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「フェイシャルアニメーション」技術をゲーム世界にもたらす開発ツール「FACE ROBOT」はゲームを変えるか?
2006/05/31 23:22
 3Dゲームのあるシーン。遠目にはしっかり演技してくれていたキャラクターの顔がアップになったとたん,異様さというか,違和感を覚えたことはないだろうか。細部までしっかり作り込まれているのに,顔には表情がなく,まるで能面のようにノッペリとしている。こんな経験をしたことがある人は多いと思う。

■フェイシャルアニメーションの製作効率を
■著しく高めるFACE ROBOT


Half-Life 2より。NPCが表情を逐一表情を変えながら話しかけてくるというのは,発売当時はかなり衝撃的だった
 3Dキャラクターの顔が不自然なほど無表情だったりしたのは,マシンパワー不足……ではない。たしかに,顔が画面全体に表示されるようなときにも不自然にならないレベルにまでキャラクターの顔を作り込み,さらに表情まで持たせようとすれば,ポリゴンの数は増える。その意味で,マシンパワーが不足していた時代のあったことが原因の一つとはいえるが,最新のグラフィックスカードとCPUなら,顔に演技させるくらい不可能ではないし,実際,「Half-Life 2」のように,顔の表現にこだわったゲームもすでに存在している。

 では,ハードウェアの問題が解決しているのに,なぜ,表情をアニメーションで再現する「フェイシャルアニメーション」を採用したゲームは少ないのか? これは,フェイシャルアニメーションを制作する作業が,限りなく面倒だからだ。
 知っている人も多いと思われるが,現在,3Dのキャラクターを動かすに当たっては,多くの場合,モーションキャプチャが用いられている。役者に演技してもらい,その動きをデータ化して,そのデータをもとに3Dキャラクターを動かす。
 もちろん,現在のフェイシャルアニメーションでもモーションキャプチャが利用されている。顔の要所要所にマーカーを付けた役者に,笑う,怒るなどといった演技をしてもらい,それをデータ化して,3Dの顔を動かすわけである。

顔に関するモーションキャプチャの例。顔にマーカーを付けた状態で役者に演技をしてもらい,「表情を変えたときのマーカーの動き」をデータ化。それを3Dモデルに採用することで動かす(出典:SOFTIMAGE)


 「なら簡単じゃん」と思うかもしれない。だが,鏡の前で自分の顔を見ながら表情を作ってみると分かるけれども,例えば口の端を上げれば,頬から目にかけての肉が盛り上がり,目の端には皺が寄り,さらに耳まで微妙に動く。そして人間は,相手の表情を読むに当たって,こうした顔全体の動きをチェックするようにできている。
 フェイシャルアニメーションが難しい理由はここにある。“ある表情”に関連した動きを,正確に再現しないと,表情が不自然に見えてしまうのだ。

 モーションキャプチャでこの問題を解決しようとすると,役者が顔につけるマーカーの数を増やすことになるが,かといって細胞一つ一つに貼るわけにはいかない。どんなにマーカーの数を増やしても,マーカーとマーカーの間の補間処理は必要で,「こことあそこはつながってますよ」というような情報をあらかじめセットアップしておく必要がある。また,モーションキャプチャしたデータに対しても,後から「皺が寄るようなところはポリゴンを増やす」などといった処理を行う必要もあり(行わないと不自然さが増す),「さあ,フェイシャルアニメーションをやるぞ」と開発者が決断したとき,準備段階の作業量(=セットアップ作業量)はかなりのものになる。

ソルバーのイメージ。ちょっと分かりにくいが,フェイス(顔)に接続し,動作の準備や変形を行うための,膜のようなものだと理解するといいかもしれない(出典:SOFTIMAGE)
 この作業量=手間を,大幅に省く。こんな売り文句で登場したのが,Avid TechnologyグループのSOFTIMAGEが発表した「SOFTIMAGE|FACE ROBOT」(以下FACE ROBOT)だ。
 GDC 2006の記事が本誌初出となるFACE ROBOTは顔の骨格や筋肉組織といった解剖学的な情報を「ソルバー」として保持。ソルバーは,顔の解剖学的な特徴をもとに,顔の動きに(動作が変にならぬよう)制約を与えるための形状データ,といったところだ。ゲームの開発者は,このデータを使ってフェイシャルアニメーション処理を行えるようになっており,上述のセットアップ作業にわずらわされることなく,3Dキャラクターに豊かな表情を与えられるという。

 また,FACE ROBOTを利用すると,役者に付けるマーカーの数をかなり低減できるというメリットも生まれるとのこと。ソルバーが動きを補完してくれるため,必要最小限のマーカーで済むというわけだ。なるほど確かに,顔に小さなボールを貼り付けるのだから,いくら詳細なデータを取れるようになるといっても,マーカーの数が増えれば演技者は気になるだろう。

