Macintosh関連の話題はこれまで,Mac専門誌やMac専門のWebで取り上げられるのが常だった。だが最近では,PC系の雑誌やニュース媒体でも,大きく取り扱われることが多くなっている。とくに2005年は,Windowsの大きなアップデートが一つも出ない中,Windows Vista(コード名:Longhorn)の機能を先取りしたMac OS X v10.4“Tiger”がリリースされ,大きな話題を呼んだ。
そして2006年に入り,Intelの最新CPU,Intel Core Duoを搭載したMac(以下,Intel Mac)が市場に投入され,非常に大きな話題となっている。
そんな中,ここ4Gamer.netでも,Mac関連の話題を扱う「Macintoshチャネル」がオープンした。それを記念して今回は,「Intel Macとゲーム」についての展望を書かせてもらおうと思う。
本題であるIntel Macの話題に入る前に,少しだけMacとゲームの関係について書かせてもらおう。Macというと,ゲームとは縁が薄い“パソコン”と思う人がいるかもしれないが,実はそんなことはない。
「MACWORLD EXPO/2006」で,BllizardはApple以外のブースでは唯一,Core Duo搭載版iMacを使ってWoWのデモを行っていた。高精細グラフィックスにもかかわらず,滑らかによく動いており,Appleの社員も驚いていたようだ。「San Francisco Chronicle」というローカル新聞は,「Intel版Macで,Appleがコンシューマゲーム市場にも食い込めるかもしれない」という記事を掲載していた
実際,かつて幾多もの名作ゲームがMacの上で生み出されている。例えば,Windowsユーザーの多くが一度はハマる,トランプの「ソリティア」ゲーム。古くからのMacユーザーの多くは,Windowsユーザーがハマる前から,これで遊んできた。
Michael Casteelというプログラマーが1984年,登場したばかりの初代Mac用に「Klondike」というソリティアゲームを開発し,その後,「Canfield」「Freecell」「Gold」などのゲームを提供してきた。驚いたことにCasteel氏のKlondikeには,最新の
Mac OS Xに対応したバージョンもある。22年間もバージョンアップされ続けたソフトは,ゲーム以外でもそうはないはずだ。
また,アクションゲームではSilicon Beach Softwareの「Dark Castle」とその続編「Beyond the Dark Castle」が思い出深い。キーボードとマウスの両方を使ってキャラクターを操作して,仕掛けだらけの城に潜り込だり,敵を倒したりと大忙しのゲームだった。
1990年代中頃,CD-ROMドライブが普及してくると多くの名作CD-ROMゲームがMacで誕生し,スター的ゲーム開発者が生まれた。この手のゲーム市場を切り開いたともいえる名作が米Reactorの「Spaceship Warlock」で,このソフトをつくったMike SaenzとJoe Sparksは一躍時の人となった。
Mac版もリリースされた「Halo: Combat Evolved」。XboxやWindowsの印象が強いが,開発元のBungie Softwareは,元々はMac専門のゲームデベロッパ
さらに,名作FPS,「Halo: Combat Evolved」を開発したBungie Softwareも,元々はMac専門のゲームデベロッパだ。彼らを一躍有名にしたのは「Marathon」というFPSだが,実はその前に作ったシェアウェアゲームの「Pathway into the Darkness」もなかなかよくできた作品だった。
伝説のゲーム開発者といえば,Chris Crawford氏も無視できない存在だ。ATARIの伝説的なゲーム開発者だった彼は,1980年代末に,Macというプラットフォームに魅せられ,開発プラットフォームを移行する。その後,彼はMacにインスパイアを受けたかのようにして,それまでになかったタイプの名作ゲームを連発し始めた。
