インタビュー
TVドラマ「ノーコン・キッド」は,今だからこそ作れた作品。原案・シリーズ構成・脚本を担当した佐藤 大氏とプロデューサーの五箇公貴氏に思いの丈をたっぷり語ってもらった
避けては通れぬ権利の“壁”
4Gamer:
ところで,制作していくうえで,予想以上に大変だったことなどはありましたか?
動き出してみて一番大変だったのは,やはり権利関係のクリアです。ゲームの権利には各社いろいろな兼ね合いがありますし,今まさにアーケードゲームを作っている会社さんからすれば「まだ終わってねーよ! 歴史にすんなよ!」という感覚もありますからね。
一つ一つの許可を取るだけでなく,それらが同じ画面に並んで映ってしまうので,もうたいへんですよ。五箇さん達にも,すごく苦労をかけてしまいました。
4Gamer:
第1話だけを見ても,けっこうな数のタイトルが出ていましたよね。すべての権利をクリアするのは,並大抵の苦労ではなさそうです。
佐藤氏:
ゲームというのは,それ自体が権利の塊のようなものなんですよね。その扱い方が難しいというのは,今回のことであらためて勉強になりました。
4Gamer:
古いゲームの中には権利が散逸してしまっているものもあると思うのですが,やはりそういった問題にもぶつかりましたか?
佐藤氏:
ありましたね。分かりやすいところでは,当時の「●●●●」なんかですね。
4Gamer:
ああっ! あのゲームは,当時からすでに紆余曲折がありましたし。
佐藤氏:
権利関係について大らかな時代だったからなのかもしれませんが,今の基準で考えるとあり得ないぐらい複雑な権利関係になっているケースもあるんですよね。
4Gamer:
ちなみに,とくにアンタッチャブルだったものは……?
佐藤氏:
やはりコピー基板の話でしょうねぇ。これは先方さんの事情はもちろん,コピー基板を実際に作っている会社が今はほとんど無いこともあって,扱うのは難しいところでした。
4Gamer:
そこに今もう一度スポットライトを当てられるのはちょっと……という気持ちは分かります。ただ,実在していたことは確かなだけに,残念ですね。
佐藤氏:
そうですね。それらが普通にゲーセンに存在していたというのは,当時がおおらかな時代だった証拠なんでしょうし……。
4Gamer:
ゲームに限った話ではありませんが,著作物に対する遵法精神が高まってきたのは,けっこう最近のことですよね。もちろん,良いことなんですけど。
佐藤氏:
ええ。そのおかげで僕が関わっている著作物も守られていますから,権利関係がキチンとしてきたのはとても良いことだと思っています。
ただ,過去をいじる時に今の決まりごとが適用されてしまうというのは,創作にあたってなかなか難しいものではありますよね。
4Gamer:
そうした許諾の交渉自体,想像するだけでキツそうだと思うんですが……。
五箇氏:
ところが,交渉に関して基本的にはかなり好意的に受け入れてもらえました。当時は小さかった企業が,合併や統合を経て大企業に変わったりしていますよね。でも,基本的に担当窓口の方々は皆さんゲームが大好きですから,ドラマの内容を話すとすごくテンションが上がってくるんです。
とにかく,制約がある中で作品を完全体に近づけようと頑張りましたね。逆に,権利問題で乗り越えられなかった壁を笑ってやろう……というお話も用意しています(笑)。
4Gamer:
それすらもネタとして前向きに乗り越えていこう,と。
ちなみに,「これだけは絶対に出したい」という作品はありましたか?
佐藤氏:
「ゼビウス」「ドラゴンクエスト」「バーチャファイター」「スーパーマリオブラザーズ」の4作品ですね。これらが出せたので,本当に良かったな,と。
4Gamer:
マリオなんかは,本当によく出せたものだと思いますが……。
五箇氏:
京都の本社まで行って,直接お話をさせていただきました。温かいご理解があったおかげで,登場させることができました。本当に感謝しております。
4Gamer:
最初から出す前提で脚本を進めていた作品もあるとは思うのですが,そういったタイトルが「出せない」となった場合,どう対応するつもりだったんでしょう?
佐藤氏:
ギリギリまでみんなで代案を考えて,ダメだった場合はそれを使おうと……。
五箇氏:
マリオが登場するのはアクションゲームの回だったので,もしダメだった場合は別のアクションゲームに変える予定でした。台本の骨組みはどちらでも使えるように作って,タイトルによって言い回しを変えようと。……でも,やっぱり一番シックリ来るのがマリオなんですよね。あて書きしていますから。
4Gamer:
では実際に,一度作った脚本を変えたお話もあったのですか?
五箇氏:
かなり危機感を持ちながらやっていましたが,最終的に台本まで変えなければならない状況になったのは一つだけでした。奇跡的に,ほかは全部OKが出ました!
