業界動向
奥谷海人のAccess Accepted / 第254回:北米で存在感を増す中古ゲーム市場
世界最大のゲーム市場を抱えるアメリカ合衆国。不況の影響からか,2009年は史上初となる収益の前年比割れを起こしたものの,それでも邦貨で2兆円を超える市場規模を誇っている。しかも,ゲーム企業の利益にならない“とある市場”を加えると,その規模は約1.5倍に跳ね上がるという。その,とある市場こそが中古ゲームソフト売買だ。この1兆円規模のビジネスに対し,ゲームメーカー各社も黙ってはいられなくなってきた。というわけで今回は,そんなゲームメーカーと中古ゲームビジネスとの攻防戦の一端を紹介しよう。
アメリカには,日本のゲーム市場全体より巨大な,1兆円規模の中古ゲーム市場があるという。ゲーム企業は,この中古ゲーム市場の恩恵にはまったくあずかれない状態で,最近は中古売買を行うリテール業者との摩擦が強くなっている。中古製品の販売が正当化されているアメリカでは,業界最大手のチェーン店,Gamestopにおいてさえ中古ゲームの需要が高いのだ
視聴率調査などでおなじみのニールセンのゲーム部門である,Nielsen Gamesがアメリカ人3000人を対象にした調査を行い,結果を発表した。それによると,アメリカ人が毎月エンターテイメントのために使う費用のうち,4.9%がゲームに費やされているという。Nielsen Gamesが定義する“エンターテイメント費”には,映画や音楽,演劇鑑賞などはもちろん,スポーツや車なども含まれており,定義する範囲は広い。その中でゲームは,上から6位に位置しているのだ。
また,調査対象の件数は明らかにされてはいないが,このうち「活発なゲーマーのいる家庭」に限ると,ゲームに費やす金額は平均の倍近い9.3%となることも明らかにされた。
現在の全世界のゲーム市場は5.5兆円規模にまで成長しているが,このうち,アメリカのゲーム市場は全体の40%を占める2.1兆円に達する。落ち込みの激しい日本のゲーム市場は6500億円ほどで,全体の12%。日米の人口(日本:約1億3000万人。北米:約3億1000万人)を考えてみても,一人あたりのゲームへの投資は,日本よりアメリカのほうが大きいことが分かる。
ちなみに,この2.1兆円という数字は,世界的な経済不況が一般家庭に影響をおよぼし始めた2008年のデータであり,2009年にはそこから8%ほど縮小してしまった。とはいえ,一時は危険が伝えられた2K GamesやTHQがなんとか持ち直したことの背後にあるのは――もちろん激しいリストラや合理化の結果でもあるが――アメリカの消費者の高い購買力であるのは間違いない。
ところが,そんな強力な北米ゲーム業界にも死角がある。それが中古ゲーム市場だ。アメリカの中古ゲーム市場は,調査会社であるWedbush Morgan Securitiesの2009年の報告によれば,約1兆円とされており,相当な金額が統計上の「ゲーム市場」に含まれていないことが分かる。中古ゲームの売買は,当然ながらメーカーには還元されないため,ゲームを開発/販売する側にとっては大きな問題なのだ。
このことは,当連載の第253回「既存の市場に果敢に挑戦する二つのビジネスモデル」でも触れているが,アメリカでは中古ゲームの売買に法的な規制はない。消費者の間では,「一度買ったものは自由に売買できる」という意識が広く浸透しており,こうしたことから中古ゲームの売買が活発に行なわれている。
販売したゲームが中古市場に流れるのを食い止めるためのパブリッシャの戦略が,いろいろと練られている。Electronic Artsが最近スタートさせた新しいキャンペーン,「Project Ten Dollar」とは,新作ゲームに少なくとも10ドル分の付加価値を与え,中古ソフトには10ドル分の価値を失わせるという意味だ。画像は,ダウンロードコンテンツを使用できる「Cerberus Network Card」を含む,「MassEffect 2」のコレクターズ・エディション
「中古ゲームの販売店」と聞くと,どこかでひっそり売買されているようなイメージを抱くかもしれない。だが,アメリカでは倉庫のような場所で大々的に売買が行われていたり,世界に約6000店舗を持ち,新作タイトルのパッケージ販売では,北米ゲーム市場の3分の1を占めるといわれるGamestopなどでも非常にオープンに行なわれており,アメリカでは正統なビジネスとして消費者に受けとめられている。
中古ゲームの販売で5年以上の歴史を持つGamestopの中古ゲーム売買は,かなりシステマチックだ。中古ゲームの買い取り価格は,発売されたばかりの新作であれば最大で40ドル,古くて買い手のつかなそうなものは3ドルほどに設定されている。
年間15ドル程度を払って会員になれば,Gamestopが出版するゲーム誌の年間購読に加え,中古ゲームの売却時には10%が上乗せ,購入時には10%が割引きされるといった特典があるため,かなりの数の会員獲得に成功しているようだ。
2009年,Gamestopは設立以来最高の収益を記録しているが,そのうち42%,金額にすると約2000億円が中古ゲームソフトの売買で得られたとしている。
そのため今後,中古ソフト販売をさらに強化していくのは必至の情勢だ。実際,Gamestopは,2010年1月から中古ソフトの買い取り価格を1.5倍にするというサービスを行なっており,それによってクリスマス商戦後の売り上げ低下を食い止める効果を得たという。
これまでゲームパブリッシャ/デベロッパは,中古ゲームソフト市場の拡大を押さえるためにさまざまな試行錯誤を行ってきた。その一例が,Electronic ArtsのCEO,John Riccitiello氏が「Project Ten Dollar」と呼ぶ新たな作戦である。
最近,アメリカで発売されたElectronic Artsの「Mass Effect 2」には,ダウンロードコンテンツを利用するための専用クーポン「Cerberus Network Card」が含まれている。オリジナルのレジストレーションでなければ利用できない仕組みで,中古ソフトの価値を落とそうという狙いがあるわけだ。Electronic Artsでは,今後発売される「Battlefield Bad Company 2」など,ほぼすべてのゲームでこのプロジェクトを続けていくとしている。
また,Sony Computer Entertainment Americaはもう一歩踏み込んだシステムを採用している。こちらもリリースされたばかりとなる,「SOCOM」PSP版に同封されている専用クーポンのコードを入力しなければ,オンラインモードに参加できないのだ。コードはユーザーにヒモづけられており,中古品を買った人が新しいコードを再発行してもらうことも可能だが,それには20ドルかかる。
当然ながら,中古ゲームを取り扱う販売側は,こうしたパブリッシャの動きに敏感になっており,「消費者に不利益になる手法だ」として反発を強めている。確かに,熱心なゲーマーにとって中古ソフトの売買はごく当たり前の行為であり,販売店側の言い分もよく分かる。
結局,アメリカでは中古ゲームソフト売買は認められた商行為であり,たとえ本来は制作者側に還元されるべき利益であっても,今のところどうすることもできないのだ。そのため,こうしたゲームメーカーと販売側の攻防は,今後もさまざまな形で続いていくことになるだろう。
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