― 連載 ―

奥谷海人のAccess Accepted
2006年11月8日掲載

 欧米のゲーム業界では,日本と比べて簡単に起業する開発者達が少なくない。今回は,そんな新興のデベロッパから6社を選んで紹介しよう。生粋のゲームクリエイターばかりでなく,今年はちょっと驚くような人物がゲーム開発に参入している。

 

最近発足したPCゲーム会社・2

 

今回紹介するゲーム開発会社のタイトルの中で,一番リリースが近そうなのがThe Farm 51の「Necro VisioN」。唯一,制作中の画面写真が公開されているゲームでもある。とはいえ,販売元は決まっておらず,また東欧は販売遅延の常習犯が多いので,果たして2007年中のリリースに漕ぎ着けられるのか,少し心配

 なんとなく落ち着き“過ぎた”ムードの漂う2006年のクリスマス商戦。次世代機への乗り換えをにらんだ新規タイトルの出し控え,そして欧米のMMORPG市場の膠着化といった理由だけでなく,「World of Warcraft: Burning Crusade」や「Half-Life 2: Episode 2」,さらには「Enemy Territory: Quake Wars」「Unreal Tournament 2007」「Tabula Rasa」といった期待のタイトルから,PC業界の起爆剤になるはずだったWindows Vistaまでもが来年へと持ち越されてしまったからだ。
 しかし,その裏では,すでに「次」に向かって進んでいる開発者達がいる。アイデアで勝負できると信じるパイオニア精神が旺盛な人。古巣が買収されるなどして居場所がなくなった人。何か新しいことを始めたくてウズウズしている人……。その理由はさまざまだろうが,毎年のように野心あふれる新しい開発チームが誕生するのが欧米のゲーム業界の面白いところでもある。

 本連載「第59回:最近発足したPCゲーム会社」でも同じようなことを書いたが,20人規模の小さな会社では,一つのタイトルに18か月から4年ほどの開発期間が必要となる。そのため,以下に紹介する新興開発チームも,ほとんどは2008年以降のリリースを目標に処女作の制作に勤しんでいるようだ。彼らのタイトルを見られるのは,少なくとも1年以上先の話となる。
 それはともかく,以下,いずれ大きく注目されるであろう新興開発チームを紹介していこう。

 

Red 5 Studios

所在地:アメリカ カリフォルニア州アリソ・ヴィエホ市

公式サイト:http://www.red5studios.com/

 今年2月に設立を発表したRed 5 Studiosは,Blizzard Entertainmentの元メンバー達からなる開発チーム。第59回の連載記事で紹介したHyboreal StudiosやBill Roper(ビル・ローパー)氏らのFlagship Studiosと違うのは,同じBlizzardといっても,「World of Warcraft」を制作していた開発者達がメインであることだ。
 その中心をなすのは,WoWのプロジェクトリーダーだったMark Kern(マーク・カーン)氏のほか,アート・ディレクターのWilliam Petra(ウィリアム・ペトラ)氏や,韓国オフィスでローカライズを担当したTaewon Yun(テーウォン・ユン)氏。Yun氏のコネクションがあったのか,早々にWebzenがパブリッシャに決定するなど資金面での問題もなさそうだ。
 「第71回: 新興ゲームエンジンの挑戦」でも書いたように,同社はMMORPG用ゲームエンジンのOffsetエンジンを開発している。これによって,ともすれば5年を超えても不思議でないMMORPG開発期間が,かなり短縮されるであろうと期待できる。ただ,まだ新作タイトルやその内容はまったく公開されておらず,どのような作品になるのかは不明だ。公式サイトには,以前はファンタジー風のアートが掲載されていたが,現在は巨大ロボットの残骸(?)の上に登った兵士達を描いたものに替わっている。

 