佐藤氏:
ものによっては「今日,この日に許可が下りないともうダメ」なんて時もありました……。そういう日は,監督と共に戦々恐々としながら結果を待つんですよ。で,夜中に「OK」のメールがきたときなんかは,「やった!」とガッツポーズをしていました(笑)。
ただ,それは「脚本を変えなくていいんだ」ということではなくて,「このゲームをドラマに出せるんだ!」という喜びでしたね。
五箇氏:
ノーコン・キッドは,僕らが本当にゲームが好きで作っている作品で,その存在自体がゲームに対する感謝の表れのようなものです。なのでメーカーさんには,この作品に込めた「これから先もゲームは続いていく」というメッセージを理解していただけたからこそ,ご協力いただけたのだと思います。
4Gamer:
五箇さんにお聞きしたいのですが……権利関係など,言ってしまえば明らかに面倒くさいと分かっていたにも関わらず,ゲームを題材にした作品を,やってみようと思ったのは,なぜでしょう?
佐藤氏:
それは僕も聞いてみたい(笑)。
ここまでたいへんだとは思っていなかったんですよ!
一同:
(笑)
五箇氏:
僕は今年「めしばな刑事 タチバナ」という作品を4月のクールでやっていて,そちらの作品もかなりメーカーさんの許可取りが重要だったんです。何しろ題材が食品ですし,交渉しなければいけない数も多いんです。ポテチだけでも40種類以上あり,撮影までに返事をいただけないだとか……。
4Gamer:
うわ……。
五箇氏:
ノーコン・キッドはそちらに比べたら許可取りの数は少ないし,結果的になんとかなるだろうと思っていたわけですが……その実,同等かそれ以上に大変でしたね(笑)。
僕は「商品の実名を出すために許可を取る」ということに,まるまる1年間悩まされることになったわけです。
4Gamer:
本当にお疲れ様です……。しかし使えるか使えないかは別として,題材として扱うタイトルの選定も難しそうですね。思い入れがあるなら,なおのことでしょうが。
五箇氏:
人によっては「このタイトルが入っていないじゃないか!」ということもあるかと思います。ですが,このノーコン・キッドは主要登場人物である3人の“ゲーム史”ですから,どうしても出せる作品には限りがあります。また,舞台となるゲーセンが狭いので,入れる筐体も厳選しないとダメなんですよね。
結果として時代観を出しつつ,ゲームをあまり知らない人でも分かるようなメジャータイトルを抑えつつ,マニアが「あれ入ってるのか!」と思えるような選定をすることにしました。
ただ,そうなると,やっぱり落とさざるを得ないタイトルが出てきてしまうという。……個人的には「奇々怪界」を入れたかったのに!
4Gamer:
そのジレンマ,よく分かります。
五箇氏:
そういう例を挙げるなら「ダライアス」もそうです。ドラマの中で木戸が「ダライアス」の話をすることがあるのですが,ドラマ中には登場しません。出したかったんですけど,どうしてもあの三面筐体は狭いゲーセンに入れられませんでした。「スペースハリアー」はしっかり入っただけに,無念ですね。体感型ゲームは正直もうちょっと出したかったです……。でも,それが駄菓子屋から始まったゲーセンの限界なので(笑)。
体験のグラデーションが作り上げた,色鮮やかなゲーム史
4Gamer:
こうしてお話を伺っていると,五箇さんも佐藤さんに負けず劣らずゲームに対する想いは強いように感じられますね。
五箇氏:
もちろん大好きです。昔住んでいた王子駅前に,キャバレーの跡地を利用した,だだっ広いゲーセンがあったんです。小学生の頃からそこに通っていて,当時は「パンチアウト!!」や「クレイジー・クライマー」「ガントレット」といったタイトルで遊んでいました。
で,ゲーセンを出たら駄菓子屋に行って,そっちでは「忍者くん」とか「黄金の城」とか,10円〜20円で遊べるゲームを遊んで……。
4Gamer:
環境的に恵まれていたんですね(笑)。
では,基本的にはアーケードゲームがメインですか?
五箇氏:
いえ,実はコンシューマ機もほぼ全部持っていました。セガのSG-1000とか,アスキーのMSXあたりの時代からです。最初は確かトミー(現:タカラトミー)のぴゅう太でしたが。
4Gamer:
筋金入りですね! このドラマをプロデュースしていることにも納得です。お二人は世代的には近いのでしょうか?
