したりなど,いわゆるゲーミフィケーション的な使い方もできるし,人気歌手のプライベートコンサートを楽しんだり,さらには事件や災害をシミュレートするといった実用的な使用方も考えられる。あるいは,筆者の想像力では予想もできないような使い方が提案されるかもしれない。
その中で,VR対応のゲームがどういう方向に進んでいくのかは,VR対応ヘッドマウントディスプレイに話題が集まるこの2016年も,しっかりとウォッチし続けていきたい。
著者紹介:奥谷海人
4Gamer海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,本連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年の開始以来,4Gamerで最も長く続く連載記事。欧米ゲーム業界に知り合いも多く,またゲームイベントの取材などを通じて,欧米ゲーム業界の“今”をウォッチし続けている。
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