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進化するAIによってゲームはどう変わるのか。デジタルメディア協会が主催したシンポジウムをレポート
本稿では,パネルディスカッション形式で行われたシンポジウムの第2部「エンタテインメント分野におけるAI」の模様をレポートしよう。
エンターテイメントで活用されている最新のAIとは
ソニー・インタラクティブエンタテインメント ワールドワイド・スタジオ プレジデントの吉田修平氏は,ゲームにおけるAIの役割とは「おもてなし」,つまりプレイヤーを楽しませることだとする。氏は「プレイヤーに適度な難度(チャレンジ)を与える」「ゲームに登場するキャラクターが“生きている”と感じさせる」「プレイヤーが最後まで投げ出さずにゲームを遊べるようにする」という3点の具体例を挙げた。
しかしその一方で,何を楽しいと感じるかはプレイヤーによって異なり,プレイヤーが楽しんでいるかどうかをAIが判断するのは難しい。しかもリアルタイムで進行するゲームでは,そうした判断を1/30秒や1/60秒で下さなければプレイヤーの意に沿うことはできない。これらがゲームにおけるAIに課せられている課題であり,またゲームのAIが独自に発展した要因であると吉田氏はまとめていた。
スクウェア・エニックス テクノロジー推進部 リードAIリサーチャーの三宅陽一郎氏は,「FINAL FANTASY XV」(PS4 / Xbox One。以下,FFXV)などで採用されているAIの仕組みを紹介。FFXVを含め,昨今のゲームに使われるAIは「メタAI」「ナビゲーションAI」「キャラクターAI」という3種類に分類できるという。
メタAIはゲームの進行を監視し,より面白くなるようにゲーム全体をディレクションするもの。FFXVではプレイヤーと仲間それぞれの状態を監視して,プレイヤーがピンチに陥ると一番近くて都合のいい(攻撃などの行動をしていないなど)仲間を選び,最優先で駆けつけるよう指令を出すとのこと。
ナビゲーションAIはゲーム内の地形を認識するもので,キャラクターが行くべき場所を発見するシステムと,そこに到達する経路を発見するシステムで構成される。
キャラクターAIは,文字どおりキャラクターの行動を司るAIで,状況に応じて自然だったり最適だったりする行動を取らせる。その思考過程が階層構造になっていることや,索敵と行動,移動と射撃といったように並行して複数の行動を取らせることも可能であることが披露された。
三宅氏は,最新のメタAIではプレイログから読み取ったプレイヤーの緊張度の高低に応じて,敵の出現数を変動させていることなどを紹介。今後のゲームは,従来のようにクリエイターが要素を一つ一つ設定し,誰もが同じ体験をするものではなく,AIによってダイナミックに変化するものになっていくだろうと話していた。
HEROZ リードエンジニアの山本一成氏は,自身の手がけたAI将棋ソフト「Ponanza」を紹介した。山本氏によると,「Ponanza」を筆頭に昨今の将棋ソフトが強くなっているのは,「思いのほか良い手だった」「思いのほか悪い手だった」といった局面をフィードバックしていく「強化学習」を採用したからとのこと。AIにおける強化学習自体は以前からあったのだが,「Ponanza」でも200に及ぶCPUを使うとのことで,現実的に使えるようになったのは最近のことだという。
日本マイクロソフト Bing インターナショナル【Bing サーチ&AI りんな】Japan&Koreaビジネス統括シニア戦略マネージャーの中里光昭氏は,同社が提供しているサービス「りんな」を紹介。「りんな」は「おしゃべり好きな女子高生」をテーマとする対話型の感情系AIで,LINEまたはTwitterで利用できる。
感情系AIとは,たとえば犬の写真を見せたときに,その犬を柴犬だと理解した上で「可愛い」などの感情を見せ,より人間らしい会話や雑談ができるものを指す。こうしたAIは,これまでにも「たまごっち」「AIBO」「シーマン」といった形で存在してきた。
中里氏によると,「りんな」が人気になっている理由は,ネガティブな感情を理解し,適切な返答をするなど「ユーザーの感情に寄り添う設計」がなされていることや,会話の往復が多いほど相手が会話を楽しんでいるという指針のもと「会話を長く続けるよう設計」されていることにあるという。またレスポンスが非常に早く,必ず何らかの答えを返してくれることも幅広い層に受けている理由の一つとのことである。
AIがもたらすエンターテイメントの変化と将来の展望とは
