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[CEDEC 2015]「つくる、ということ」。日本のクリエイティビティとは何かについて語られた初日の基調講演をレポート
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印刷2015/08/27 16:11

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[CEDEC 2015]「つくる、ということ」。日本のクリエイティビティとは何かについて語られた初日の基調講演をレポート

慶應義塾大学大学院教授,中村伊知哉氏
画像集 No.045のサムネイル画像 / [CEDEC 2015]「つくる、ということ」。日本のクリエイティビティとは何かについて語られた初日の基調講演をレポート
 2015年8月26日,CEDEC 2015初日の基調講演「つくる、ということ」が,慶應義塾大学大学院教授の中村伊知哉氏によって行われた。
 中村氏がどんな人物かを語るのは,簡単なようでとても難しい。ロックバンドのディレクターから官僚,大学教員(研究者),各種業界団体の理事長など,その職歴は実に多彩だ。とりあえずゲーマー的視点から言えば,MITメディアラボのメンバーとして,セガの名機「ドリームキャスト」の設計に携わっていたというのが,一番身近な仕事かもしれない。

 そんな中村氏が,クリエーションの過去と未来,そして日本におけるクリエーションの現状とこれからを語った,まさに「つくる、ということ」と題すべき講演の模様をレポートしたい。


デジタルとは何か?


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 まず最初に,中村氏は「人は何を作ってきたのか」,と問う。
 人間は非常に多くのものを作ってきたし,また個人としても日々さまざまなものを作っている。中村氏の場合,前日に限っても「食事を作り,講義を作り,Twitterに投稿してコンテンツを作り,炎上を作った」と言う。この視点に立てば,「54年間,何かを作り続けてきた」(中村氏は今年で54歳)とも考えられるわけだ。

 その上で,まず中村氏は自分が重視するものとして,デジタル(技術)ポップ(文化)の2つを示した。デジタルとポップを合わせて新しいものを作ることが,中村氏の目標だ。

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 さて,ではまずそもそも,デジタルとは何だろうか?
 中村氏は「アメリカ同時多発テロ事件」の際の思い出を語った。あの事件が起きたとき,中村氏はボストンからニューヨークに向かっていた。だがマンハッタンにかかる橋で警官に止められ,そこで引き返さざるを得なくなった。その段階で,どうやら何か大きな事件が起こったということは理解したが,何が起こっていたかは分からなかったという。中村氏が事件の内容を知ったのは,帰り道で入ったドライブインでテレビを見たときだった。
 一方,日本においてこの事件は,少なからぬ人がテレビを通じてリアルタイムで視聴していた。2機めの旅客機がビルに突っ込んだシーンを生中継で見たという人は,ある年齢以上の読者であれば珍しくないはずだ。

 だが実のところ,アメリカにおいてその模様を(テレビ越しであっても)生で見たという人は,中村氏がその一人に含まれないように,それほど多くないという。アメリカ国内には時差があるため,多くのアメリカ人はあのとき眠っていたのだ。そのため,あの映像がトラウマになった人は,日本人のほうが多いと中村氏は言う。つまり,2001年9月11日の段階で,すでに世界は「つながっていた」のだ。

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 このことは,中村氏にとって,別の形で大きな意味を持つものだった。中村氏は官僚時代,「高度情報化社会」を「世界中が映像でリアルタイムにつながる社会」であると定義していた。それによって,世界各地の人々が互いに理解を深め,世界平和が訪れるはずだった。だが実際には,世界が映像によってリアルタイムにつながることで,人はお互いの違いの大きさを知ることになった。

 同じことは,インターネットにもいえる。かつて,インターネット上の言説や活動は,戦争を止めようとする動きが一般的だった。だが,イラク戦争ではより効率よく戦争を遂行するためにインターネットが活用された。兵士達はウェアラブルコンピュータを身につけ,より効率的に敵を殺す術を手に入れた。インターネットが戦争の抑止にも効率化にも利用されるように,技術をいかに利用するかはユーザーの手に委ねられるようになったと中村氏は述べる。