その中の一つ,「Trust & Betrayal」は5000本しか売れなかったものの,アイコンを使って宇宙人との意思疎通を図るという新しい試みで,多くのプログラマーから注目を集めた。また,「Balance of Power」では,冷戦時代の大国間での力の均衡という,難しいテーマに取り組んでいた。
ここで挙げたのは,何百(もしかしたら何千)とあるMacで誕生したゲームのほんの一例に過ぎない。確かに最近,店頭で見かけるMac用ゲームはあまり多くないが,それは日本だけのこと。米国では,かなりの数のゲームが相変わらず販売されており,毎年1月にサンフランシスコで開催される「MACWORLD EXPO」には,巨大なゲームゾーンが用意されている。
さて,Apple Computerは2005年,MacのCPUをこれまでのPowerPCプロセッサからIntel製のものに置き換えることを発表し,2006年にはCore Duoプロセッサを搭載したiMacとMacBook Proをリリースして注目を集めている。そうした中,筆者はかつてのChris Crawford氏のように,Macプラットフォームに優秀なゲーム開発者が移行してくることを期待している。Intel CPU搭載のMacは,ゲーム開発者にとっては,かなり理想的なプラットフォームだからだ。
まずは,これまでも言われてきた理由をいくつか挙げてみよう。第一の理由は互換性。Windowsのゲーム開発では,互換性のチェックが非常に重要になる。というのも,何百という会社から数えきれないほどバラエティ豊かな構成のWindowsマシンが出ているのだから,マシンの動作条件を表記するだけでも一苦労となるし,互換性テストにかかる労力も半端ではない。これに対して,Macを出しているのはAppleのみ。構成のバリエーションも少なくはないが,Windowsに比べればたかがしれている。
また,構成を見たとき,グラフィックスチップの水準が高めなのもゲーム開発に向いている。現在,最も安価なMac miniでもRadeon 9200/32MB(AGP 4X)相当を搭載している。しかも,最新のMac OS X v10.4“Tiger”には,このグラフィックスチップのハードウェア機能を直接ドライブして,高度な映像表現をリアルタイムで表現する「Core Image」「Core Video」といった開発基盤も用意されている。
MacBook Proで先進的なのは,Intel Core Duoだけではない。従来のPowerBook G4に比べ,8倍の性能を持つATI Technologiesの最新グラフィックスチップ,Mobility Radeon X1600を搭載し,PCカードに代わる新規格ExpressCardを採用するなど,ハードウェアの仕様を大胆に変えてきている。このあたりから,今後の進化の方向性を占えそうだ
さらに最近では,ここにデュアルコア仕様のCore Duoという,もう一つの強力な理由が加わるわけだ。
PowerPCとCore Duoでは,大きな数字の表し方が異なる。例えば
「12 34」という4桁の数字を表す場合,PowerPCでは二桁ずつ「12」「34」と表すが,インテル系CPUでは,これが「34」「12」の順になる。現在リリースされている,Windowsから移植されたゲームの多くは,ゲーム中のマップデータなどを読み込むときに,こうした数字の順番をいちいちひっくり返すことになっているため,それほどのパフォーマンスが得られなかった。
MMORPG「World of Warcraft」(以下,WoW)の開発元であるBlizzard EntertainmentのRobert Barris氏も,この変換がなくなるだけでも大きなパフォーマンス向上が望めると語っている。ちなみに同社は,2006年1月のMACWORLD EXPOで,Apple以外では唯一,Core Duoを搭載した新iMacを使った展示を行っていたが,WoWはかなり綺麗な表示モードで,軽快に動作していた。
Intel Macの登場で,すぐさまMacならではの特性を生かしたゲームが出てくるとは思わないが,まずはこれをきっかけに,これまでMac用のゲーム開発に興味を示していなかったクリエイターが,ものは試しとMac版を開発することは十分考えられる。どうせ開発に必要な追加資金はMac mini,1台分だけ。ディスプレイもキーボード/マウスも,Windows機で使っているものを流用すればいいのだ。おまけにMacの標準(そしてほぼ唯一の,それでいて業界でも最も先進的な)開発環境はMac本体に無料でついてくる(オプションインストールの必要がある)。