五箇氏:
僕のほうが下ですね。
佐藤氏:
24時間営業のゲーセンや,第1話に出てきた反射避けのダンボールなんかは,五箇さんの時代には無かったみたいですよ。記者会見でも話題に出たんですが,「あれって(木戸の)キャラ付けですか?」なんて聞かれちゃって。
五箇氏:
アレ,最初はなんだろうと思いましたもん。
「これはギャグじゃなくて,当時は本当にそうだったんです! 僕の地方だけでもないんです!」って主張するのが大変でした。音楽をやってくれているまりん(※砂原良徳氏)からも「俺,自分で作ってたぜ」なんて話を聞いたりして(笑)。
五箇氏:
あとはフィルムケースですね。あれも分かりませんでした。フィルムケースを「バンッ」と裏返して,コインタワーを作っていたやつです。
4Gamer:
自分もダンボールを反射避けにするという話は知っていましたが,フィルムケースは知りませんでした……。
佐藤氏:
あの頃って台にお金を並べて順番待ちの意思表示にしていたので,フィルムケースでタワーを作ると「この台は連コするから並ぶなよ」という意味になるんです。
4Gamer:
それが“アリ”だったんですか?
佐藤氏:
ナシだけどアリというか……。言うなればグレーです。上手なプレイヤーにとってはヤル気のアピールにもなっていて,けっこうな意味がありました。そもそもコインタワーを作れる人って周りが文句言えないようなすごくうまいヤツだったりしたので。まぁ,暗黙のルールみたいなものがあったんです。
4Gamer:
なるほど。タワーを作れる者はゲーセン内における“強者”だったんですね。
佐藤氏:
劇中において真の意味でアレができる人間は,第3話に出てきた「初代YMO」の鬼塚なんです。高野は彼がやったのを真似してタワーを作り,それを礼治が真似をするという。
4Gamer:
世代ではないのに,アレは「便利かも」って思っちゃいました。
佐藤氏:
でも,あれをやると店のオヤジに怒られるんですよ。「(テーブル筐体の)ガラスが割れる!」って(笑)。
4Gamer:
そうなんですか(笑)。でもフィルムケースを使えば「俺はこれだけ遊ぶぞ」っていう意思表示はもちろん,逆に「1ケース分だけ」みたいに遊ぶ回数のセーブにもなりますよね。やっぱり素晴らしいアイデアですよアレ……。
佐藤氏:
そうそう,そうなんですよ! 遊ぶ回数を区切れるのは,けっこう重要ですからね。ちなみにガラスが割れたところを,僕は見たことがありません。オヤジが「一人で専有するな」と伝えるための方便として「割れる」って言っているだけだったのかもしれませんね(笑)。
4Gamer:
なんというか,イイですねぇ……その空気感。
佐藤氏:
お金を詰めたフィルムケースを持っていく時の気分は,まるで決闘に向かうガンマンのようですからね。「撃てる弾はこれだけ,筐体に装填して……」みたいな。
僕は当時,ゼビウスのカンストはできませんでしたが,「無限増えのところまでは絶対に行くぜ!」という目標に向けて戦う意思を,あのフィルムケースが駆り立ててくれたと思います。
五箇氏:
そうそう,かなり後半になりますが,「これ,ノーコン・キッドだっけ?」という気分になるぐらいのお話もあります。ゲーセンワタナベが完全に西部劇の酒場になるという。
4Gamer:
今から楽しみです(笑)。でも,お二人の世代が違うからこそ幅広く描写できるんでしょうし,複数の監督や脚本家を起用しているのも,そういった狙いがあるように思いました。
佐藤氏:
そうなんです。五箇さんが格ゲーブームの全盛期を体験している頃,僕はゲームが仕事になっていたので,その時代のプレイヤー達のことや,そのときの空気感は詳しく知らないんです。そういったところは,分かる人達に書いてもらう感じで進めました。
スタッフによって体験にグラデーションがありますからね。それぞれのゲーム史を持ち寄り,俯瞰のゲーム史を作っています。体験が偏らないように……というのは一番最初に周知させたかったんですね。
なので,回を重ねるごとにバラエティに富んだ演出が増えてきますよ。
五箇氏:
遊んできたゲームも思い入れも違う5人の監督が,ノーコン・キッドという舞台を借りて,毎回別々のゲーム愛を表現しに来ているんです。だから回ごとに違う“味”があって,それがまた面白いんじゃないかと。
4Gamer:
監督の皆さんにもゲーム少年だった過去があるというのは,視聴者としても安心感があります。
五箇氏:
5人もの監督がいて,全員が“ゲーム”という一つの体験を元に脚本を作っていますから。人選が良かったんだと思うのですが,「実はゲームをよく知らないけどこんな感じかな?」みたいな人は,監督の中に一人もいないんです。
彼らを“ゲーム”というワンセンテンスがつないでいるのだと思うと,ドラマの作り手としても「ゲームって凄い!」と肌で感じますよね。
4Gamer:
ちなみに,複数人の監督を立てるという体制は,どのタイミングで決まったことなんですか?