 その一方,東日本大震災は,中村氏にとって別の「気付き」となった。
 震災が発生した直後,被災地に向かった中村氏は,すでにテレビやネットを通じて被害の様子を熟知していると考えていた。だが実際に被災地に行ってみると,大きなショックを受けることになる。津波が押し寄せたあとの被災地には,中村氏が一度も嗅いだことのない,多くのものが入り混じった匂いが立ち込めていた。その匂いは,デジタルが伝えられなかった情報だった。

白いバツがつけられた車は,車内で遺体が見つかったという意味。これもまた,震災直後には伝えられなかった情報であるという
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 だが,これとは逆に,現代のデジタル技術によって達成しうる現実が,人間の想像を超えているケースもある。
 例えば,人間が目覚めている間のすべてを録画した場合,寿命が70年だとすると,10テラバイトほどのデータになるそうだ。2015年段階で,10TBのHDDは5万円〜10万円程度。バンドで額に固定できるカメラも安価に手に入る。
 このような機材を用いて録画された,「映像のパラレルワールド」(中村氏)とも呼べるデータを作成すること自体は,現代の技術で実現できる。だが,そんなデータが作れることで何が起こるかは,普通の人のイマジネーションを超えている。

グーテンベルクの像
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 このことについて中村氏は,グーテンベルクの例をひいた。
 グーテンベルクが活版印刷術を生み出すことで,その後300年ほどかけて,社会は劇的に変化した。だが果たしてグーテンベルク自身は,自分の発明が300年後の社会をどう変貌させ得るか,想像できていただろうか? ということだ。

 そこで中村氏は,「今こそ空想するチャンス」だとする。いま自分達が向き合っている技術が,3世紀後の世界をどう変えるか。それを,この会場にいる人達は想像すべきであるというのだ。

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技術に追いつけない社会


 さて,こういったデジタル技術の実情を踏まえたうえで,中村氏は人類の文化の歴史を振り返った。

 人類が最初に手にした文化は,音楽だった。ネアンデルタール人が使ったとされる楽器(笛)は,ほかのあらゆる文化作品(およびその痕跡)に比べて圧倒的に古いという。
 続いて,アルタミラに見られる壁画が生まれた。映像文化の始まりだ。そののち,甲骨文字や楔形文字のような文字が出現する。
 文字はやがて,グーテンベルクによって大量複製が可能になる。エジソンの蓄音機は音楽にライブ以外の場を与え,映像は映画に,やがてテレビに進んでいく。
 それからさらに時代が下り,ファクシミリやテレビゲーム機が誕生するが,これらはまだアナログ文化の上に成り立っていた。ここにPCやインターネットが登場することで,時代は本格的にデジタル化され,それらを集約的なインフラとした「コンテンツ」という概念が完成する。
 そして現在(正確には直近の過去),コンテンツはネットワーク上のサービスとなり,いわゆるソーシャル革命が始まった。

世界最古の笛(左)と古代の文字(右)
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 現状の日本は,世界有数のデジタル大国だ。その象徴の一つが自動販売機で,日本は世界的にも有数な自販機普及国であり,その台数は600万台に到達する。そしてこの自販機を,それぞれメディア化するという動きを,中村氏は主導している。
 もう一つの例は,セガがリリースした「トイレッツ」だ。これはトイレを利用したゲームで,自販機の例にならうなら,便器のメディア化といえる。中村氏はこれについて「便器をメディア化するという企画までなら,学生が思いついて企画書にしてくることもある。だがそれを練り上げ,社内で(おそらくは何度も)検討し,技術的問題を克服し,実際に商品としてリリースしてしまうのは日本くらい」だと中村氏は指摘する。

