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印刷2010/08/09 12:08

業界動向

奥谷海人のAccess Accepted / 第273回:ゲームは芸術なのか? 芸術になり得るのか?

奥谷海人のAccess Accepted

 「ゲームは芸術か? 芸術にになり得るのか?」というのは,昔から欧米ゲーム業界で交わされて来た議論だ。芸術をどのように定義するのかで,結論は大きく変わってくるのだが,こうした議論に最近は有名小説家や映画評論家,さらには映画監督などが加わり,また耳にするようになってきた。もちろん,即座に結論の出るような話ではないが,欧米ゲーム業界の雰囲気の一端を知るものとして紹介したい。

第273回:ゲームは芸術なのか? 芸術になり得るのか?

 

一生かかっても議論し尽くせない重大問題
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「ヘルレイザーの巨匠がゲーム業界に参加!」と,話題になった「Clive Barker's Undying」。しかし,商業的に成功したとはいえず,リベンジとばかりにバーカー氏は2007年,Codemastersから「Clive Barker's Jericho」をリリースした。もっとも,残念ながらこちらの評価もあまり芳しくなかった

 欧米ゲーム業界で時々聞かれるのが,「ゲームは芸術なのか? そうでないとしたら,芸術になり得るのか?」という話である。ゲームがアートなのかどうかの議論は,何も今に始まったことではなく,ずいぶん前から開発者の間で論争が交わされてきた。
 ゲームがアートであるかないかは,我々エンドユーザーにとって,あまり重要な問題ではないが,アーティストの社会的地位が高い欧米においては,それを気にするデベロッパも多いようだ。もっとも,「芸術的な」映画や小説がしばしば退屈であることを考えると,アートじゃないほうがいいと思うゲーマーが多いかもしれない。

 主観で恐縮だが,アーティスティックなゲームとして最初に認知されたのは,おそらく1993年に発売されたアドベンチャー「Myst」だろう。当時のNew York Timesは,「ゲームがアートとして発展していく可能性を見せてくれたタイトル」と評していたようだが,その評論には明確に「ゲームはアートではない」という前提があり,それが当時の一般的な認識だった。
 ちなみに,Mystを制作したロン・ミラー(Ron Miller)氏は,筆者のインタビューに答えて「自分はゲームデザイナーであり,アーティストだとは思っていない。せいぜいが,アルティザン(職人)だろう」と語ったのを,もう10年以上前の話だが,今でも覚えている。

 こうした議論で思い出すのが,世界的な映画評論家であるロジャー・エバート(Roger Ebert)氏だ。以前から「ゲームは芸術ではない」と発言していたエバート氏だが,2007年に急にその意見を撤回し「何でもアートになり得る。たとえ(アンディ・ウォーホルの絵画で有名な)キャンベルのスープ缶だってね。だから私は,ゲームは“ハイアート”(高級芸術)にはなり得ないと言うべきだった」と語り,さらに物議をかもしている。

 この発言は,ゲーム業界とハリウッドの連携を図る目的で開催されたカンファレンス,「Hollywood and Games Summit」において行われたものだ。カンファレンスの基調講演に登壇した小説家/映画監督のクライヴ・バーカー(Clive Baker)氏が,エバート氏が行った「ゲームはアートではない」という意見に反論したことに対し,エバート氏が反論で返したのである。

 映画「ヘルレイザー」などが有名なバーカー氏だが,2001年にはElectronic Artsから,「Clive Barker's Undying」というホラーゲームを出している。
 「遊ぶ側に何かしらの感情を抱かせられるなら,それはアートと呼べるのではないだろうか?」というバーカー氏に対し,エバート氏は「数年前に病気で声が出なくなり大きなショックを受けたが,それをアートと呼ぶことはできない。アートとは,受け取る側に,避けてはとおれない結末を強要するもので,いくつもの選択肢を与えるものではないのだ」と反論。ゲームと芸術を,きっぱり分けたのである。

 エバート氏は,プレイヤーが結末をコントロールできることに加え,敵を撃つ行為を繰り返すこと,ひたすらトレジャーハントを続けること,という要素を挙げ,これらが芸術性の向上に関係があるとは思えず,ゲームはよりスポーツに近いのではないか,としている。
 さらに,バーカー氏の「そもそも芸術とは何か? については一生かかっても議論し尽くせない」という意見に同調しつつも,「キャンベルのスープ缶が芸術なのではなく,ウォーホル氏が描き上げたスープ缶が芸術になったのだ。ウォーホル氏は,Clive Barker's Undyingを芸術かと思ったかな? まあ,そう思った可能性もあるね。でも,たぶん彼はラップをはがさず,そのままずっと飾っていただろうけど」と付け加えている。

 

「ゲームを偉大な詩人や映画監督,小説家の作品と比較する評論家は一人もいない」
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2009年にPlayStation Network上でリリースされた「flower」。独特な世界観を持ったカジュアルなゲームだが,個人的には非常に良作だと思う。「Heavy Rain」や「Alan Wake」「Dragon Age」や「LIMBO」など,感情の深い部分に訴えるゲームが増えているが,果たしてゲームはアートなのだろうか?

