インタビュー
インディーズシーンの“物語る魂”と受け手をつなぐ「カタルヒト」プロジェクト。プロデューサーと,「ファタモルガーナの館」を手がけた縹 けいか氏にインタビュー
インディーズアドベンチャーゲーム×家庭用ゲーム機という本プロジェクトについて,フリューのプロデューサーである大地 将氏,そして「ファタモルガーナの館」を手がけたNovectacleの縹(はなだ)けいか氏に話を聞いてみた。
彼岸花の咲く夜に 第一夜 |
WORLD END ECONOMiCA Episode.1 |
「カタルヒト」公式サイト
「カタルヒト」は,インディーズの“物語る魂”と受け手をつなぐプロジェクト
4Gamer:
本日はよろしくお願いします。「カタルヒト」の成り立ちやこれから目指すところなど,いろいろとお話をうかがいたいと思いますが,まず,「カタルヒト」というレーベルを立ち上げようと考えたきっかけは何でしょうか。
アドベンチャーゲームの需要と供給が釣り合っていないな,と感じていたのがきっかけですね。遊びたがっている人は多いのに,商業ベースで発売される作品が少なくなってきているんです。
4Gamer:
確かに,いわゆる恋愛アドベンチャーはそれなりにありますが,じっくりとストーリーを読ませる作品はそれほど多くない気がします。
大地氏:
アドベンチャーゲームは,誰かに良作を勧めるにしても内容について語るとネタバレになってしまうし,パブリッシングする側としてもプレゼンをしにくいというジャンルの特性があり,なかなか魅力が伝わりにくいんです。そうした状況の中で,アドベンチャーゲームを遊びたい人と,物語を伝えたい作り手さん――すなわち“語り部”の間をつないでいくのが「カタルヒト」になります。
4Gamer:
それぞれの作品を単発で出すのではなく,「カタルヒト」というレーベルにした理由はなんでしょうか?
大地氏:
まず,今までインディーズアドベンチャーゲームというものを知らなかった人に,その魅力を知ってほしい。そして,レーベルとして1か所に集めることで,その中でいろいろな作品に触れてほしいという狙いがあります。
4Gamer:
なるほど。「カタルヒト」というレーベルになっていれば,ある作品のファンがほかの作品にも触れやすいということなんですね。
大地氏:
フリューという会社が前面に出ていくというよりは,「こんなにすごいゲームや語り部達がいるんだぞ」ということを伝えたい。そんな想いが「カタルヒト」(語る人)というレーベル名にもなっているんです。
個人的には「どんなに小さな仕様の一つにも,考えた人の魂がこもっている」という考えを持っています。納期や予算といった制約に縛られずに,自分達の考えを世に問うているのがインディーズクリエイターの方々じゃないかと。こうした人々の“物語る魂”を家庭用ゲーム機のユーザーに知ってほしいんです。
4Gamer:
「カタルヒト」の企画はいつ頃に立ち上がったんでしょうか。
大地氏:
去年(2015年)の10月頃ですね。ご協力いただけるサークルさんあってのプロジェクトですし,いきなり企業が入ってくることに驚かれる方もおられると思いますので,まずは信用していただくところから始めていきました。
4Gamer:
サークルからの反応はどういったものがありましたか?
大地氏:
皆さん,すごく喜んでくださいました。近年のコミックマーケットでもゲーム系サークルの数が減っているなど,ある程度以上の規模を持つ作品を発表する側としてはやや寂しい現状があったりしますから。
PCからニンテンドー3DSへ。変わりゆく時代とインディーズアドベンチャーゲーム
4Gamer:
では,縹さんにお聞きしますが,自分の作品がニンテンドー3DSで発売された率直な気持ちは?
頑張って作った「ファタモルガーナの館」が,大手ゲーム会社の作品と並んでニンテンドーeショップに置かれるというのは,ちょっと信じられないことだなと思っています。もともとゲーム会社に勤めていたこともあって,家庭用ゲーム機という場に作品を出すことの大変さは理解しているつもりですから。
少し前までは「任天堂のゲーム機はインディーズゲームが出ていける場所じゃない」というイメージのほうが個人的には強かったのですが,移植が進んでいくうちに実感が湧いてきましたね。
4Gamer:
先日,任天堂もインディーズに門戸を開く取り組みを発表しましたし(任天堂の関連ページ),時代が変わってきているということですね。
縹氏:
数年前だと,これは本当に考えられない出来事だったでしょうね。ありがたいことだと思っています。
4Gamer:
では,ニンテンドー3DSへの移植にあたって苦労された点などはありますか?