セガが開発したトイレッツ
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 しかしながら,ここまでデジタル技術が浸透した社会であるにも関わらず(あるいは,だからこそ)社会が技術に追いつけずにいる側面も目立っている。
 例えば福岡で発生した中学生による私闘に対して決闘容疑が適用された事例ではLINEが多用されていた。中村氏はこれについて「LINEは濃密なコミュニティを形成し,かつ動員力も高いため,とても決闘向けのプラットフォーム」だと指摘する。
 むしろ問題は,そうやって成立した新しいコミュニケーション手段に対して,社会が追いつけていないことだ。決闘罪は,現行の刑法以前に成立した法律だが,決闘のためにLINEで集まった中学生達に適応するには,このカビ臭い法律を持ち出さざるを得なかった。
 暴走族においても,同様な変化が起きている。暴走族は,もともと体育会系の縦社会だったが,最近,そうした人間関係を嫌い,純粋に走りたい暴走フリークがSNSによってつながるようになった。結果として,「グループ名を持たない暴走族」が成立しているという。これは,SNSによって既存社会のヒエラルキーが破壊されたケースだ。

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 同様なことは,企業の採用にも見られる。中村氏によれば,面接官の約50%が,志願者のSNSをチェックして,そこから読み取れる人間性を採用の基準に含めるという。「現実のボクより,バーチャルなボクのほうが,より,リアルに受け取られている」(中村氏)。

 だがこれらは,いわば「もう起きたこと」だ。デジタルの次のステップ――スマートメディアの先に見える,「ウェアラブルPC」「IoT」「AI」の3つの技術には,さらに大きな変化の予兆がある。

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 スマートフォンが「いつでも」つながるPCであるのに対し,ウェアラブルPCは「いつも」つながっているPCだと中村氏は語る。ユーザーが望むときにだけPCと接触できるスマートフォンに対し,ウェアラブルPCは常時ユーザーとPCが接触しており,本質的にまったく異なる。
 また,IoT(Internet of Things)では,ネットワークが現実世界に対してより大きな接点を持つようになる。最近話題の乗用車の自動運転は,スマホに車輪がついたものと考えたほうが分かりやすいだろう。
 そしてAIはさらに賢くなり,人間の仕事はどんどんロボットが片付けるようになる。

 これらの変化は,新しい問題を提示しつつある。
 ウェアラブルPCについて言えば,アメリカでは8つの州で「運転中のgoogle glass着用禁止法案」が提出されているが,一見すると「ながらスマホ禁止」の延長のようなこの問題は,google glassのオンオフが識別し難いことから,法案の成立は困難と見られている。google glassがコンタクトレンズ化したら,いよいよ判別は難しくなる。
 また,ソフトウェアが改善されていく可能性も考えなければならない。google glassで運転サポートアプリを使ったほうが事故を起こす可能性が低いということになったら,むしろ「google glassを着用せずに車を運転してはならない」という法案が提出される可能性がある。

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 IoTに関しては,コンテンツが現実のモノになるという側面があり,具体的な例としては,日本で起きた「3Dプリンタで銃をプリントアウトして逮捕された」というケースが挙げられる。

 「人間の仕事を奪うのではないか」と心配されるAIだが,意外な角度からその可能性を示唆する事案が起きている。アメリカで発生した殺人事件の容疑者が,Siriに「ルームメイトを隠すにはどこが良いか」と質問し,それに対して「沼」「ごみ捨て場」などといった示唆を得ていたのだ。

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 Siriが死体の隠蔽場所を適切に指示した件について,中村氏は「実際,賢いですね」と会場を笑わせたが,直後に中村氏が指摘したとおり,スマートフォンのほうが人より賢くなる可能性は決して否定できない。例えば商談において,最適化されたAIが自分より巧みに商談をこなせるようになれば,将来はAIとAIで商談が進められることもあり得る(事実,現在の金融取引の70%はAIによって行われているという)。
 この未来予想に対して「ゆえに人間には,クリエイティブな仕事と,肉体労働だけが残される」と予測する論者もいるが,中村氏はこれに対しても否定的だ。すでに音楽や映像を自動的に生成するAIは存在しており,こういったクリエイティブなAIが人間を凌駕する創造性を発揮できるかどうかはともかく,一般的なクリエイターよりも安定して良い作品を生み出し続ける可能性は否定できないからだ。

