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Blizzard Entertainmentのアニメーター・並木貞久氏がデジタルハリウッド大学で講演。公開講座「世界のゲーム業界最新動向と海外CGプロダクションへの道」聴講レポート
2000年にデジタルハリウッドを卒業した並木氏は,スクウェア(現スクウェア・エニックス)のヴィジュアルワークスに,シーン担当として採用された。初めはコンポジットやライティングを中心に仕事をしていたが,以前からアニメーターを志望していた並木氏は,メイン作業の傍ら少しずつアニメーションにも手を出していく。そして,ついに同社の「KINGDOM HEARTS」でアニメーターとしてデビューすることになった。
並木氏は,その当時,ピクサーやドリームワークス,ブルースカイのフルCGアニメーションに刺激を受け,すでに北米への進出を視野に入れていたという。当時は海外企業へアプローチする方法が分からなかったため,志を同じくする同僚アニメーターと共に,さまざまな企業へ自身が作ったムービーのデモリール(作品集)を直接送付していたが,結果は得られなかったそうだ。
そうこうするうちに,日本人アニメーターを探していたという北米のデベロッパ,パパイヤ・スタジオの日本人プロデューサーから,並木氏らに声がかかった。並木氏は相手がどんな会社なのか知らないまま,二つ返事で渡米を決めたが,パパイヤ・スタジオは10数名のスタッフが勤める小規模のデベロッパであり,しかも並木氏が手がけるはずだった日本人アニメーターを必要とする仕事も,1か月後にキャンセルされてしまうなど,会社としての存続自体が危うかったという。
そういうわけで,渡米直後から就職活動をすることになったわけだが,北米企業は,どんなに優れた技量を持っていても,自社のスタイルに沿った人材でないと,なかなか採用しないと並木氏は語る。例えばリアル志向の企業に,カートゥーン調のデモリールを送った場合,それがいかに優れた内容でも「ふーん,上手だね」で終わってしまうわけだ。
並木氏がその事実を理解したのは,渡米して1年半ほど経ってからのことであり,それ以降,改めて自身の得意分野をアピールするデモリールを作り,合致する企業にアプローチした。そして,ようやく面接までこぎつけ,2006年,並木氏は晴れてBlizzardに採用されることになったのだ。
以上の経験から並木氏は,日本と北米のゲーム業界の違いについて,基本的に前者はゼネラリストを,後者はスペシャリストを求めると話す。しかし,いくらスペシャリストといっても,得意な分野が一つあるだけでは不十分で,周辺分野についてもそれなりに詳しくなければ,本当の活躍はできないとも付け加えた。
例えばアニメーターなら,キャラクターのリグ(骨組み)に関する知識があると,リグ担当者と深い議論が可能になり,結果としてより良い成果物が生まれる。Blizzardでも,そのような周辺分野の知識を持つ人材を求めているという。
さらに北米ではアニメーターに,そのキャラクターがどんな背景を持ち,何を考えているかを考えながらアニメーションを作ることを求めると並木氏は語る。すなわちフェイシャルやボディランゲージなども含めた「演技」を作るわけであり,日本人にとって文化的/言語的なハードルが高いとのことだ。
また並木氏は,日本人(を含むアジア人)は一般的に器用かつ真面目で,仕事がきめ細かいと語る。しかし海外で仕事をするには,長所であるそうした職人気質より,押しが弱いという短所が目立ってしまうという。海外では,成果物のクオリティだけでなく,ミーティングなどで発言することも会社に貢献することであるという意識が強いため,自分の意見をきちんと主張できなければ,望む仕事はできないのだ。
1st Passはブロッキングで,タイミングやポーズを重視し,断続的ではあるがパッと見で演出意図が分かるようにし,必要な要素もすべて決定してしまう。それをもとに2nd Passでは間を補うアニメーションを加え,ほぼ完成形まで作り込む。そして3rd Passではフェイシャルをメインに,指先や筋肉,衣装などの演出を加えていくという。
この段階で,もう完成品として公開できるものになっていなければならないのだが,どうしてもまだ手を加えたいという場合に残されているのが4th Passだ。
会場では,1st Passの前に,ムービー制作に携わるスタッフ全員が共通認識を持つために作られるリファレンス映像が公開された。映像の舞台はBlizzardのオフィスおよびその周辺,演じているのはBlizzardのスタッフだ。並木氏いわく,2Dのコンテだけでは,3Dにしたときのスピードや距離感がつかめないとのことで,Blizzardではムービー全体のテンポを見るためにも,こうしたリファレンスを必ず作ることにしているそうだ。
これには,CGモデルにアクションを付けた段階でディレクターからリテイクが入っては,時間がいくらあっても足りないため,作業に入る前にアクションを決めてしまうという意味もある。
また,定期的に行われるミーティングでは,アニメーター,ディレクター,スーパーバイザーなど全員が集まって,その時点までにできたムービーを見ながらディスカッションをする。入社したばかりのアニメーターがシニアアニメーターやディレクターに遠慮なく意見をぶつける様子は,日本ではまず見られない光景であり,当初,並木氏は戸惑ったそうだ。しかし上に書いたとおり,そうやって主張しなければ,なかなか話を聞いてもらえない。
そこで,並木氏も意識して発言を繰り返したのだが,最初のうちは,まったく相手にされなかったという。それでもめげずに発言を続けているうち,そのうち黙っていても「じゃあ,キミはどう思う?」と意見を求められるようになった。並木氏は,「発言を続けていれば,いずれ聞いてもらえるようになる」と,意志表明の重要性を訴えた。
意見が割れて,議論が錯綜してしまうのではないかという懸念については,その場合はディレクターの意向が優先されるため,混乱はないという。また上記のPass設定の効用として,「今はまだ1st Passだから,その議論は2nd Passでやろう」「もう2nd Passなんだから,ここの動きが固いのは不自然だ」など,議題が限定されることも挙げられる。
並木氏は,文化の違いなどから,同じやり方を採用することは難しいかもしれないが,ぜひ日本の各社でも取り入れてもらいたいと話した。
最後に並木氏は,ゲーム業界へ就職を志望する学生に向けて,採用担当が応募されたデモリールを見る場合,どこを見るかを語った。並木氏は,プロは基本ができているかどうかをまず確認すると話し,多機能化したツールを駆使して多少見栄えをよくしても,通用しないと断言する。そして,基本を重視するのはどの分野でも同じだとしたうえで,とくにアニメーターを目指す学生達に「人がなぜこう動くのか,根本の部分をしっかり作っていくことが大事です」と呼びかけて,講義を締めくくった。
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