縹氏:
フリューさんが資料などをしっかり揃えてくださったので,サークルとしての苦労はほとんどなかったですね。
大地氏:
移植作業はすごく大変でした。PCとニンテンドー3DSではメモリのサイズが違いすぎますし,扱えるファイルの形式が異なっていたりもしますから。
4Gamer:
ハードウェア的な制約の厳しいほうへ移植するわけですからね。
大地氏:
アドベンチャーゲームと一口にいっても,家庭用ゲーム機とPCでは作り方の違いがあったりします。例えば,キャラクターの立ち絵一つ取っても,それぞれに違うんです。
立ち絵でキャラクターの動きを表現する場合,家庭用ゲーム機はメモリに制約があるため,変化する部位の差分だけを用意します。例えば表情が変わる場合は,顔の部分だけの絵を用意するわけです。
しかし,PCは潤沢なメモリを持っているので,こうした配慮は必要ありません。そのため,全身を描いた絵を何枚も用意するといった手法が採られることもあるんです。
4Gamer:
ハードウェアスペックの違いが,作り方自体にも影響すると。
大地氏:
そのとおりです。ダウンロード専売タイトルには容量制限も存在していますから,その範疇に収めないといけないですし。また,インディーズアドベンチャーゲームでは背景や音楽にフリー素材を使うことも多いんですが,それが商用利用できるかどうかも確認する必要があります。
縹氏:
「ファタモルガーナの館」の場合,権利的な問題はなかったのですが,ニンテンドー3DS版の効果音は映画などに使われるような商業用の音源に差し替えています。こちらは,せっかく3DSでリリースするのだから何かできればと思い,サークル側で音源を購入して入れ替え作業を行いました。
大地氏:
また,イラストも一部リファインしていただいています。サークルさん達の協力を得てニンテンドー3DS版を作っていったわけです。
4Gamer:
インディーズアドベンチャーゲームを家庭用ゲーム機で出すとなると,CEROなどのレギュレーションが問題になってくるところもあると思うのですが。
大地氏:
「ファタモルガーナの館」は,悪意を持った人が暴力を振るうようなものではなく,悲劇のお話です。フリューとしては“良質なエンターテインメントである”ということで,覚悟を持ってCERO「D(17歳以上対象)」指定として提出しました。ただ,一部の表現に関しては,少しだけ手を入れさせていただいています。
メンバーの特性ありきで生まれた「ファタモルガーナの館」
ところで,あらためてお聞きしたいのですが,Novectacleとしてサークル活動を始めたきっかけは何だったんでしょうか。
縹氏:
PBW(プレイバイウェブ。ブラウザを介したRPG)を通じて,私とイラストレーターの靄太郎さん,作曲家のMellok'nさん,歌手兼作曲家のがおさんというメンバーが知り合い,「みんなで何かしてみよう」という話になったことですね。
4Gamer:
「ファタモルガーナの館」を作るに当たって,どんなテーマを持っていましたか?
縹氏:
「自分達には何が作れるのか」というところからスタートしました。お話ではなくメンバーが先にあった形となります。靄太郎さんの重厚な絵柄に合った話は,ラブコメやギャグ,学園ものではなく,西洋的で骨太なものだろうと。
最初はバトルものを考えていたんですが,何枚の絵が必要になるかといった工数が見えないし,今のサークルの実力ではできるかどうか分からない。これらの条件を考え合わせ,ヒューマンドラマでいくことになったんです。
4Gamer:
てっきり,ストーリー主導で進められたとばかり思っていたので,むしろその逆だったのは意外ですね。
縹氏:
本編の前日譚となる「ファタモルガーナの館 -Another Episode-」のほうはストーリー主導で進めていきましたが,本編は違った作り方でしたね。「まずは習作として短編集を作ってみよう」というつもりでスタートしました。体験版を発表した頃は,そこまで長く続けるつもりはなく,ラストも読者の想像に任せる形にしようと思っていたんです。でも,大きな反響があったので「最後まで頑張ろう」と舵を切り直した結果,大作になってしまったという経緯があります。
4Gamer:
完成したのは2012年冬のコミックマーケットでしたね。
縹氏:
サークルメンバーが集まったのが2009年,プロジェクトが動き始めたのが2010年ですから,かなり時間がかかってしまいました。皆が同人活動以外の本業を持っていて,土日だけ作業を進めるような状況でしたから。
4Gamer:
インディーズならではの苦労話ですね。「ファタモルガーナの館」は,女性ファンが多い作品というイメージですが,制作時に女性の視点を意識されましたか?