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 いずれにしても,人類に何が残されるのかという問いは,そのまま「おまえは何を作るのか」という問いとして成立するほかない,と中村氏は述べた。


超人スポーツへの道


 この「人間にしか作りえないもの」に対する一つの回答として,中村氏はスポーツを挙げる。スポーツは,実際に人間が汗を流してこそ,それに対して観客が興奮したり,感動したり,あるいはプレイヤーが充実感や爽快感を感じたりするものだ。
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 だが,ここでも新しい課題が生まれている。代表的なのが,走り幅跳びのドイツ選手権において,パラリンピックのメダリストが一般選手に混じって参加し,見事に1位に輝いたというケースだ。
 現在,特定のスポーツに特化した義手や義足は,生身の手足よりも良い成績を出す可能性を有している。これがさらに進めば,近い将来,義手や義足に憧れる世界が訪れても,不思議ではないだろう。

 そしてこの未来予想に対し,中村氏はいたって肯定的だ。中村氏は子供の頃,サイボーグ007に憧れたという。こういった憧れは珍しいものではなく,波動拳やかめはめ波の練習をした男子は少なくないだろう。超人への憧れは,多かれ少なかれ,たくさんの人が抱いてきた夢の一つだ。

 歴史を振り返っても,人間はさまざまな方法で自身の身体機能を拡張してきた。例えば手足であれば,杖や浮き輪によって行動範囲を広げ,やがて地上の乗り物を発明して,ついには空を飛べるようになった。視聴覚について言えば,メガネに始まり,電話やネットなど,遠距離のことを見たり聞いたりする能力は,かつてないレベルに高まっている。

 これを踏まえて,「人機一体」をスローガンとして研究開発が進んでいるのが,機械の力を借りることで,誰もが超人になれる「超人スポーツ」だ。機械の力で拡張する領域としては,身体(より高く飛んだり,怪我しにくかったり),道具(誰でも魔球が投げられるボールなど),観戦(より臨場感や参加感の高い観戦システム)などがあるという。

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現在実験中の超人スポーツの例
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 一見すると遊びのような構想だが,すでに「超人スポーツ協会」が発足しており,2030年にはプレイヤー数が1000万人になることを目指して活動が行われているという。


日本のポップカルチャー


 さて,ここまでがデジタルの側面だ。中村氏はさらに,ポップの側面へと話を進めた。日本のポップカルチャーを世界に輸出し,日本をその本場にするという目標を掲げて,中村氏は多くの活動を行っている。

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 海外向けにJ-POPのデータベースを作成したり,マンガフェスタを海外で開催したりといった企画のほかに,フランスで「Tokyo Crazy Kawaii Paris」というイベントを開催して日本のポップカルチャーをアピールするなど,その幅は広い。
 ちなみに中村氏が和服を着ているのは,クールジャパン戦略についての有識者会議を開いた際,「クールジャパン言うても,ここにいるみんなスーツ着てるやろ」とツッコんでしまったのが発端だそうだ。

 このようにポップカルチャーについて多彩な活動をしている中村氏だが,「日本のポップカルチャーは,日本の若者が作っている」と断言する。

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 日本のポップカルチャーは日本人が想像するより長く,世界的な注目を集めてきた。例えばMIT時代,アメリカの研究者が東京出張から帰ってくると,緊急会議が開かれることが多く,議題になるのは,「日本の若者は親指でコミュニケートしている!」といった新発見だったりしたという(この場合は「i-mode」による携帯メール文化)。
 日本が世界のポップカルチャーを牽引してきたことは,数字にも現れている。2007年の調査では,世界のブログの37%が日本語で書かれており,2位が英語の36%で,3位以降は1桁にとどまっている。

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 この37%という驚異的な数字は,いわゆる「ケータイメール」が生み出したものだ。日本人はシャイで素顔が見えにくいという思い込みは全世界的に広まっている(日本人自身もそれを信じている)が,ネットにおいては世界有数の「おしゃべり」なのだ。