続いて,「最新のAIは世間の人々に受け入れられるのか」というテーマでディスカッションが行われた。
吉田氏は,「りんな」のようにサーバーベースでさまざまな人達とのやりとりからから学習し,そのときどきの話題で会話できるAIと,「サマーレッスン」にように存在感のあるVRキャラクターが融合することで,多くの人を幸せにできるだろうと展望を語った。
三宅氏は,ゲームのAIはプレイヤーが知能として認識するものであるとし,それをより印象づけるために,まずゲーム内でプレイヤーをピンチに追い込んでおき,その状態から助け出すという,ある種の自作自演をやっていると説明。これはプレイヤーが敵を倒したとき,その横でほかのキャラクターが泣くと,プレイヤーに罪悪感が芽生えるといったような演出と同じようなテクニックであるという。
「Ponanza」は強くなることを求められるAIだが,それが進んで人間ではまったく太刀打ちできなくなってしまったら,吉田氏が言うところの“おもてなし”とは正反対の結果を生んでしまう。これに対して山本氏は「ティーチング」,つまり人間を指導する段階に入ると回答。ただし広く活用されるためには,サーバーリソースなど,乗り越えなければならないハードルがあるそうだ。
一方「りんな」は,LINEやTwitter上でユーザーとオセロを遊べるが,「Ponanza」と違い,すごく弱いことで話題になった。しかし,それでも多くのユーザーは「りんな」とオセロを楽しんでいる。この傾向について,中里氏は「たまに負ける,あるいは弱いほうが可愛いがってもらいやすい」と分析していた。
ちなみに「りんな」のオセロの腕は,通常のAIの学習機能とは一線を画したチューニングとなっているとのことで,繰り返しオセロを遊んだからといって強くなるということはない模様である。
二つめのテーマは「人を楽しませるAIの研究は世界的に進められているのか」。これには吉田氏も三宅氏も,ゲームのAIでは世界全体で同時に進んでいると回答。
また三宅氏は,前述のメタAIの考え方は,より人間らしいAIを実現するために欧米にて2000年代からゲームに科学的なアプローチを取り入れるようになった結果生まれたもので,現在のデファクトスタンダードになっていることを指摘した。
一方,日本ではプレイヤーの技量に合わせて自動的に難度が変わるシステム自体はスーパーファミコンの時代から存在していたが,現在だと「初音ミク」や「りんな」のように本来知能のないものに知能を与えるようなAIの研究が進んでいると三宅氏は説明。
関連して中里氏は,「りんな」が公序良俗に反する言葉を使わないこと,仮にユーザーがそうした言葉を投げかけても上手に回避して答えを返す仕様になっていることを明かした。
最後のテーマは,「AIが今以上に人に寄り添うようになったとき,人は何を楽しむことになるのか」。
吉田氏は「人間が一番好きなのは人間」だが,その一方で本当に大切な出会いの機会は限られているとし,AIが進化することによりそうした素晴らしい出会いが起こりやすくなるのではないかと語った。
三宅氏は,AIによって難度やゲームデザインがプレイヤー各自に適したものに動的に変化していくようになると,あらためて展望を述べた。たとえばAIがプレイヤーのSNSをチェックして,今その人が何に関心を抱いているのかを判断し,ストーリーを変化させるようなこともできるようになり,プレイヤー個人のためのゲームが生まれるようになるかもしれないという。
山本氏は,将棋ファンはコンピュータの指す斬新な手よりも,人間がウンウン唸って考え抜いた末に指す一手や,様式美とも言える展開を好むことを指摘。将棋におけるAIには,まだまだ越えなければならないハードルがあるとした。
中里氏は,すべてのエンターテイメントにおける人間のポジションがAIに取って代わられることはないとしつつも,今後も「初音ミク」のように人気となる存在が続々生まれるだろうと予測。とくに日本はキャラクターが受け入れられやすい土壌にあるので,たとえば各地のゆるキャラなどがAIによって会話するようになると,これまでとは異なる展開が見られるのではないかと語り,ディスカッションを締めくくった。
ディスカッションの最後には,モデレーターを務めた慶応技術大学大学院 特別招聘教授 夏野 剛氏が,AIがもっとも活用できるのは,一定のルールがあり,必要な知識の量が決まっている教育の場ではないかと指摘。教師のAIを開発し,VRで学校を再現して指導要領に基づいた授業を行うといいのではないかというアイデアを披露して,ディスカッションを締めくくった。
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