業界動向
Access Accepted第467回:「Windows 10」は“ゲームチェンジャー”になり得るか
日本時間の2015年7月29日,「Microsoft Windows 10」がリリースされる。「Windows 1.0」が1985年11月に登場してちょうど30年,Microsoftのフラッグシップといえるオペレーティングシステム(OS)が,期間限定とはいえ無償配布されるのは,同社の長い歴史の中で初めてのことだ。それだけに,多くの人々がこの新OSに注目しているはず。ゲーマーにとっては,「Xbox App」によってPCのゲームデバイスとしての価値が高められることが嬉しいところだろう。OS分野でもゲーム市場でも苦戦の続くMicrosoftにとって,Windows 10は復活の足がかりになり得るだろうか?
無償配布に踏み切った「Windows 10」
Microsoftの最新オペレーティングシステム(OS)である「Microsoft Windows 10」が,日本時間の2015年7月29日にリリースされる。1年間という期限付きながら,無償配布が予定されており,公式アプリで予約済みのWindows 8.1/7のユーザーなら,都合のいいタイミングでインストールできるようになるという。
日本語版については,デジタルアシスタント機能「コルタナ」の実装が間に合わなかったものの,“9”を飛ばしてWindows 10に賭けるMicrosoftに注目している人は少なくないだろう。
「Windows 1.0」がリリースされたのは今からちょうど30年前,1985年11月20日のことだった。長年ライバル関係にあったAppleが「Mac OS」(当時は単に「System」と呼ばれていた)を搭載したMacintoshに発売してから,一年遅れでのローンチだった。
もっとも,Windows 1.0はMS-DOS上で動作するアドオンのようなプログラムであり,専用アプリケーションもほとんどなく,動作も緩慢だったため,「使った」という人は少ないだろう。しかしMicrosoftはあきらめることなく改良を続け,1993年の「Windows 3.1」の頃になると,事実上の標準OSとしてPCマーケットを席巻するようになった。
ところが,「パーソナルコンピュータ」の概念はこの10年のうちに大きく変化してしまった。タブレットPCやスマートフォンといった新たなデバイスが出現し,またたく間に普及した結果,北米の調査会社Gartnerの発表によれば,世界累計の出荷台数ベースでWindowsマシンは全体の14%程度にまでに地位を下落させたという。
しかも新勢力のiOSやAndroidは,ショップでOSを購入する必要などはなく,最新のものが常に無償でアップデートされるのだから,旧来のビジネスモデル自体に競争力がなくなったのは明白だ。
ちなみに同社の調査によれば,デスクトップPCとノートPC市場で,Windows 8/8.1のインストール数はWindowsマシン全体の16%ほどであり,この市場を牽引しているのは,61%のシェアを占める「Windows 7」であるとのこと。新OSに対する市場の需要は少なく,今回の,Windows 10を無償配布してそのほかのソフトウェアで利益を得ていくという方向性は,時代の必然だったといえるだろう。
2014年に開催された「Intel Developer Forum 2014」においてIntelは,世界のPCゲーマーの総数は7億1100万人だと述べている。最新の「Steam」のアカウント総数が1億2500万と発表されているので,Intelの数字には非常に多くのカジュアルゲーマーや,インターネットインフラに乏しい地域のゲーマーが含まれているはずだ。
ともあれ,これほど膨大なPCゲーマーの多くが,最近のMicrosoftに不満を持っていたのは間違いないところだ。Xboxプラットフォームやモバイルデバイスへ傾注し,「DirectX」のアップデートさえ行われない状況が続いたことには,PCゲーマーだけでなく,開発者やグラフィックスボードメーカーなど,ゲーム業界全体が異を唱える風潮だったといえる。
Valveが提唱した「SteamOS」と「Steam Machine」に賛同するPCゲーム開発者やメーカーが多かったのも,その表れだと思う。もっとも,出荷の遅延を繰り返すSteam Machineには,やや不安を感じるが。
