業界動向
Access Accepted第479回:PlayStation 4がテロに利用されたという“誤報”の顛末
PlayStation 4などのコンシューマゲーム機に搭載されているチャットシステムは,利用者のプライバシー保護の観点から厳重なプロテクトがかけられており,政府機関でも盗聴が不可能なほどだという話がある。最近,パリを襲ったテロ事件の犯人達がそれを悪用して,連絡にPlayStation 4を使っていたという記事が大手メディアに掲載され,確証もないまま,それがあたかも真実であるように報道され,拡散されてきた。今週は,その話題を探ってみたい。
パリを襲ったテロ事件とPlayStation 4
現地時間の2015年11月13日,フランスの首都パリで無差別テロが発生し,120人を超える犠牲者を出すという痛ましい事件となった。フランス大統領が記者会見で「フランスは戦争状態にある」という趣旨の発言を行ったり,隣国ベルギーを拠点とするテロリストが摘発されたりなど,現在も緊迫した状態が続いている。
実際問題として,この報道は不正確であり,PlayStation 4が実際にパリで発生したテロ活動の道具として使用されたことを証明する証拠は何もない。発端となったニュースでは,ベルギーのジャン・ヤンボン(Jan Jambon)内務大臣が,「PlayStation 4をコミュニケーションに使っていたかもしれない」とコメントしたと書かれている。しかし,ヤンボン内相がコメントしたのは,事件の3日前に行われた安全保障についての会議でのことで,しかも「PlayStation 4でのコミュニケーションを追跡するのは,(モバイル向けソーシャルネットワークの)WhatsAppより難しい」という趣旨で述べられたものだったのだ。
また,ベルギー警察が容疑者の自宅でPlayStation 4を押収したという報道もあったが,こちらも確認されてはいない。要するに“テロリストがPlayStation 4を使っていた”という報道そのものが誤報であり,真偽の確認がなされないままに,話だけがあたかも真実のように広まっているという状況だ。
一方で,PlayStation Networkのパーティチャットを始めとしたIPベースのコミュニケ―ション機能が犯罪に利用される可能性は,以前から指摘されていたことでもある。PlayStation 4に限らず,ゲーム機のコミュニケ―ション機能は,個人情報保護のために幾重にもプロテクトがかけられており,政府の専門機関であってもプレイヤー同士の会話を盗聴したり,利用者を追跡したりするのは難しいのだ。
一般消費者としては,この「盗聴の難しさ」に安心できるのだが,一方で,犯罪やテロを阻止しようとする政府機関にとっては苛立ちの対象になることも理解できる。少なくないIT企業や大手メディアが政府に協力しているというのは,当連載の第403回「ソーシャル機能と盗聴疑惑」で紹介したとおりだ。
プライバシーの保護と政府によるネットの監視
イギリスのゲームメディアであるEurogamerはこの件に関してSony Computer Entertainment Europeに取材を行い,同社から以下のようなコメントを得たという。
「PlayStation 4は,ほかのコミュニケーションデバイス同様,フレンドやほかのゲーマー達との連絡を確保する機能を有しています。もちろん,それが悪用される可能性はありますが,我々はユーザーの保護に責任を負っており,不法な活動が行われている場合には,報告してもらえるように望んでいます。そして,そのような活動を認知した時点で必要な機関と連携し,対処していきたいと考えています」
SCEE側の言い分はごもっともで,同社に限らず,ほかのプラットフォームやSNSでも,ユーザーのプライバシー保護は行われている。ほかに方法はいくらでもあるのに,プロテクトが厳重であるという理由で,わざわざPlayStation 4を用意して使う理由もない。
PlayStationについては2002年に,4000台のPlayStation 2が,短期間のうちにアメリカからイラクに輸出されたとイギリスのメディアが報道したことがある。当時,特定のハイテク機器のイラクへの輸出が国連によって禁じられており,そのためイラクは,PlayStation 2の基盤をミサイルの制御システムに転用しようとしている,という内容だった。
「PlayStation 2を12台つなげば高性能なスーパーコンピュータに匹敵する」という噂に端を発した騒動だったが,これは即座に否定されており,以降,これが武器に転用されたという証拠は見つからなかった。
結局,テロリストとの関係を強く印象づけられてしまったPlayStation 4の一件は,不正確な報道が重なった誤報であり,発端となったForbesも誤りを認めている。問題なのは,それを大手メディアが何の疑問も持たずに流すという土壌があることだろう。
また,今回の誤報を1つのきっかけとして,制度を見直し,ネットの監視をさらに強化しようという議論が北米で再燃しており,パリのテロ事件の余波は良からぬ方向に広がりつつあるようだ。
著者紹介:奥谷海人
4Gamer海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,本連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年の開始以来,4Gamerで最も長く続く連載記事。欧米ゲーム業界に知り合いも多く,またゲームイベントの取材などを通じて,欧米ゲーム業界の“今”をウォッチし続けている。
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