 開発者向けの国内発表会で行われたデモでは,実際にフェイシャルアニメーションを実現するまでの過程が披露された。以下,順を追って見てみることにしたい。

上段:これがFACE ROBOTのメインウィンドウ。左側が表情を与えようとする3Dキャラクターで,右側は操作を行うために表示されているサンプルである。FACE ROBOTを使用したフェイシャルアニメーション制作では,まず顔の要所……唇の上や目の周辺などに,マーカーをセットしていく。この作業によって,FACE ROBOTはソルバーを3Dキャラクターに適用できるようになる。画面でも分かるように,セットするポイントはさほど多くなく,筆者がデモを見た限り,短時間の簡単な作業で設定を完了できるようだ
ソルバーを適用した3Dキャラクターには,モーションキャプチャしたデータや,あらかじめ表情を設定しておいたキーフレームを使って表情を与えられる。その動きはとても自然だ。口の端が上がれば頬や顎,目の周りの肉などがいかにもそれらしく動いてくれる
ソルバーは,男女の性別を問わずキャラクターに適用可能。さらに,デフォルメされたキャラクタにも容易に適用できる。前出のマーカーをセットできる人間風の顔であれば,どんな3Dキャラクターにも表情を与えられる


 筆者は,この種のアニメーション開発ツールをあまり利用したことがないのだが,そんな筆者ですら「このツールを使えば,自分でもフェイシャルアニメーションを簡単に作れるのではないか」と思わせるほど。FACE ROBOTは,いともやすやすとフェイシャルアニメーションを制作して見せていた。
 正直,これには関心させられたし,使えるものならすぐにでも触ってみたい……ところなのだが,残念ながらFACE ROBOTは,筆者(や,ほとんどの読者)が,ちょっと試しに購入できるソフトでは,なかったりするのだった。

 さて,少し前提の話を。
 FACE ROBOTにはフルセット版の「Designer」と,アニメーターが使用する部分だけを独立させた「Animator」の2製品が用意されている。ソルバーのセットアップ部分が含まれているのはDesignerだけで,Animatorだけではフェイシャルアニメーションの制作は行えない。Designerを1本,制作環境の規模に応じて(アニメーターが使用する分の)Animatorを導入するというのが,SOFTIMAGEの想定する一般的な利用形態になるようだ。

それまで静かにデモを見ていた開発者達をどよめかせた,価格に関するスライド
 そしてやっと本題。FACE ROBOTの価格は,Designerが1700万円(2年目以降の年間保守料は340万円/年),Animatorは1本270万円(2年目以降の年間保守料は54万円/年)。とても,個人で手を出せるものではない。
 SOFTIMAGE|XSIに代表される3Dコンテンツ制作ツールは,他社との競争のおかげで最近かなり安価になっているのだが,そのなかでFACE ROBOTは,かなり強気の価格設定である。開発者向けのイベントである今回も,価格発表時には会場がどよめいたほどだ。強気の価格の裏には「類するソフトが今のところ見当たらない」という事実があるのだが……。

■FACE ROBOTはゲームに変革をもたらすのか?

 では,この高価な開発用ソフトウェアは,ゲームにどのような変化をもたらすのだろうか。今回は,イベントに合わせて来日した,SOFTIMAGEの最高責任者(Avid Technology副社長)Marc Stevens(マーク・スティーブンス)氏に,FACE ROBOTの特徴やインパクトについて,直接話を聞くことができたので,以下のとおりインタビュー形式でお伝えしたい。

Marc Stevens氏(Vice President, Avid Computer Graphics, Avid Technology)
Marc Stevens氏:
 3Dキャラクターに表情を与えるためには,とても複雑な,多くの手間が必要でした。とにかく,3Dモデルにアニメーションをさせるところまでの,セットアップに時間がかかっていたのです。
 また,セットアップに時間がかかるため,後になって「もう一度セットアップをやり直す」ということも,事実上不可能でした。

4Gamer.net:
 それらが,FACE ROBOTによって解決する?

Marc Stevens氏:
 デモを見ていただいたのでお分かりだと思うのですが,FACE ROBOTでは,フェイシャルアニメーションに必要なセットアップには,ほとんど時間を必要としません。クリエーターは面倒で手間のかかるセットアップという単純作業から解放されて,本来やりたいこと……キャラクターに豊かな表情を与えるという作業に集中できるようになります。また,何度でも,いつでも修正ややり直しが可能ですから,よりリアルなフェイシャルアニメーションを作り込めるようになります。

4Gamer.net:
 私が知る限り,FACE ROBOTのような市販ソフトウェアは,ほかにはありません。ライバルになるソフトはあるのでしょうか?