Macユーザーは,Windowsユーザーと比べるとはるかに少ないが,その総数はビジネスが成立しないほどのものではない。この市場で成功すれば,十分それだけでもやっていける大きさを持っている(ゲーム以外のソフトウェアデベロッパには,そういうところがいくつもある)。しかも,Macの市場でゲームソフトの競争率が低いとなれば,今はまさに参入のチャンスだろう。
その中に一人でも,Chris Crawfordや,Silicon Beach Software,ReactorやBungieの再来と呼べる会社があれば,Macが再び先進ゲームプラットフォームとして復権することも十分考えられる。
MacBook Proの液晶上部には,内蔵型のiSightカメラが用意されている。Appleとしては,これを使って電子メールに写真を添えたり,ビデオ会議をしたりといった新しいライフスタイルが可能になることを,もっと強力にアピールしたいところだろう
Appleは今回,Intel製CPUへの変更を発表した理由を,「CPUの消費電力当たりの処理能力が高いから」と説明している。
ニンテンドーゲームキューブがPowerPCベースのMPU(コードネーム“Gekko”)を採用して以来,コンシューマゲーム機市場では次々とPowerPCが採用されている。
2005年末に発売が始まったMicrosoftのXbox 360も,任天堂の次世代ゲーム機となるRevolutionももちろんそうだ。ソニー・コンピュータエンタテインメントのプレイステーション3で採用される「Cell」もまた,PowerPCではないがPowerPCの流れを汲んだもので,プログラムコードはPowerPCと互換性のあるものが使えるようになっている。
ゲーム機はMacと比べても出荷台数が多く,Cell以外のCPUをすべて(単独で)製造しているIBMにとっては,これはかなりおいしい話だ。コンシューマゲーム機のメーカーは,とにかく低価格と優れた処理能力を求めてくるので,PowerPCのデザインバランスもかつてとは少しずつ変化してきた。
かつて,PowerPCといえば,消費電力が低くて高性能なのが強みで,それがスリムでリリース当時世界最速なPowerBook G4の開発を可能にしていた。しかし,安さと高性能のバランスに重点を置き始めた現在のPowerPCでは,消費電力と性能のバランスがうまく保てない。
Appleが重視する消費電力当たりのパフォーマンスは,PowerPC G4からG5に切り替わった時点でむしろ下がっており,これがPowerBook G5が登場しなかった理由でもある。これに対してCore Duoは,PowerPC G4の3.9倍,G5の4.5倍も消費電力当たりのパフォーマンスが高い。だからといってバッテリが4倍長持ちするわけではないが,これまでのPowerBookと同じ程度のバッテリ寿命で4倍ほどのパフォーマンスを発揮できるのだ。
Appleはこの1年間をかけて,Macの全ラインナップをIntel CPUベースに変更する予定だ。それ以外にも,これまでになかったタイプの新製品が出るという噂もある。
OSが,OS Xになって以来,ものすごい勢いで進化しているのと同様に,CPUがIntel製になったことでハードウェアの進化が加速する可能性も十分にある。
ゲーム機がすべてPowerPC系CPUになり,PCがすべてIntel系CPUになり,IBMとIntelの住み分けがはっきりしたのは,ある意味面白い出来事だが,この住み分けの結果,今後,コンシューマゲームとPCゲームに性格的な違いが生まれる可能性だってあるかもしれない。
OSがそうであったように,PowerPCからIntel製CPUへの変更は,「CPUの移行」と捉えるよりも,「Macプラットフォームの進化」と捉えたほうがいいだろう。
こうやってMacがどんどん魅力的なプラットフォームに進化することで,今後はゲームやそれ以外の分野のプログラマが,Macに興味を示す状況だって十分にありえる。きっとAppleもそうなることを期待しているはずだ。
※初出時に誤解を招く表現がありましたため,現在は該当箇所に修正を加えております。