 この,日本人の持つネットへの発信力は,現在に至っても衰える気配を見せていない。2年前の調査でも,ネットに対する情報発信量は,全世界の平均に対して5倍以上に達している。
 またTwitterを舞台とした「バルス」(アニメ「天空の城ラピュタ」が放映された際,クライマックスで唱えられる滅びの呪文「バルス」に合わせて,Twitterユーザーが一斉に「バルス」と投稿するという遊び)は実に14万バルスを記録し,これは不滅の記録としてTwitter史に残っている――というか,世界のどこも,そんなことを真似しないし,真似しようともしない。ここには「老若男女がテレビの前に座って,その場面が訪れるのを待ち受け,一斉に投稿するという,よく分からないパワー」が渦巻いていると,中村氏は分析する。

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 この「よく分からないパワー」が具現化した例として中村氏は,「初音ミク」を挙げた。初音ミクは,「ロンドンオリンピックの開会式で歌ってほしいシンガー」として,インターネット投票で1位に輝いたこともある,もはや世界的なアーティストと言える存在だ。
 初音ミクがここまで成長したのは,技術と文化(キャラクターとその共有),そしてネット上での成長の3点があると中村氏は述べる。作詞,作曲,グラフィックスを始め,「歌ってみた」「踊ってみた」に至るまで,ニコニコ動画をプラットフォームとして,多くの人が自分のできることをそこに持ち寄り,参加し,育てていったのが,初音ミクだというのだ。


再び,追いつけていない社会


 こうした,デジタルを利用したクリエイティビティの向上は日本にとって大きな課題だが,ここにもまた,社会が追いついていないという問題が待ち構えている。
 日本の初等教育におけるコンピュータの普及率は,生徒6.5人に1台に過ぎない。「1つの班に1台あるかないか」というところだ。
 ところが,例えばウルグアイでは,すべての子供がネット接続の可能なPCを与えられている。このPCは2001年に設計図が引かれたもので,教育用に100ドル以下のPCを作るという企画だった。そしてこの設計図を引いたのが,アスキー創設者の西 和彦氏と,中村氏だった。
 設計図を見たMITは即座に動き,やがてウルグアイ政府もこれに同調。こうして教育用の100ドルPCが具現化していった。しかし,同じ企画書を見た日本の文部科学省は,まったく反応を見せなかったという。

100ドルPC(左)と,その設計図(右)
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 中村氏はさらに,京都大学の入試で発生した「インターネットを利用したカンニング」事件について話を進めた。警察が呼ばれる騒ぎにまで発展したこの事件は,受験者が問題をYahoo質問箱に投稿し,多くの人がこの問題に解答を与えた,というものだ。

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 この案件は,一般に想像されるのとはまったく別の角度で根が深い。というのも,文部科学省が示す「教育情報化のビジョン」では,21世紀における子供達の学習について「教えあい学びあい」をキーワードの一つに掲げているのだ。
 京大入試で発生したカンニングは,まさにこの「教えあい学びあい」だが,これを実行すると逮捕されてしまう。社会の側が,新しい変化に対して腰が引けているのだと中村氏は言う。

 同じようなことは,慶應義塾大学でも起こっている。最近,同大学では試験時に腕時計の持ち込みが禁止された。これは言うまでもなく,スマートウォッチが原因なのだが,こうなれば,やがてメガネも禁止せざるを得なくなり,そしてじきに「服を着てもアウトになる」と中村氏は皮肉る。「むしろ,なんでもアリであるべき」というのが,同氏の見解なのだ。

 だが,ここで皮肉を言って終わりにはしない。中村氏は「社会が変化するのを待ってなどいられない」として,「CANVAS」というNPO法人を立ち上げた。CANVASは子供を対象に「作る」イベントやワークショップを開催しており,2日で10万人が集まったという。親もまた,子供が「ものを作る」ことの重要さを感じているのだ。
 プログラミング教育もこの数年で急速に普及しはじめている。中村氏は会場に向けて,「これから,子供達がどんどんゲームを作るようになる」と語った。

