― 連載 ―

剣と魔法の博物館 〜モンスター編〜
第3回:ユニコーン(Unicorn)

 ユニコーンは,森林や草原などに生息するとされる温厚な幻獣で,長いたてがみと,額から生えたねじれた角が特徴的な白馬として描かれることが多い。その角には浄化の力が秘められており,その角を触媒とすることで,あらゆる毒素を分解するという。もちろん,ユニコーン自身も毒に冒されることはない。またテーブルトークRPGなどでは,他者を魅了する能力やテレポート能力などを備える,より魔法的な存在として設定されていることもある。
 ユニコーンは警戒心が強いため,人前に姿を現すことは滅多になく,人の気配を察すれば,直ちに姿を隠してしまう。よってユニコーンと出会うことはまれであり,仮に捕獲しようとするならば,場合によっては戦闘に発展することもあるだろう。温厚な性格,と前述したが,それは当然ケースバイケースである。もしユニコーンとの戦闘が発生した場合,素早い身のこなしと,鋭い角による一撃は,手練れの冒険者にとっても大きな脅威となる。たかが角の生えた馬,などと侮っていると,手痛いしっぺ返しを食うことになるだろう。
 なお,警戒心が強いとされているユニコーンだが,唯一の例外は「清らかな心を持った処女」。清らかな乙女の前では,気高い幻獣も従順になるようだ。これはキリスト教が,ユニコーンを純血の象徴として流布したことに関係しており,ユニコーンを題材にした宗教画には,必ずといっていいほど乙女が描かれている。また,浄化の力を象徴する絵画も見られ,角を池に浸しているユニコーンの絵なども多数現存している。

 

 ユニコーンというネーミングは,ラテン語で「一つ」を示す“uni”と,角の意である“corn”を合成したもの。かなり歴史の古い幻獣であり,最も古いユニコーンについての記述は,紀元前5世紀のクテシアスが記したペルシア史といわれている。クテシアスはこの書の中で,ユニコーンを「角の生えた白いロバ」と表現しており,力強く素早い様は,ほかのどんな動物よりも優れ,その角を削って飲めば解毒薬として効果があるだけではなく,癲癇にも効くと記述している。
 そういった伝説の影響か,中世ヨーロッパの薬屋の看板にはユニコーンの角が描かれることが多かったばかりか,ユニコーンの角から作られたという杯やスプーンなども登場した。もちろん,それらに関しては本物であるはずもなく,そのほとんどが,鯨の一種であるイッカクの角などを用いて作られた偽物だった。
 またユニコーンに関しては,誤訳がその名を広めたという逸話もある。ヘブライ語で書かれた「旧約聖書」には,レーム(Re'em)という“二角獣”を示す単語が登場するが,これが紀元前2世紀の「七十人訳ギリシャ語聖書」の翻訳時に,モノケロス(Monokeros)と誤訳された。モノケロスとは「一つの」を示す“mono”と,角の意である“keros”を合成したもので,直訳すれば一角獣という意味だ。
 やがて「新約聖書」に編纂されることになったが,このときベースになったのが「七十人訳ギリシャ語聖書」だった。そこでギリシャ語のMonokerosが,直訳されて同じ意味の「Unicorn」となったのである。
 ほかにも,「ラテン語訳聖書」ではUnicornisと記述されているし,「ジェイムズ王訳版」では,そのまんまUnicornと記述されている。それどころか,マルティン・ルターもヘブライ語版を参照しながらドイツ語版の聖書を作ったはずなのに,なぜかUnicornと翻訳している。
 なお少々悲しい話ではあるが,現在ではこの誤訳は見直されつつあり,日本聖書協会発行の聖書では,レームであった部分は野牛と翻訳されているようだ。誤訳によって地位を確立したユニコーンは,誤訳が産んだ幻獣の傑作といえるかもしれない。

 

「新説 RPG幻想事典 剣と魔法の博物誌」,本日9月11日ついに発売

 4Gamerで連載していた「剣と魔法の博物館」(現在は同「モンスター編」を連載中)が,ソフトバンククリエイティブを通じて書籍化され,本日9月11日に発売された。価格は1890円(税込)。

 書籍のタイトルは「新説 RPG幻想事典 剣と魔法の博物誌」(ISBN:4-7973-3684-6)。4Gamerではお馴染みのライター Murayama氏が手がけた連載が,(30歳前後のファンタジーファンならご存じかもしれない)「RPG 幻想事典」という人気書籍シリーズの,10年ぶりの最新刊という形で出版されたのである。
 書籍化にあたっては,全篇にわたって補足説明/内容修正が行われているほか,「フラガラッハ」「ジュワイユース」といった,連載未収録武器に関するコラムを多数追加。つるみとしゆき氏のイラストに関しても,モノクロではあるがすべて収録。さらに表紙を飾るカラーイラストも描き起こしてもらっている。ファンタジー世界への理解を深めるサブテキストとして,ぜひ購入を検討してみてほしい。

 

次回予告:ホムンクルス

 

■■Murayama(ライター)■■
先日,高校時代の悪友達と久しぶりに遊んだというMurayama。集合場所である友人宅に遅れて到着すると,「なんだよー,なんで黒なんだよ!」といきなりなじられたという。理由を聞いたところ,「今Murayamaの髪は何色か」が,賭けの対象になっていたんだとか。ちなみにMurayamaと個人的な交流のある某編集者も,「友人の葬式は赤,義理の姉の結婚式は青,4Gamerの面接は金髪&髭」だったという。類は友を呼ぶ,ということなのだろう。色々と言いたいことはあるが,とりあえず「いい加減○ゲますよ」とだけ忠告しておきたいところだ。


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http://www.4gamer.net/weekly/sam_monster/003/sam_monster_003.shtml