Marc Stevens氏:
 おそらく,ハリウッドの映画制作スタジオは,内部的にFACE ROBOTのようなソフトウェアを自前で用意して利用しているでしょう。しかし,ツールとして一般に提供されるソフトとしては,FACE ROBOTが初めてです。フェイシャルアニメーションは,我々がこれまで培ってきた技術が発揮できる分野と考えており,今後この分野に注力していくつもりです。

4Gamer.net:
 やはり初めてですか。初めてということもあると思うのですが,FACE ROBOTは開発ツールとして,かなり高額なソフトウェアですよね。正直,大手のメーカーしか使えないような気もするのですが,SOFTIMAGEとしては,どの程度の規模のゲームデベロッパを想定しているのでしょう?

Marc Stevens氏:
 FACE ROBOTは,キャラクターに表情を与えたいというゲームクリエイターに応えるソフトです。ですから,デベロッパの規模は関係ありません。新世代のゲームでフェイシャルアニメーションに取り組もうとする,すべてのデベロッパに向けた製品です。

4Gamer.net:
 ゲームの種類にもよるでしょうが,キャラクターの表情に,本当にそこまで細かな動作が必要なのか? という疑問は,FACE ROBOTの導入コストを考えるとどうしてもぬぐえません。

Marc Stevens氏:
 必要ないと考えられていたのは,これまではできなかったからでしょう。これまでのゲームでは,ハードウェアの性能が足りず,顔のアップに堪えられるようなフェイシャルアニメーションを実現できなかった。また,やろうとすると,途方もない時間とコストがかかってしまっていました。
 さらにいえば,解像度の問題があります。PCはともかく,ゲーム機では解像度が低かったため,カメラが引いた状態では,フェイシャルアニメーションの必要がなかったわけです。

4Gamer.net:
ゲーム機の解像度が上がったことが契機になる?

Marc Stevens氏:
 これからはHD(High Definition,ここでは高解像度ディスプレイとほぼ同義)が標準になります。解像度が上がれば,よりリアルな表現が求められるようになるでしょう。

4Gamer.net:
 例えば,ゲームのどういった部分がリアルになりますか?

「Tiger Woods PGA TOUR 06」より。テレビのスポーツ中継のように,Tigerの顔をアップで見られる日は来るのか
Marc Stevens氏:
 まず,FACE ROBOTは,ゲームのキャラクターに,“アップに堪える表情”をもたらします。
 例えば,ゴルフゲームでTiger Woods(タイガー・ウッズ)の顔がアップになったとしましょう。従来なら無表情の「なんとなく似た顔」だったわけですが,FACE ROBOTなら,ポリゴンでできたTiger Woodsに,人間味溢れる,豊かな表情を与えられるのです。これによって,これまで(顔が不自然なので)“アップにできなかったシーン”でも,これからはアップにして,キャラクターの表情を見せることができるようになります。
 あるいは,“観客”のような存在が変わるかもしれません。例えば,これまでスポーツゲームの観客などは,よくて簡略化されたポリゴン,ひどいときは書き割りだったりしましたが,彼らが表情を持って,プレイヤーに語りかけてくることになるかもしれません。

4Gamer.net:
 デモではリップシンク(声と“口パク”が一致していること)の実現が強調されていました。しかし,洋画の吹き替えなどに慣れている日本人は,欧米人と異なり,リップシンクにはこだわらない,多少ズレていても気にしないと傾向があると言われています。この点も,市場性の違いなのかな,とは思いつつ,少々気になっているのですが。

Marc Stevens氏:
 それは興味深いですね。市場性の違いは確かにあるかもしれません。ただ,リップシンクにこだわらなかったのは,いままでそれができなかったから,でもあると思いますよ。技術的に可能になれば,リップシンクにもこだわるようになるのではないでしょうか。

4Gamer.net:
 リップシンクも含め,フェイシャルアニメーションは,これまでのゲームだと,主にインゲームのシーケンシャルデモにおいて,キャラクターの表情を伝えるために使われてきました。FACE ROBOTを契機に,リアルタイムのプレイ中にもコロコロと表情が変化するようなゲームが登場してくる可能性はあるのでしょうか?

Marc Stevens氏:
 FACE ROBOTはPCだけでなく,プレイステーション2や3,Xbox 360など,多様なプラットフォームに対応しており,リアルタイムレンダリングのための,データのエクスポートが可能になっています。ですから当然,リアルタイムのプレイにも応用されるようになるでしょう。また,将来はFACE ROBOTの技術をゲームメーカーにランタイムとして供給するような展開もあり得ます。

4Gamer.net:
 最後になりますが,一つ機能面で気になったことを聞かせてください。まず確認ですけども,FACE ROBOTは解剖学的なデータを用いているとのことですよね?

