― 連載 ―


ピナカ(Pinaka)
 破壊神シヴァ 
Illustration by つるみとしゆき

 以前「こちら」で,ヒンドゥー教のヴィシュヌについて触れるとともに,サルンガという弓矢を紹介した。ファンタジーとしてヒンドゥー教の世界を見た場合,北欧神話やケルト神話と比較すると,登場する神や武器は非常に異彩を放っている。武器一つとってみても,西欧のファンタジーには見られない形状のものが多く,興味深い。
 さて以前にも紹介したが,ヒンドゥー教には主要な三人の神がいる。創造神ブラフマー,存続神ヴィシュヌ,破壊神シヴァである。この中でもシヴァは,日本でもメジャーな存在で,ゲームやコミックなどに登場することも多い。といっても「破壊神シヴァ」というネーミングだけが一人歩きしているケースが多く,どうも本質が理解されないままのような気もする。ここであらためて,シヴァという神について触れてみよう。

 ヒンドゥー教のリグ・ヴェーダによれば,シヴァという名前はルドラの別称だったという。ルドラとは「咆哮する者」という意味で,暴風雨を神格化した存在だ。ルドラは1000の頭を持ち,嵐や雷で人間を苦しめる「荒ぶる神」だったが,雨によって植物を育てるという面を持ち合わせていたために,治癒神としての側面も備えていた。
 やがてルドラの性格はシヴァに吸収されてしまい,今日のシヴァが生まれた。ルドラに留まらず,さまざまなものを吸収したシヴァは非常に多角的な神となり,バイラヴァ(恐怖すべき者)/マハーデーヴァ(偉大なる神)/パシュパティ(獣の王)/シャルベーシャ(有翼の獅子)/ナタラージャ(舞踏王)など,多くの名前や能力を持つことになった。呼び名/能力の数は1000以上ともいわれており,ここまで多様な神も珍しいだろう。またシヴァは,仏教の曼荼羅に伊舎那天として登場するほか,大黒天も同義の神とされるなど,幅広い信仰の対象になっている。ちなみにシヴァというのは「吉祥」(よい前兆/めでたい兆し)という意味だ。
 人間として描かれる場合は,青黒い皮膚,額には第三の目があり,髪の毛は長く頭の上で束ねており,虎皮の腰巻,手に槍を持っている。住まいはヒマラヤにそびえるカイラーサ山だとされている(この山は実在する)。妻はパールヴァティ。ガネーシャ(歓喜天),軍神スカンダ(韋駄天)という二人の子供がいることでも,有名である。

 シヴァの力 

 シヴァの力を示すエピソードを紹介してみよう。ターラカークシャ,カマラークシャ,ヴィドゥユンマーリンという悪魔がいた。あるときのこと,この三人はさまざまな苦行を経て創造神ブラフマーに気に入られ,願いを聞いてもらえることになった。彼らは不死を望んだがそれは叶わず,その代わりに天界に金の都,空に銀の都,地上に鉄の都をもらった。すると三人の悪魔は,各自の都市を拠点として世界征服に乗り出したのだ。
 さすがに悪魔の所行を許してはおけないと,神々は軍勢を率いて三つの都市を攻めたが,ブラフマーの力によって守られた都市は陥落しなかった。
 そこで神々は悪魔達に与えた恩恵を取り消すようブラフマーに直訴したが,残念ながらその願いは届かなかったが,シヴァならその都市を破壊できると教えてもらった。
 神々はシヴァに協力を要請したが,実は三人の悪魔はシヴァの信者であり,そのためシヴァは討伐を承諾しない。ここで策を巡らしたのがヴィシュヌだった。ヴィシュヌは悪魔達のもとに僧を送り込んで改宗させると,再びシヴァに頼んだ。
 ここまでお膳立てされては,シヴァとて断ることができない。立ち上がったシヴァは,自分の半分の力を神々に分け与えるから共に戦うようにと伝えたが,神々はシヴァの半分の力にも耐え切れず,結果として神々の力をシヴァに集め,シヴァ一人が戦うことになった。
 シヴァは太陽と月を車輪にした戦車にまたがると出陣した。シヴァが都市に近づくと都市は一つにまとまって力を増したが,神々の力を吸収したシヴァの敵ではなかった。シヴァは憐れみと同情から涙を流したが,都市を悪魔もろとも一撃で消滅させたという。

 なおシヴァが悪魔の都市を破壊したのは,シヴァの額にある第三の目が発した光とも,シヴァが放った矢ともいわれているが,シヴァの手にする神槍ピナカだとする説も有力だ。
 ピナカをよくよく調べると,意外な事実が分かった。ピナカは槍として描かれているが,単に三つ又の槍というだけではなく,実はシヴァの力の象徴であり,第三の目が放つ光も,矢も,そのほかの攻撃も,ピナカに集約されるというのである。さまざまな神々の特性を吸収し,多角的な能力を身につけたシヴァだが,その手に持つ槍・ピナカもまた,あらゆる「力」の象徴だったわけである。

 

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■■Murayama(ライター)■■
先日アメリカから帰国すると,可愛がっているハコフグが白点病にかかっていたという。薬のみの治療は魚への負担が大きいため,あれこれと調べた結果,低比重治療を試してみることにしたそうだ。アメリカは鬼門なのではないかと思えるくらいに不幸が続いているMurayamaだが,せめてハコフグだけでも救い,不運の呪縛から抜け出してもらいたいところだ。

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http://www.4gamer.net/weekly/sandm/056/sandm_056.shtml