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日本の意外な強みと違い


 このような「社会の変化を待っていられない」状況が発生する背景には,日本人が自分達の強み(ないし「違い」)を,正確に把握できていないことがあるという。

 中村氏はNHKの「COOL JAPAN〜発掘!かっこいいニッポン〜」という番組に,ご意見番として出演している。この番組は海外の人々が感じる,日本のクールなところに注目するという内容だが,しばしば,日本人があまりクールだと思っていない物事に対して,まったく逆の感じ方をしている文化があることが分かるという。

 例えば,日本から帰るときに持って帰りたいものとして「マッサージチェア」が挙げられたことがある。的確に凝りをほぐす技術に加えて,リビングに置いてもなじむデザインは,確かに持って帰りたくなる逸品かもしれないが,これをクールだと感じる日本人は少ないだろう。
 「給食当番」というシステムが評価されることもあった。海外では,給食というシステムはあっても,配膳するのは業者だ。お互いにサービスをすることで,日本人のおもてなしの心が育てられている,という外国人の意見は飛躍しすぎな感じはあるものの,面白い見解でもある。
 「交番」が注目されているのは,有名な話だ。あるブラジル人は「ポリスは我々に銃を向けてくるが,交番は女性でも子供でも安心して相談できる社会システムだ」と語り,ブラジルに交番を広げる活動を行っているという。

 一方,感じ方がまるで逆のケースとしては,「制服」が挙げられる。あるフランス人は「制服は大人に反抗する子供の自由の象徴だ」と語ったが,これは一般的な日本人の感覚とは正反対だろう。

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 このように,さまざまな評価を受ける日本のクリエーションだが,その大きな特徴は多様性にあるという。例えば,中村氏のオフィスの周辺には,世界各地のさまざまな料理が食べられる店が,いくつも見つかる。これほど多様な食事が食べられる都市は,世界的に見てもほとんどないそうだ。

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 同様に,最も創造的なクリエイターとして「お母さん」が挙げられた。日本の母親は,自分の家族をクライアントとして,毎日たくさんの料理を作る。凝ったお弁当に限らず,日々の食事でもそうであり,彼女達は,和食,中華,フレンチなど,世界各国のさまざまな料理を作る。しかし,そんな母親は世界的に見てきわめてレアな存在であり,例えばイタリアの母親はイタリアンばかり作るのが普通だし,中国の母親は通常,中華料理ばかり作る。

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 中村氏はまた,多様性の別の側面として「何かに参加して表現することを恐れない」という気質を挙げた。個人的に「それはない」という気がするが,実際にハンディカラオケを片手に街に出て,適当な人に「歌ってください」とお願いすると,実に80%が歌ってくれるという(それぞれの「持ち歌」があるそうだ)。一方で日本に来ている外国人に同じことを依頼すると,100%拒否された。中村氏自身,「完全に逆だと思っていた」と述べた。

 つまり日本人は,考えや思想を表に強く出すのは嫌うにしても,表現をすること自体については想像以上に積極的でオープンなのだ。
 そのため,中村氏が参加する「クールジャパン推進会議 ポップカルチャーに関する分科会」では,目標として「みんなでつながって育てる」ことを掲げているという。

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 多様性は,ビジネスのあり方においても見受けられる。中村氏は自分の和服を作るにあたって,京都の実家に戻り,家族に職人を紹介してもらうことから始めた。
 その職人に会ってみると,四畳半の部屋に黒電話が置いてあるだけの店で,いくつかのリクエストを聞かれたのち,反物を1つ選ばされた。「袴も作るか?」と聞かれたので,せっかくだから作ると答えると,やがて反物を2本持った袴屋が姿を見せた。そんな調子で,帯屋,下駄屋,足袋屋,羽織の紐屋といった面々がぞろぞろとやってきて,中村氏を囲んで小さな商いを進めていった。