ともあれ,ゲームプラットフォームとしてのWindows 8の使いづらさに辟易しつつ,仕方なく使い続けていた筆者のような人は少なくなかったのだ。
ゲームチェンジャーとしてのWindows 10
「ゲームチェンジャー」(Game Changer)という言葉を聞いたことがある人も多いかもしれない。簡単に説明すると,これはサッカーやアメフトの試合で,選手交代のときに使われる表現で,試合の流れを変化させるようなプレイヤーが投入されることを指す。これを広げて,状況を大きく動かせる出来事や決定なども,最近“Game Changing Event”や“Game Changing Decision”などと呼ばれるようになってきている。
OSやゲーム分野においてかつての勢いを失いつつあるように見えるMicrosoftにとって,Windows 10は“ゲームチェンジャー”になり得るだろうか? その可能性は十分にあると筆者は見ている。
欧米のゲーム業界で「GaaS」(Game as a Service=サービスとしてのゲーム)という表現がよく使われるが,それを実践しているのがPlayStationプラットフォームだ。
例えば「リモートプレイ」機能は,PlayStation 3やPlayStaion 4で動いているゲームをPS VitaやPSP,Sonyのスマートフォンにストリーミングでき,これにより,リビングルームのテレビが家族に占拠されていても,さまざまなデバイスでゲームの続きを楽しむことが可能になる。クラウドサービスの「PlayStation Now」や,一つのゲームソフトを購入すれば異なるコンシューマ機でもプレイできる「Cross Buy」なども,ユーザーに恩恵を与えるものだ。
単にコンシューマ機を製造販売するだけでなく,こうしたさまざまなサービスを付加することによって,PlayStationというブランドの価値を高めているわけだ。
今回,Windows 10に実装される「Xbox App」では,Xbox Oneで動いているゲームをPCにストリーミングしてゲームが楽しめるほか,PCとXbox Oneのクロスプラットフォーム対戦や,PCとXbox Oneユーザーとのチャットが可能になったりする。サービスのベースになっているのは,過酷なゲーム市場において10年以上にわたって揉まれてきた「Xbox Live」だ。
こうしたPCとXbox Oneとの統合はPlayStationの方向性に近づくものだが,さらに,PCというMicrosoftが昔から得意としてきたバックグラウンドが味方になる。
Windows 10向けに作られたゲームなら,開発者はとくに意識することなく,上記のような機能を付加することができる。無償配布によってインストールベースが急速に広がれば,多くのメーカーがWindows 10対応のタイトルに目を向けるはずだ。
Electronic ArtsやUbisoft Entertainment,Blizzard Entertainmentなど,Steamとは異なる独自のデジタル配信システムを整備した大手メーカーは,ロイヤリティを必要としないオープンな環境を40年以上にわたって維持してきたPCゲーム市場に,再び目を向けつつある。Xbox Oneとの親和性の高さは,PCゲームの開発に向けた魅力の一つになる。
世界市場においてXbox Oneは苦戦しつつあるし,Microsoftの思惑どおりにWindows 10が急激に普及するかどうかも未知数だ。同社のゲーム市場に対する施策には首尾一貫しない部分があり,その点にも不安が残る。もちろん,サッカーにしろアメフトにしろ,ゲームチェンジャーの投入が必ずしも試合をひっくり返すことに直結するとは限らないが,Windows 10のリリースが少なくとも状況を打破する可能性は持っていると思う。新たなOSが,ゲーム開発者やメーカー,そしてなにより我々ゲーマーのハートをがっちりつかむものになるのか,これからも動向を追っていきたい。
著者紹介:奥谷海人
4Gamer海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,本連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年の開始以来,4Gamerで最も長く続く連載記事。欧米ゲーム業界に知り合いも多く,またゲームイベントの取材などを通じて,欧米ゲーム業界の“今”をウォッチし続けている。
- この記事のURL:
キーワード