縹氏:
男性ファンだけを狙ったものではなく,中性的なもの,言い換えれば男女どちらが遊んでも楽しめるような作品にしようと考えていました。アドベンチャーゲームの有名タイトルは女性ファンがものすごく多いですし,そうした意味で「逆転裁判」や「ダンガンロンパ」シリーズは参考にしましたね。
4Gamer:
「ファタモルガーナの館」はかなりボリュームのある作品ですが,そうした物語を書くうえで注意されている点などはありますか?
最初に,読者が気になる出来事や謎を提示することです。いわゆるフックというもので,「ファタモルガーナの館」だと「主人公の正体が不明である」とか「目の前に死人のようなメイドがいる」といったところです。ただ,オムニバス形式のストーリーが相互につながっているという体裁を取っていたため,物語の区切りでのドロップアウト率が高くなってしまって。そこは反省点ですね。
大地氏:
ここしばらくは物語の短編化が進んでいますからね。長編を描くのが難しい時代だとは思います。冒頭でマスコットキャラクターが蜂の巣にされるようなインパクトがないと,物語を読み進めてくれない(笑)。
縹氏:
昔のアドベンチャーゲームなどは「長ければ長いほどよい」という風潮がありましたが,今は「短い時間で濃密な体験をしてもらう」ほうが喜ばれるんじゃないかと思います。コンテンツの見せ方は時代によって変化していくものなので,今はそういう時期なのかなと。
4Gamer:
では大地さんは,実際に「ファタモルガーナの館」をプレイしてどんな印象を持ちましたか?
大地氏:
物語のさわりの部分だけを読んでも分かる,クオリティの高さに度肝を抜かれました。「コレはすごい!」と。マーケティング主導ではない,クリエイター的な熱さを持った作品だと感じましたね。事実,縹さんの熱量もすごいですし,その熱量の高さをそのままに協力してくれるインディーズの人々はパートナーとしても素晴らしいと思いました。
成功の多様化,そして企業とインディーズの境目が消えゆく時代
4Gamer:
ちなみにお二方は,現在の同人ゲーム市場の状況をどうご覧になっていますか?
縹氏:
悲観と楽観,二つの側面があると思います。
4Gamer:
二つの側面ですか。
まずは悲観的な側面からお話させてください。個人的には,ここしばらくのコミックマーケットなどのイベントでは同人ゲームを買いに来る人が減って,ニッチ化している気がします。2000年代中盤から後半にかけて同人ゲームが一番盛り上がっていた頃は,大手同人ショップでの取扱いも大きく,身近で手に取りやすかったんですが。
4Gamer:
「ひぐらしのなく頃に」がブームを起こし,同人ノベルゲームの先駆者である「月姫」を作ったTYPE-MOONが商業というフィールドで「Fate」を発表していた時代ですね。まさにムーブメントのただ中という体感がありました。
縹氏:
ええ。ただ,その頃とはネットや世の中の状況も大きく変わりましたから,同じことをしていたのではヒットは出せないんじゃないかと思っています。
4Gamer:
では,楽観的な側面について聞かせてください。
縹氏:
時代の変化に伴い,あの頃とはまったく違ったアプローチができるようになっていることですね。同人サークルが,自分達の手での販路作りや販売戦略など,先を見据えた活動を考えていける時代になっていると思います。
4Gamer:
販路と言えば,ここ数年でダウンロード販売が大きく発展していますね。
縹氏:
はい。Steamを介して全世界へ配信する場合のハードルは大きく下がっていますし,今回の「カタルヒト」のように,良いコンテンツを探している企業がサークルへ歩み寄ってくれてもいます。個人的には企業と同人サークルの境界線が無くなってきているんじゃないかと思っていて,こうした状況が楽しめる人にとっては面白いでしょうね。
大地氏:
僕の考えは縹さんとかなり近いですね。動画サイトやダウンロード配信など,ネットを介した活動が可能となったことで,モノを発表するハードルはかなり低くなっています。
4Gamer:
ハードルが低いというのは良いことではあると思いますが。
