業界動向
Access Accepted第455回:欧米ゲーム業界でブームになるリマスター版
最近,「リマスター版」の話をよく聞く。プレイヤーのノスタルジーをかきたてる古い作品の復刻版もあれば,昨年登場したばかりの作品が新しいプラットフォーム向けにリリースされるケースもあり,内容はさまざまだが,パブリッシャにとっては一からすべてを開発する必要がなく,しかも一定数のファン(≒売り上げ)が保証されているというメリットがあるため,欧米ゲーム業界の1つのトレンドになっているようだ。今週は,そんなリマスター版について紹介してみよう。
世代の変わり目に増える「リマスター版」
欧米の音楽業界や映画界では,「デジタルリマスター版」がポピュラーな存在になっている。言うまでもなく,これは古いテープやフィルムをデジタル化してCDやDVDで新たに発売するというもので,レコード盤やVHSなど,劣化しやすいアナログメディアを使っていたファンにとっては,デジタル化によってノイズが軽減され,映像もより鮮明になることなどから大いに歓迎されている。
ゲームの場合はもともとデジタルだが,リマスター版の話がよく耳に入るようになってきた。これは,コンシューマ機が世代交代する時期によく見られる現象でもあるのだが,今回は,前世代機に比べてグラフィックス能力が格段に向上したPlayStation 4とXbox Oneの登場が大きな引き金になっている。つまり,古いタイトルのテクスチャやキャラクターモデルを入れ替えて,最新タイトルにも見劣りしない高画質のゲームとして最新機種で楽しもうというわけだ。
ゲームにおけるリマスター版には,いくつかのパターンがある。まずは,それほど古くない作品をリマスターするもので,例えば「The Last of Us Remastered」や「Grand Theft Auto V」「Tomb Raider: Definitive Edition」などがそれにあたり,前世代版がリリースされてから1年ほどで,最新のコンシューマ機に移植されている。話題性が高くヒットした作品だけに,上記タイトルのいずれもが大きなセールスを記録しており,例えば「Grand Theft Auto V」では,PlayStation 4とXbox Oneを合わせて1000万本以上を売リ上げたと報道されている。
人気シリーズ過去作のリマスター版,というパターンもある。「Halo: The Master Chief Collection」や「Borderlands: The Handsome Collection」「Metro Redux」などは,シリーズ作品とDLCがまとめられて高画質化され,さらにオマケが付くというもので,物量勝負だ。コンテンツ量の割には価格が抑えめになるので,クリア済みのプレイヤーにとっても十分魅力的な存在になっているし,シリーズ過去作を遊んだことのない人にもアピールできるはずだ。
このパターンは,例えば「God of War Origins Collection」や「Jak and Daxter Collection」「METAL GEAR SOLID HD EDITION」など,前世代機でも見られる。グラフィックス性能の向上だけでなく,メディアの大容量化もリマスター版登場のきっかけになるようだ。
そして最後は,忘れられていた名作を復刻させるパターンだ。「Gabriel Knight: Sins of the Fathers 20th Anniversary Edition」「Baldur's Gate Enhanced Edition」,そして「Grim Fandango Remastered」といった古い作品のリマスター版が次々にリリースされている。
こういった作品群の中,筆者がとくに注目しているのが,「Homeworld Remastered Collection」で,1999年にリリースされたオリジナル版「Homeworld」と,2001年の続編「Homeworld 2」,そしてそれぞれの拡張パックを高画質化しただけでなく,1つのキャンペーンとして遊べるように再構築するという,面白い試みもしている。
「もう誰が権利を持っているのか分からない」
パブリッシャは,そうした固定ファンへのアピールとしてリマスター版を出すわけだが,ある程度の販売本数が見込めるうえ開発も容易で,マーケティングの必要性もそれほどないという大きな利点があることも見逃せない。リマスター版がヒットすれば,新しい世代のファンを巻き込む可能性もあり,フランチャイズの再起動さえ期待できるのだ。
上記の「Homeworld Remastered Collection」をリリースしたGearbox Softwareは,2012年に倒産したTHQから「Homeworld」のデベロッパであるRelic Entertainmentを丸ごと買い取って,リマスター版の発売にこぎ着けた。リリース直前に予約だけで10万本を達成したため,GearboxのCEOであるランディ・ピッチフォード(Randy Pitchford)氏は自身のTwitterに,「たった30日間の広告キャンペーンをやっただけで,パッケージ展開もないのに,これだけの成績を挙げた。大手パブリッシャの人はメモしておこう」と書き込んでいる。
しかし,どんなにファンが求めても,あるいはオリジナル版の開発者達が望んでも,リマスター版が作られない作品もある。正確には“作れない”というべきだが,そんな作品として話題になったのが,「No One Lives Forever」シリーズだ。
このシリーズは,2000年に発売された「The Operative: No One Lives Forever」と,2002年に発売された続編「No One Lives Forever 2: A Spy in H.A.R.M.'s Way」,そして番外編として2003年に発売された「Contract J.A.C.K.」の3作からなる。開発はすべてMonolith Productionsが担当しており,同社は欧米メディアやプレイヤーから高い評価を受けた「シャドウ・オブ・モルドール」のほか,「F.E.A.R.」シリーズなども制作してきた腕利きのデベロッパだ。
「No One Lives Forever」シリーズはそんなMonolithの作品らしく,女性エージェントを主人公にしたエッジの効いたFPSになっており,ヒットした。しかし,版権は第1作のパブリッシャであるFox InteractiveからSierra Entertainment,さらにVivendi Gamesへと譲渡され,最終的にVivendi GamesがActivisionに合併する過程で,権利所有者が誰なのか,まったく分からなくなってしまったという。
2014年には,Night Dive Studiosというパブリッシャが版権取得に乗り出したものの,2015年初頭,あまりにも込み入った状況になっていることから結局あきらめたことが発表されている。Monolith Productionsも,「もう誰が権利を持っているのか分からない」としており,複雑な歴史の中に「No One Lives Forever」は埋もれてしまったようだ。より高画質で美しくなったケイト・アーチャーに我々が会うことは,もうないのかもしれない。
リマスター版は,プレイヤーやパブリッシャ,デベロッパにとって利点が多く,ゲームの歴史を多くのゲーマーがたどれるという意味からも意義があると筆者は思っている。「No One Lives Forever」だけでなく,権利所有者がはっきりしなくなったタイトルも少なくないが,このトレンドはしばらく続きそうだ。次はどんな作品が復活を果たすのか,楽しみにしたい。
著者紹介:奥谷海人
4Gamer海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,本連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年の開始以来,4Gamerで最も長く続く連載記事。欧米ゲーム業界に知り合いも多く,またゲームイベントの取材などを通じて,欧米ゲーム業界の“今”をウォッチし続けている。
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