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レベルファイブの日野晃博氏も登壇した「福岡市ビジネスセミナー2012」聴講レポート。福岡市をクリエイティブシティにするには,市民全体の強い意志が不可欠
福岡市長 高島宗一郎氏は,福岡市を夢やチャレンジをぶつけることができる街にしていきたいと展望を語り,クリエイティブ企業のスタートアップを全面的にサポートするとアピールした |
基調講演を行ったシネックスインフォテック 代表取締役会長 ロバート・ファン氏。氏は,日本企業がグローバルな競争力を失っている理由を,意思決定の遅さにあるとし,慣例化した組織構造の改革や意思表示の明確化などの変革の必要性を指摘した |
セミナーでは,福岡市を拠点にするレベルファイブの代表取締役社長/CEO 日野晃博氏が参加したパネルディスカッション「福岡市にクリエイティブビジネスの可能性はあるのか?」が行われており,ここでは,その模様をレポートしたい。
■パネラーの皆さん
ウルトラテクノロジスト集団チームラボ 代表取締役社長 猪子寿之氏。チームラボは,モノ作りにおけるさまざまな分野のスペシャリストで構成されており,システムインテグレーションからアートまで幅広く活動している |
nomad 代表取締役 小笠原 治氏。同社では,スタートアップ企業への投資および支援を行っている。2012年,小笠原氏は福岡市の「スタートアップ・サポーターズメンバー」に就任した |
レベルファイブ 代表取締役社長/CEO 日野晃博氏。4Gamer読者には説明不要である気もするが,レベルファイブは「レイトン教授」や「イナズマイレブン」など人気シリーズをリリースしているゲームメーカーで,本社は福岡市にある |
福岡市 経済観光文化局 理事 合野弘一氏 |
では,福岡市がクリエイティブな都市を目指すにはどうすればいいのか。猪子氏は例として,大学の理系学部の学費免除など,徹底的なサポートを図ることで世界中の優秀な学生を誘致したり,倫理観に基づく法規制──例えば風営法など──の緩和により,さまざまな人材の流入を促すことを挙げた。
猪子氏は,こうした人材流入のための改革を起こすには市民が一体となり,「とにかく,福岡市を世界有数のクリエイティブシティにする」という強い意志を持って臨まなければならないと話す。こうした市民レベルでの意識の共有は,かつてのシリコンバレーにも見られたという。
こうした猪子氏の指摘に対し,合野弘一氏は「アジア各都市の取り組みと比較すると,まだまだかもしれないが」と前置きしつつ,福岡市でも特区を作り,さまざまな規制を緩和する取り組みを行っていると述べた。
また小笠原 治氏も,今の福岡市には,人材を受け入れていこうという空気があり,いくつか取り組みが始まっているものの,具体的な段階に入るのはこれからであるとした。
一方,福岡市を拠点にしている理由を問われた日野晃博氏は,とくにこだわっているわけではないものの,住みやすく楽しい街であると述べた。さらに,コンテンツを軸に現在の姿となった秋葉原を例に,楽しい街には人が集まるとし,福岡市も独自の楽しさに注力することで,ほかとは違う発展を遂げるのではないかと展望した。
また小笠原氏も,福岡市が最終的に東京のような街になることを目指すのであれば,東京からわざわざ福岡に出向く必要がなくなるとし,東京とは違う,独自の部分を伸ばすことの重要性を指摘した。
続いて,福岡市の目指す「日本一のスタートアップ都市」について,「スタートアップ時に求められる機能,役割など」をテーマにした議論が繰り広げられた。
小笠原氏は,まずここ数年使われ始めた「スタートアップ」という言葉を,明確に定義した。小笠原氏によれば,スタートアップとは,ベンチャーや起業とは少し違い,より急激な成功を表現しており,具体的には,売上やユーザー数を週に5〜7%程度伸ばしていける状況だという。
また,スタートアップ企業のサポートを行う企業/団体が増加していることに言及し,福岡市には自分のやりたいことに挑戦できる土壌があると述べる。
一方,日野氏は,まずほかの企業の支援を受けて起業し,そこで自己資金を作って独立してからが本当の起業だったと過去を振り返った。それでも,ゲームクリエイターである自分が「会社とは何ぞや」「経営とはどんなものなのか」を一つ一つ学びながら社長業を続けるのは大変だったと語り,小笠原氏やnomadのような存在がサポートしてくれれば,心の支えにもなっただろうとする。ちなみに猪子氏は,学生時代,社長業の大変さなど,まったく気にせず起業したそうだ。
その一方で日野氏は,アジアにオフィスを設けることやアジアの企業をパートナーにすることを考えたときに,福岡市は地の利があるとした。
その発言を受けた合野氏は,信頼できるアジアのパートナー企業作りに福岡県が取り組んでいることに言及し,そのうえで,台湾,香港,シンガポールなどの発展した都市へ売り込んでいく戦略を取っていることを紹介。行政として,各国の政府との協定を結び,福岡市の企業に安心や安全を提供していくと述べた。
最後のテーマ「福岡市の可能性と福岡市に対する期待」では,まず日野氏が自分の冒頭の言葉に立ち戻り,商店街である新天町を秋葉原のように,街全体が遊んでいる感じにしたいと話した。氏は,福岡市が「カワイイ区」のような取り組みを始めているものの,まだ全体に行儀が良すぎるとし,街が持つ楽しい要素をどんどんプロデュースして外部にアピールしていくべきだと指摘。そうすれば,楽しいことに敏感な若者が集まり,それに伴ってクリエイティブな企業も増えていくというわけだ。
また日野氏は,今でこそ東京にも住居を持っているものの,結局,これまで福岡市から完全には引っ越したことがないことを明かした。福岡市を楽しい街にしたいという考えには,そうした個人的な郷土愛も含まれているようだ。
生活コストが安い──つまり,何となく生活していけるので,チャレンジしようという気持ちが起こりにくくなるのではないかという指摘に対して猪子氏は,ハングリー精神と企業の成功に相関関係はないと反論した。
猪子氏は,現在のクリエイティブ産業は,生存とは無関係の渇望を満たすためにあるとし,生活コストが安いに越したことはないが,チャレンジ精神の醸成に重要な要素ではないと述べた。
日野氏はまた,クリエイターにとっての福岡市のメリットとして,生活上のストレスが少ないことも挙げた。例えば通勤のために満員電車に乗ったり,あるいは食事のために飲食店で順番待ちの行列に並んだりといったストレスが東京などの都市と比較して少ないため,余計なことを考えなくてすむというわけだ。
そうした一連の話を受けた合野氏は,とある企業の人が語った話として,東京では仕事があるのに人材が足りない,逆に福岡市では眠っている原石も含めて人材がいるのに仕事がないという状況になっているという意見を挙げた。合野氏は,双方をうまく結びつけることで,福岡市の発展につながるだろうと展望する。
また日野氏の言う楽しい街作りについては,福岡市も大きな課題として取り組んでおり,伝統的な祭を含め,常に何かが起きているような状況にしていきたいと述べた。
ディスカッションの最後には,コーディネーターの後山泰一氏が,福岡市には猪子氏の言うような寛容性の土壌,小笠原氏の指摘する生活コストの安さ,そして日野氏が挙げたストレスの少なさと,すべてが揃っている。しかし,これまでは市民との意識共有を含めた「やると決めたからには絶対成し遂げる」という徹底性が足りなかったのではないかと述べた。今後,「クリエイティブ・エンターテインメント都市」「日本一のスタートアップ都市」を目指すには,徹底性は不可欠であろうとまとめ,今回のディスカッションを締めくくった。
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