佐藤氏:
かなり初期から決定していましたね。最初に話した「24時間ゲーセンの終焉」をエンディングに考えていた映画は,まさに僕だけのゲーム体験で書ける内容でした。でも,五箇さんからそのストーリーがTVドラマには適していないことを教えてもらい,変えていくにあたって僕だけでは描ききれない部分が出てきてしまったからです。
そういった経緯で,複数の監督,脚本家に参加していただくことになりました。
4Gamer:
すると,ゲーム愛に溢れた逸材ばかりが集まってきたと。
佐藤氏:
本当にそうですね。メチャクチャ大好きな「四畳半神話大系」の上田 誠さんとか,五反田団の前田司郎さんとか,びっくりするほど好きな名前が並んでいます。もちろん,彼らが集まってきてくれたのは僕がいるからではなく,「ゲームをドラマでやれるから」という理由なんです。「マジで!? ドラクエをドラマに登場させていいの!?」っていう,分かりやすい興味から協力してくれているんだと思っています。
4Gamer:
初期の構想ではアーケードゲームに絞った内容だったのが,結果的にマリオやドラクエのようなコンシューマタイトルも登場させるに至ったのは,どういった理由からなんでしょうか?
実はその辺はかなり悩んだんですよね。テレ東の深夜枠ですから,番組的にはコアな方向に踏み込んでも問題は無いんですよ。そうすれば,それなりにコアな層がついてきてくれます。でも,どうしても間口は狭まってしまう……。そこでどう取捨選択するかという議論は,何度も繰り返しました。
でも企画ブレーンの酒井健作さんが「コンシューマのビッグタイトルを入れないと,一般視聴者には分からない」と強く主張してくれたこともあって,最終的には入れることに決めました。
4Gamer:
そこもまた,ゲーム体験のグラデーションがあるからこその判断ですね。
五箇氏:
まぁ,入れたら入れたで,さらにたいへんになりましたけどね(笑)。無事ドラクエとマリオを入れられるようになったのは良かったんですが,それをどうストーリーに組み込むかが難しかったんです。
ストーリーの基本ラインにはゲーセンがあるのに,どこでコンシューマのタイトルを遊ぶのかと。最終的に,ゲーセンへゲーム機を持ち寄って遊ぶことになりました(笑)。
4Gamer:
かつてホテルや旅館なんかに行くと,業務用のファミコンボックスなんかもありましたし,どう見ても無許可でファミコンを時間貸しするような商売も見かけましたが,そういうことでもなく……?
佐藤氏:
あったあった! でもこの作品では,あくまで友達の家に持ち寄るみたいなイメージです。
五箇氏:
実は当初,コンシューマゲームに関してもテーブル筐体の“時間制”のものを出したら面白いんじゃないかなと思ったんです。当時の“あるある”なやり取りを再現したかったんですが,諸般の事情でやめました。お察しください(笑)。
佐藤氏:
まあ,そりゃそうですよね(笑)。
そういう風景って,作っている最中に思い出すんですよ。映像や音を作りながら色々な思い出を反芻することになるので,ふと蘇ってくるんです。観ている人達にも,ぜひ自分のリアルな体験を思い出していただけると嬉しいですね。
4Gamer:
当時のおおらかさを匂わせる演出に,「これは!」とピンとくる人が多そうですね。
佐藤氏:
実際には出せなかった作品や,直接セリフや映像として表現できなかったことについても,その“匂い”を感じられるような小物なんかを用意していますから。画面をよく観察すると,制作の裏側が見えてくるかもしれません。
五箇氏:
美術というか,背景のゲームポスターなんかもしっかり再現していますので,そちらも見どころです。手前味噌ではありますが,この点は本当に再現度が高いので。
よくチェックすると「シティコネクション」とか,昔のナムコのモアイが描かれたポスターなんかを,いちいち細かく貼っていますよ。
4Gamer:
あのポスターって,本物を探してきたんですか?
佐藤氏:
いえ,本物をスキャンして製作したレプリカです。ネットを通じて当時の現物を持っている方を探し,出向いて撮影させてもらいました。借りた物をそのまま貼るわけにはいきませんし,当時,額に入れて飾るなんてありえませんでしたからね。
4Gamer:
こだわってますねぇ……。
佐藤氏:
その甲斐はあったと思います。実は制作全体が非常に低予算なので……。その分“一点豪華主義”とでも言いますか,とにかく当時の「ゲーセン」に嘘を付かない絵作り,ドラマ作りを意識しました。
五箇氏:
あ,すみませんちょっと次に行かなければならなくて……(五箇氏退席)。
4Gamer:
いえいえ,ありがとうございました。
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