― 連載 ―


ブルトガング(Burtgang)
 ディートリッヒ王 

 「ニーベルンゲンの歌」は,ファンタジーファンであればぜひ興味を持ってもらいたい物語だ。ワルキューレのブリュンヒルト,北欧神話の主神であるオーディン,英雄ジークフリートの活躍などは,きっと心が躍らされることだろう。
 その「ニーベルンゲンの歌」の後半には,東ゴート族の王としてディートリッヒ(Dietrich)という人物が登場する。彼はブルグント族とフン族の全面戦争に巻きこまれる脇役でしかないが,実は彼を主人公とした伝説群が存在している。それがディートリッヒ伝説/シドレクス・サガである。日本ではややマイナーだが,ヨーロッパでの人気は高いようで,ドラゴン,巨人族,ディートリッヒと12人の仲間達が織りなす物語は,どこかアーサー王伝説を彷彿させるし,「ニーベルンゲンの指輪」を深く理解するうえでも,一見の価値はあるだろう。

 シドレクス・サガ 
Illustration by つるみとしゆき

 シドレクス・サガはいくつもの英雄譚を合成して作られた物語で,ディートリッヒの祖父の活躍に始まり,やがてディートリッヒが成人して仲間を増やし,巨人退治やドラゴンとの戦いを経て国を出奔するなど,さまざまなエピソードが紹介されている。なお彼の最後(最期)は,仲間を失い,どこかへと姿を消してしまうというものだ(別の結末もある)。
 ディートリッヒには12人の仲間がいると前述したが,この中でとくに魅力的なのがハイメ(heime)である。彼は平民の出身で,森で生活していたが,新天地での名誉を望んで町へとやってきた。自然の中で育った,粗野でまっすぐな田舎モノだが,そのキャラクターは,物語のいいアクセントとなっている。
 ちなみに彼の一族は馬を飼育していたが,なんと北欧神話の主神・オーディンの愛馬であるスレイプニルの血を引く馬を育てていたらしい。よってハイメは馬の扱いにも長けている。
 さて,町にやってきたハイメは,ディートリッヒとの決闘に負けたことから,彼の初めての仲間となり,やがて(同じように決闘で負けて仲間になった)ヴィテゲと共にディートリッヒの仲間達の双璧ともいえる活躍を見せる。
 ヴィテゲとハイメには喧嘩に関するエピソードが多いが,深い友情で結ばれているように見られるのが心地よい。またディートリッヒの叔父・エルムリッヒが謀反を起こしたときには,ハイメはぶちキレて王宮に殴り込んで大臣達をも懲らしめ,それだけで気が済まなかったのか王宮や大臣達の家に火を放つなど,過激な一面も見せている。ディートリッヒの臣下(騎士?)としては,あまり褒められた行為ではないが,そんな型破りなキャラクター性こそが,ハイメの魅力でもあるのだ。

 ハイメとブルトガング 

 ハイメが振るっていた剣はブルトガング(Burtgang)という。馬に乗ることが多かったハイメの愛剣なので,片手で扱える程度の剣であったと思われる。製作者についての記述も見つからなかったので想像をふくらませたいところだが,ブルトガングが活躍するシーンといえば,物語の序盤でディートリッヒと決闘したときのみ。実はその戦いで,ディートリッヒの兜を打ったときにブルトガングは折れてしまっている。そう考えると,あまり超常的な力を秘めた剣ではなかったのだろう。実際には,町の名鍛冶が鍛えた名剣程度なのかもしれない。
 スレイプニルの末裔を飼育する一族出身ということで,ブルトガングはひょっとすると神から贈られたものかもしれない。……などとロマンチックに考えたいところではあるのだが。
 ちなみにブルトガングを,「北欧神話のヘイムダルが持っていた剣」とする説もあるようだが,そちらについては明確な資料を見つけられなかった。おそらくさまざまな伝承が混同されたり,ハイメとヘイムダルのスペルが似ていたりで生まれた異説だろう。通常,ブルトガングといえばハイメが持っていた剣のことを指すので,よく覚えておいてもらいたい。なおハイメは,ブルトガングが折れたあとは,ディートリッヒが使っていたナーゲルリングという剣を授かり,愛剣とした。

 余談ではあるが,シドレクス・サガの終盤と,ハイメの最期についても触れておこう。 数々の戦いの中で,ハイメはディートリッヒと離ればなれになり,ある僧院に身を寄せていたが,そこへ巨人が襲いかかってきた。ハイメは僧院を守るために必死に剣を振るい,見事に勝利。その戦いの評判は瞬く間に広まり,これがきっかけとなって,ディートリッヒはハイメと再会することになったのである。
 しかしその後,喧嘩仲間のヴィテゲが行方不明となり,ほかの仲間は死んだり,ディートリッヒのもとを去っていったりした。ディートリッヒにとってハイメは最初の仲間であり,最後の仲間となってしまったわけである。
 そして後日,ハイメは敵(おそらく巨人と思われる)を討伐することになった。このとき,彼は武器を持たぬ者と戦うわけにはいかないとの理由から,敵に武器を取らせる時間を与えてしまい,それがもとで戦いに負け,命を失ってしまった。悲しみに暮れたディートリッヒは見事カタキを取るが,ハイメは決して帰ってこない。そしてディートリッヒは黒馬にまたがると,そのままどこかへと姿を消してしまう。こうしてシドレクス・サガは終わるのだ。
 新天地での名誉を望んで町へと来た一人の少年ハイメは,ディートリッヒと行動を共にしたが,その行動は騎士らしからぬものが多かった。そのためにディートリッヒにたしなめられることも多かったようだ。しかし最期は名誉を守り,見事騎士として死んでいったのである。

 

大般若長光

■■Murayama(ライター)■■
最近はファッション系の仕事もこなしているというMurayamaだが,とくに流行に敏感というわけでもないので,慣れない作業に困惑することもしばしばだとか。つい先日など,若者向けの洋服についての記事の中で,「モテ可愛ワンピは超オススメ!」などという文章を書く必要に迫られ,自分でも思わず苦笑してしまったという。ぜひ一度は,そんなテイストで当連載の記事を読んでみたいものだ。原稿料は発生しなさそうだが。

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