 こうしてゲーマーやゲーム業界の反感を買ったエバート氏だが,個人的には「敵を撃ったり,トレジャーハントをするだけ」という彼のゲーム像は,ちょっと古いような気がする。
 もっとも,いわゆる古典的芸術においては,ほとんどの場合,受け手の感情を作者/アーティストが完全にコントロールすることで芸術として成立しているのに対して,それをプレイヤー側に委ねるゲームは芸術たり得ないとする彼の主張にも一理あるのかもしれない。

 そんなエバート氏に対し,公の場で久々に反論を行なったのが,「flOw」などで知られるデベロッパ,thatgamecompanyのケリー・サンティアゴ(Kellee Santiago)氏だ。
 2009年3月,サンティアゴ氏は南カリフォルニア大学で開催された討論イベントで「Video Games are Art. So What’s Next?」と題された基調講演を行なっており,のちにYouTubeなどでも公開されている。壇上,彼女は「Waco Resurrection」「Braid」,そしてthatgamecompanyの「flower」といった作品名を挙げ,「単純な初期の映画が,やがて芸術として認知されたように,ゲームも進化している。現在のゲームは,我々の感情にインパクトを与えているのだ」と語った。

 これに対して2010年7月,エバート氏は反論を加えており,「ゲームには(他の芸術にはない)ルールがあり,目的があり,結果がある。サンティアゴ氏なら,ルールや目的がないのに感情移入できるゲームを挙げて来るだろうが,それはもはやゲームではなく,小説や劇,ダンスや映画をゲームという媒体を使って表現しているに過ぎない」としている。
 さらに「彼女が例として挙げた3つのゲームは実に痛々しく,何の希望も見えない。何度も言うが,いやしくも批評家なら,ゲームを偉大な詩人,映画監督,小説家の作品と比較する者はいない」と,いささか感情的になっているようだ。

 最近では,映画「プリンス・オブ・ペルシャ 忘却の砂」の監督を務めたイギリス出身のマイク・ニューウェル監督もゲームがアートではないとする陣営に加わっており,エバート氏に同意するような発言をアメリカのゲーム情報サイト,CVGとのインタビューの中で行っている。
 インタビュー記事によれば,ニューウェル監督は「14歳の息子がゲームをしているが,しばらく会話したあとで銃を乱射するばかり。そのようなものは到底受け入れられない。もっと人間としての複雑さが描かれるべきだろう」と語り,表現媒体としてのゲームに関心がないと打ち明けているのだ。

 こうした議論がぎこちなく繰り返される理由として,エバート氏にせよ,サンティアゴ氏にせよ,あるいはニューウェル氏にせよ,それぞれ独自に芸術とゲームを定義していることが挙げられる。「そもそも芸術とは何か?」という部分が未定義,というか「一生かかっても議論し切れない」(バーカー氏)ものである以上,端から見ると際限ない水かけ論のようなものになってしまうのは仕方ない話でもあるのだ。
 技術の進歩が著しい分野であり,ゲームの概念が短時間でどんどん変わっていくことも,議論の混乱に拍車をかける理由の一つになっているだろう。

 Microsoftは,Xboxの発売準備を進めているとき,デベロッパに対して,「ゲームはアートであり,Xboxはそのカンバスとなる」という趣旨のキャンペーンを進めたことがあるが,これに対しては,賛同する開発者も多かったものの,同時に反対の声も少なくなかった。もちろん,ゲームハードのメーカーに「あなた達は芸術家」といわれても,いささか困惑してしまうのは仕方ないが,ともあれ,開発者の間でも意見は割れているのだ。
 ジャズ,映画,アメコミなど,かつては「通俗的」で「芸術ではない」とされていたジャンルが,現在ではアートとして社会的に認知されている。ゲームに関しても,こうした議論が繰り返されることで,やがてコンセンサスが形成されていくのだろう。

 

※次回8月16日のAccess Acceptedは,著者取材のため休載いたします。次回の更新は8月23日を予定しております。

 

■■奥谷海人(ライター)■■
本誌海外特派員。サンフランシスコ在住の4Gamer海外特派員。ゲームジャーナリストとして長いキャリアを持ち,多様な視点から欧米ゲーム業界をウォッチし続けている。2004年に開始された本連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,4Gamerで最も長く続く連載だ。
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