Marc Stevens氏:
 そうです。FACE ROBOTは人の顔の骨格,筋肉,柔部組織など,我々が行ってきた研究に基づいたデータが組み込まれています。

4Gamer.net:
 デモでは,人間,もしくはヒューマノイドタイプのキャラクターについて表情を付けていましたが,ならば人間とはまったく異なる形状の顔……ヒューマノイドではないモンスターの表情を作る,ようなことは,FACE ROBOTでは難しいのではありませんか?

Marc Stevens氏:
 確かに,あまりに人とかけ離れた顔……たとえば鼻が二つあるとか,顔の構造が人とは大きく異なるようなモンスターには,今のところ対応できません。しかし,顧客からのオーダーに基づいて,モンスター用にカスタマイズしたFACE ROBOTを提供することは可能ですよ。

4Gamer.net:
 なるほど,ありがとうございました。最後に,4Gamer読者,つまりは日本のゲームプレイヤーにメッセージをいただけますか?

Marc Stevens氏:
 FACE ROBOTは,キャラクタに豊かな表情を与え,新しいゲーム体験をもたらすはずです。FACE ROBOTを利用したゲームは近々登場しますから,ぜひ期待して待っていてください。

■次第に広がっていく可能性が高い
■フェイシャルアニメーション技術


FACE ROBOTの活用によって,むさいおっさんの顔に迫られる日はまもなく!?(出典:SOFTIMAGE)
 インタビュー中にも触れられているとおり,SOFTIMAGEが,2006年春というタイミングでFACE ROBOTというツールを投入してきた背景には,Xbox 360やプレイステーション3というゲーム機の存在がある。これらはハードウェアの進化に伴って高解像度ディスプレイ(≒テレビ)をサポートできるようになり,ようやく解像度面で,PCと肩を並べられるところに近づいてきた。
 プラットフォーム間で,解像度の問題があまり問題にならなくなってくれば,マルチプラットフォーム戦略のゲームタイトルの想定解像度も底上げされる。そうなると,当然,これまでよりも凝った,細かな演出が可能になり,フェイシャルアニメーションのような技術は,今後利用例が増えていくはず。そして,FACE ROBOTのようなツールは,必ず必要になる――。これがSOFTIMAGEの考えるFACE ROBOT普及のシナリオというわけだ。

 確かに,キャラクタが状況に応じて表情をリアルタイムに変えてくれれば,よりゲームに感情移入しやすくなるだろう。
 ただ,この種の演出は一歩間違えると感情移入を阻害することにもなりかねない。ゲームのクリエイターが考える表情と,我々プレイヤーが期待する表情が異なってしまうと,ゲームプレイに強い違和感をもたらすことになるからだ。とくに,フェイシャルアニメーションが普及するにつれて,ゲームは文字情報でなく,できる限り顔で表情を伝えようとするようになると思われるだけに,クリエイターの技量が厳しく問われることになる。

 また,やはり価格という問題はあると思われる。
 インタビューパートでも述べられているが,フェイシャルアニメーションを実現するためのツールとして,FACE ROBOTほど完成度の高い「製品」はほかに例が思い当たらない。FACE ROBOTなしで,完成度の高いフェイシャルアニメーションの制作を行おうとすると,FACE ROBOT利用時よりはるかに(少なくとも時間面で)コストがかかるはず。本気でフェイシャルアニメーションに取り組みたいデベロッパにとって,FACE ROBOTは高い買い物ではない可能性がある。
 とはいえ――Stevens氏は否定していたが――FACE ROBOTを導入して,価格に見合う効果を挙げられるデベロッパの数は限られているだろう。いわゆる大作ゲームでは,映画的演出効果を高めるため,インゲームのシーケンシャルデモや,それこそ全編にわたって使ってくることはあるかもしれないが,数名規模の小さなデベロッパが導入できるとは,ちょっと思えないのもまた確か。徐々にフェイシャルアニメーションが利用されていくのは間違いないが,一気に広まるということはなさそうだ。

 ちなみにStevens氏によると,2006年末か2007年の早い時期には,FACE ROBOTを利用したPCゲームがリリースされる予定とのこと。2006年から2007年にかけては,DirectX 10対応のゲームが注目を集めそうだが,それとは別に,どのようにフェイシャルアニメーションが利用され,キャラクターの表情が生々しくなっていくのかといった点にも注意を払っておくと,面白いかもしれない。(米田 聡,協力:atelier TRUMP HOUSE 山本 治)


ミドルウェア/開発ツール
■開発元:各社
■発売元:各社
■発売日:-
■価格:製品による

【この記事へのリンクはこちら】

http://www.4gamer.net/news/history/2006.05/20060531232232detail.html