 このビジネススタイルは,アメリカで最新のビジネスのあり方を学んだこともある中村氏にとって,衝撃的ですらあった。なぜならアメリカでは当時,「ビジネスはスピード」「M&Aで効率化」「勝者のみがすべてを得る」といった言葉が常識だったからだ。京都で和服一式を仕立てるこの過程には,スピード感もなければM&Aもなく,勝者が独占する構図もない。

 同様にアメリカでは「企業の寿命は30年」と言われていたが,京都の職人達に聞いてみたところ,短くて200年,長い場合は「前の戦争の頃(この場合「応仁の乱」)」から続いているという。
 これは,どちらのビジネスモデルがより良いか,という話ではなく,重要なのは「違う」ということだ。中村氏はその違いを,「世界に向けて発信することが重要」だとした。

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街を作る


 さて,ここまではある意味,中村氏が何を作ってきたかという話だったが,では今,同氏は何を作っているのだろうか。
 現在,中村氏は街を作っているという。東京の竹芝が,その舞台だ。2019年に街開きとなるこの新しい街は,2020年以降のデジタル社会を占うテストベッドとして構想されている。

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 プロジェクトは「CiP」(Contents innovation Program)と銘打たれており,研究開発(うまれる)人材育成(そだつ)起業支援(とびだす)ビジネスマッチング(ひろがる)をスローガンに,以上のすべてを小さな街の中で行う計画になっている。
 そして,竹芝を中心に,東京の各都市を衛星とし,さらに福岡や札幌といった地方都市へと延伸,やがてはアジア,そして世界と連結していくという構想だ。

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 実際の施策は,次世代サイネージ,アニメ,マンガ,ミュージシャンなどの人材育成,アニメと異業種のマッチングなど,多くの方向性を有している。協賛企業もNTTドコモやGREEといった名前が並ぶ。
 とはいえ,最も大きな特徴は,竹芝を国家戦略特区にするという決定だろう。竹芝は特区として,著作権,電波,屋外表示,行動利用などなどについて,通常ではNGなことも許される(例えば「技適マーク」のない通信機器の使用も可能)。中村氏に言わせれば,「いろいろなイケナイことをやってみる特区」となるという。

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 特区であるために理想的な形で可能となるのが,2019年の完成を目標に進む「1/1ガンダムを実動させるプロジェクト」だろう。というのも,例えばお台場のガンダムを実際に動くようにした場合,法的には「重機」となり,方向指示器の設置などが義務付けられるのだが,せっかくの動くガンダムにウインカーがつくのでは,いささか興ざめだ。だが特区の竹芝では,方向指示器の設置は不要なのだ。

 なお竹芝においては,e-Sportsに対する取り組みもしていきたいというプランも,中村氏の頭の中にはあるらしい。


Imagine&Realize


 中村氏は最後に,日本が持つ大きな問題点について,具体的な数字で示した。
 Adobeの調査によると,各国で行われた「世界で最もクリエイティブな国はどこか」という質問に対しては,日本という回答が36%でトップであり,2位アメリカの26%を大きく引き離している。だがその一方で「自国をクリエイティブだと思うか」という質問に対しては,日本は19%とダントツの最下位で,対してアメリカは52%が「クリエイティブだ」と回答している。

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 世界は日本のクリエイティビティを高く評価しているのに,当の日本人は自分達の能力を否定しており,この低い自己評価が,日本が本来の力を発揮できずにいる原因なのではないか,と中村氏は指摘する。

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 これに対し中村氏は,ImagineRealizeという言葉を掲げる。前者は想像すること,後者は創造することだ。この2つを車の両輪としてモノを作り続けることが重要だというわけだ。
 そして中村氏は,クリエイティビティにはさまざまな種類があると語る。0を1にすること,1を10にすること,10を100にすること,これらはすべてクリエイティビティなのであり,0を100にすることだけが,クリエイティビティではないという。

 中村氏は最後に,「人には人のクリエイティビティがある」としたうえで,聴衆に「あなたは今日,何をお作りになられますか?」と問うて,基調講演を終えた。
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