The Farm 51

所在地:ポーランド グリヴィツェ市

公式サイト:http://www.thefarm51.com/

 The Farm 51は,「Painkiller」シリーズを開発したポーランドのPeople Can Flyのメンバーの一部が独立して設立した。同社発足の発表があったのは2006年4月のことだったが,実際には2005年の中頃からドメインを取得するなどの活動を行っていたようだ。次世代機用ソフトの開発に集中する古巣に不満を抱いて飛び出したようだが,ほかにも,Medal of Honorシリーズのアーティストとしてアメリカで活躍していた人物や,ゲーム雑誌の元編集長など,多彩な顔ぶれを集めている。
 The Farm 51は,第一次世界大戦を舞台にしたFPS「Necro VisioN」を制作中。化学兵器が次々に炸裂する中,塹壕を這い回るようなリアルなヨーロッパ戦線をシミュレートしているが,その背後で行われているのが,世界を操るヴァンパイアとデーモンの果てしない戦いという,ファンタジー性も持ったゲームになるようだ。
 Necro VisioNでは,Painkiller用に開発された「PAINエンジン」が使用されており,マルチプレイモードもフィーチャーしている。ライフルの台尻で殴りつけ,心臓部を銃剣で突き刺すようなメレー系のコンボ技を多く用意し,至近距離での戦いも描いているという。2007年中の発売予定だが,現在相当数の人材募集を行っている様子で,これが締め切りに間に合わせるためなのか,そもそも人手が足りなかったからなのかは分からない。

 

Stray Bullet Games

所在地:アメリカ テキサス州オースティン市

公式サイト:http://www.straybulletgames.com/

 2006年6月に誕生したStray Bullet Gamesの前身は,2003年に「Shadowbane」をリリースしたWolfpack Studiosである。WolfpackはShadowbaneの完成直前にUbisoft Entertainmentに買収されたが,同ゲームの不振から2005年5月に解散しており,解雇された元Wolfpackの面々が,そのまま新たに起業したというわけだ。Stray Bullet(流れ弾)という社名も,外からの一発で簡単にその命を落としてしまったWolfpackを皮肉ったものである。
 メンバーを紹介すると,現在COO兼開発副社長を務めるのが,Wolfpackの閉鎖が噂される春頃に開発チームを仕切っていたFlank Lucero(フランク・ルセロ)氏。また,7月に社長として迎えられることになったMark Nausha(マーク・ノーシャ)氏は,結局交渉は決裂したものの,Sony Online EntertainmentがWolfpackを譲り受ける話を持ちかけていたときにSOE側の交渉を担当した人物だ。
 もちろん,Ala Diaz(アラ・ディアス)氏ら多くの開発部隊が参加しており,Ubisoftのオンラインサービス「Ubi.com」で無料開放されているShadowbaneのメンテナンスなどを行うかたわら,PvPに特化した新作MMORPGを開発中とのことだ。

 

Slipgate Ironworks

所在地:アメリカ カリフォルニア州サンマテオ市

公式サイト:http://www.slipg8.com/

 Slipgate Ironworksは,言わずと知れたJohn Romero(ジョン・ロメロ)氏の新しい開発チームである。“FPSの父”とも言われるRomero氏は,id Softwareから独立してION Stormを築いたものの,2001年に同社を閉鎖。その後は携帯電話用のゲームを開発するなど,PCゲームの開発からしばらく遠ざかっていた。プロデューサーとして招かれていたMidway Entertainmentを2005年5月に辞職した後,彼の動向が注目されていたが,今年7月になってようやくSlipgate Ironworksを立ち上げた。
 「DOOM」から「Daikatana」まで,なにかとシューティングのイメージが付きまとうRomero氏だが,現在彼が構想しているのはMMORPGだ。Daikatanaが企画段階から大げさに報道され過ぎて地盤沈下したことを教訓にしたのか,今回は「ミステリー・プロジェクト」として密かに開発を進めていく方法を選んだようだ。
 今のところ,シンプルな公式サイトではシニア・プロデューサーやリードプログラマーなどのコアメンバーを募集中。求人広告の中で,「FPSでマップを制作したことのある経験豊富なレベルデザイナー」という文言もあることから,果たしてどんなMMOゲームになるのか,興味が尽きない。