ただ,物理的に集まらなくてよくなったぶん,熱気が集中しにくくなっているんじゃないかなと。爆発的なヒットタイトルが生まれにくくなっているのは,こうした事情もあるでしょうね。
昔は,作品を発表しようと思ったら「ゲームを完成させ,ディスクやパッケージを生産し,イベントへ持っていって販売する」という高いハードルがありました。これを越えるには,作り手にものすごい熱量が必要となるわけです。
4Gamer:
そうした高いハードルを越えた作品が集まっていたのが,当時の同人ソフトシーンだった,ということなんですね。
大地氏:
モノを完成させることのハードルが高い時代は,作り手のモチベーションも高かった。大ヒットが生まれたのは,そういうことなのかなと思いますね。
4Gamer:
また,買い手側にも,イベント会場や同人ショップへ行かなければならないというハードルの高さがありましたしね。人気の作品だと,それがまだ完成していないものであっても,午前中で売り切れるような現象があったわけですし。
大地氏:
状況が大きく変わっているのは確かで,現在は変遷期でしょうね。
縹氏:
今は“成功”というものが多様化していますね。これまでは同人から商業へ移行するのが分かりやすい成功のモデルでしたが,今はSteamを使って世界をターゲットにした作品を世に問うていくやり方もあるわけですから。
成功パターンが一つだけではないぶん,自分で探しやすくなっている。もちろん,その中で目標を見失う人も出てくるかもしれませんが,そうでなければむしろ戦いやすくなっているんじゃないでしょうか。
大地氏:
「カタルヒト」がそんな選択肢の一つになってくれれば嬉しいですよね。
将来的には「カタルヒト」のオリジナルタイトルを。そして,Novectacleの新作はなんとRPG
4Gamer:
では,これからの「カタルヒト」の方向性について教えてください。
「カタルヒト」自体が,フリューの社内インディーズレーベル的な形で動いていますし,個々のタイトルを丁寧に移植していくという方針です。テレビCMをバンバン流すわけにもいきませんが,プレイされた方はぜひ,周囲の人にその魅力を伝えてほしいです。
Miiverseは個々のタイトルではなく「カタルヒト」というレーベルを包括したものになっていますので,この場を活用して,インディーズアドベンチャーゲームが盛り上がってくれれば嬉しいですね。
4Gamer:
将来的に,サークルと協力して「カタルヒト」向けの新作を開発するような予定はありますか?
大地氏:
理想としては考えています。それぞれのサークルさんや作品にファンが付き,それをステップにして「カタルヒト」のオリジナルタイトルを制作できることが一番の成功だと思っていますし。
4Gamer:
「カタルヒト」の直近のラインナップについてはいかがでしょうか。
第2弾以降も,しっかりとした物語を読みたい方に向けて,納得していただけるタイトルを用意していますので,ぜひご期待ください。できれば隔月くらいのペースで発表できればと思っています。
4Gamer:
縹さんから,今後のNovectacleの活動について教えていただけますか。
縹氏:
次回作も企画が動き始めています。ノベルじゃなくてRPGなんです。「ファタモルガーナの館」とは逆で,まずは自分の中の構想ありきでイラストレーターさんや音楽家さんを探していくという形式です。
4Gamer:
新たなジャンルに挑戦されるわけですね。
もともとRPGが好きでゲームを遊んでいたということもあり,一度は全力でRPGを作ってみたいという望みがありました。また,これまでとは全然違うことにチャレンジしてみたいですし,もっと違った驚かせ方をしてみたいです。RPGはノベル以上にフラグ管理が大変で,必要となる素材なども大量ではあるんですが,とにかくすごいものを本気で作っていきたいですね。
「ファタモルガーナの館」についても,次に大きな展開があります。2016年秋頃に発表できるかと思いますので,今後の情報に注目してください。
4Gamer:
楽しみにしています。本日はありがとうございました。
「カタルヒト」公式サイト
(2016年8月5日収録)
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