 

Red Jade

所在地:カナダ オンタリオ州ロンドン市

公式サイト:http://www.redjade.com/

 トロント近郊に位置する,Digital Illusions CE(D.I.C.E.)カナダ支部では,「Battlefield 2: Modern Combat」などはあるものの,ここ数年,もっぱら拡張パックを中心に開発を手がけてきた。2006年4月,バトルフィールドシリーズのパブリッシャであるElectronic ArtsがD.I.C.E.を完全買収し,10月には合理化のためカナダのオフィスを閉鎖してしまう。25人ほどいた開発メンバーは, Electronic Artsのモントリオール支部への移動,もしくはストックホルムのD.I.C.E.本社への移籍を勧められていた。
 しかし,当然ながら地元に根づいている開発者もおり,彼らの5人ほどが立ち上げた新しい開発チームが,Red Jadeというわけである。
 まだ設立から一か月も経たないデベロッパであるうえ,プログラマーというよりは3Dキャラクターやテクスチャなどのアーティストが中心のようだ。拡張パックの制作がメインだったために,そもそもプログラマーが少ないのは当然だろうが,企画を含め,ゲームを実際に開発できる段階にあるのかどうかも不明だ。トロントにはゲーム制作会社が少ないため,今後の人材補填が難航する可能性もある。とはいえ,ゲームアートの分野ではアメリカ国内から中国や東欧へのアウトソーシングが盛んになっているだけに,アメリカに近いという地の利を生かしてこの分野での生存を図ることも十分に考えられる。

 

Green Monster Games

所在地:アメリカ マサチューセッツ州メイナード市

公式サイト:http://www.greenmonstergames.net/

 この社名を聞いて,ピンときたあなたは大の野球ファン。“グリーン・モンスター”とは,大リーグチーム,ボストンレッドソックスの本拠地フェンウェイ球場のニックネームだ。レフト側に11メートルを超える緑色の壁があることから,1912年以来親しみを込めてこの名で呼ばれ続けている。
 10月に設立されたばかりのGreen Monster Gamesは,今回紹介したほかの会社とはかなり毛並みも違う。実は,レッドソックスの名投手として知られるCurt Schilling(カート・シリング)氏が自ら設立したゲーム会社であるのだ。
 シリング氏は,「こちら」で紹介したとおり,大のEverQuestファンとして知られる。そのオフグラウンドでの趣味が高じてMMORPGの制作まで思いついたようだが,リードアーティストにコミックヒーロー「Spawn」を生んだTodd McFarlane(トッド・マクファーレン)氏が,クリエイティブ・ディレクターには著名なファンタジー小説家であるR.A.Salvatore(R.A.サルバトーレ)氏が参加するなど,豪華なメンバーが集結している。数年後,どんなゲームが登場するのだろうか?

 

 

■■奥谷海人(ライター)■■
本誌海外特派員。この欄の担当編集者が出張中なので,少し古い話で恐縮だが,奥谷氏が編集部に来たときの話を一つ。奥谷氏は帰国すら数年ぶりだったので,スタッフの多くはこのときが初対面。そこでまずは,名刺交換会となってしまった(4Gamerの名刺をそんなにもらっても嬉しくないだろうに)。その後,担当とたわいもない話を1〜2時間して,帰っていった……はずだったのだが,編集部のあるビルは,ドアが自動で施錠されるため,開け方を知らないと出られない。当然担当が外まで誘導したと思っていたのだが,ふと見ると,彼はゲーム中。後で聞いた話では,奥谷氏はエレベーター近くのドアの前で,ノブを力任せに押したり引いたりしていたそうだ。それも,結構長い時間。案外テクノロジーに疎い面も持ち合わせているようだ。


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