― 連載 ―

奥谷海人のAccess Accepted
2006年11月1日掲載

 今からちょうど10年前の1996年末,3dfx Interactive(当時は3Dfx Interactive,以下3Dfx)からリリースされたのが「Voodoo」グラフィックスチップである。当時としては斬新すぎたハードウェアだけでなく,専用APIである「Glide」のサポートグループを設立するといった先進的な試みを数多く行ったことでも注目され,業界内外に多くのファンを増やしたものの,やがて歴史の波間に静かに消えていったVoodoo。短い間に隆盛と没落を経験したこのグラフィックスチップの歴史を,しみじみと振り返ってみよう。

 

10年を経た3Dグラフィックスカードの歴史

 

PCに3Dグラフィックス新時代が到来

 

このボックスアートをご記憶の方はおられるだろうか? Voodooグラフィックスカードのパッケージは,いつも強烈に怖い男性の目だった。青色のこれは,1999年発売のVoodoo3シリーズのパッケージである

 「3D」の定義にもよるが,現在のいわゆる“3Dゲーム”の嚆矢としてよく挙げられるのが,1992年3月にリリースされた「Ultima Underworld」と,それよりも2週間前にシェアウェア版が公開され,5月になって正式販売が始まった「Wolfenstein 3D」だ。どちらもキャラクターそのものは2Dのままだったが,ポリゴンにテクスチャを張り付けるテクスチャマッピング技術を使用し,3D空間でも密度の高い描き込みが可能であることを我々に教えてくれたのは間違いない。同じ1992年にはフランスのInfogrames(現Atari)から「Alone in the Dark」も登場しており,これらのタイトルが本格的な3Dゲームの時代が始まる起爆剤になったといわれている。
 1995年8月にリリースされたMicrosoftの新OS,「Windows 95」には間に合わなかったものの,その約1か月後には,プログラマーが数々のグラフィックスをより簡単に処理できるDirectX(1.0) APIが公開され,3Dゲームを含めた“マルチメディア”の流れは決定的になっていく。
 ただし,この頃のDirectXはまだ十分に洗練されておらず,Microsoft社内でもその存在に疑問を持つエンジニアが多かった。id Softwareの「Quake」(1996年6月発売)のように,Silicon Graphicsが公開していたグラフィックスAPI,OpenGLを使用した3Dゲームが主流だったのだ。

 

 3Dfxが3Dグラフィックスの処理を専門的に行う「Voodoo Graphics」(以下,Voodoo)チップセット,およびそのAPIであるGlideを公開したのはそんな時代,1996年10月のことである。
 3Dfxは,1994年末にRoss Smith(ロス・スミス), Gary Tarolli(ゲイリー・タローリ),そしてScott Sellers(スコット・セラーズ)の3人によって設立された新しいメーカーだった。彼らは,1980年代から1990年代中期にかけて,当時アメリカにおける3Dグラフィックス業界のリーダーだったSilicon Graphicsから独立し,3Dfxを起業している。
 Voodooがどれほど斬新なアイデアだったのかを憶えている古参のゲーマーも多いだろう。1995年11月のCOMDEXや,1996年3月のCGDC(現GDC)ではゲーム開発者の間で非常に大きな話題となり,本来なら12月にリリースされる予定だったVoodooチップ搭載の「Righteous 3D」が,ハードウェアメーカーのOrchid Technologyと提携することにより,急きょ10月に繰り上げて発売されることになったのも,市場の期待のあらわれだった。

 

ハード/ソフトメーカーの絶大な人気を博す

 

 言うまでもなく,「3Dグラフィックス専用のアクセラレータ」は3Dfx単独のアイデアというわけではなく,Renditionの「Vérité V1000」(2D描画も可能)や,NECの「PowerVR PCX1/2」といった数多くの競合製品があった。Voodooの場合,回路が一つのチップに収まらず,合わせて二つのチップが必要だったこと,また,3D専用であったために既存の2D用のグラフィックカードが必要で,PCIバスを二つ使わなければならなかったことなど,“キワモノ”として扱われても仕方ないようなデザインだった。

ハードウェアメーカーによる激しい攻防戦の中で, 3D環境を堪能できるソフトとして大人気だったのが「MechWarrior 2」。今でこそどうってことない感じだが,当時はこのグラフィックスがグリグリ動くだけで激しく感動できたのだ

 それでも,Voodooチップ搭載のグラフィックスアクセラレータがゲーム業界に受け入れられたのは,チップの画像処理能力が高かったことに加え,Microsoftが3Dグラフィックス時代の到来を読めず,3DfxのGlide APIがDirectXよりもはるかに洗練されたいたという事情もあった。3Dfxは,その目標をかなり高い位置に設定し,それを見事に達成することで開発者やゲーマーの心をつかんだと言える。
 Voodooには,テクスチャマッピングを使った3D環境をシミュレートするための,さまざまな機能が装備されていた。TriangleSetup(トライアングルセットアップ),Z-Buffering(Zバッファリング),Trilinear Filtering(トライリニアフィルタリング),Alpha Blending(アルファブレンディング),Anti-Aliasing(アンチエイリアシング)などである。とくにZ-Bufferingは相当な負担をかけるため,リリース直前まで取り除かれる可能性もあったらしいが,この機能がゲーム開発者を魅了していたのも事実だ。
 正式リリース直前の1996年9月にオープンした開発者専用フォーラム「Total Immersion」には125社を超える企業が参加した。Activisionの「MechWarrior 2」や,PowerVRから乗り換えたEidos Interactiveの「Tomb Raider」は,Voodooの人気を牽引したソフトだったとも言える。ほかにも「Carmageddon」「Burnout」「Starsiege: Tribes」「Need for Speed II」「Descent」など,懐かしいソフトの数々がVoodooをサポートしていた。

 

凋落した後も,残り続ける3Dfxの遺産

 

 1996年から1997年にかけて,3DfxはDiamond Multimedia Systems,Quantum 3D,Hercules,Creative Technology,カノープスなどのハードウェアメーカーと次々に提携し,1998年10月には,2D/3Dグラフィックスを単一チップで処理する「Voodoo Banshee」を登場させるなど,この頃は日の出の勢いだった。「Star Wars: Jedi Knight」や「Incoming」のような高解像度に対応した数々のソフトがVoodooをサポートし,さらには1999年から始まる「Interstate '82」「EverQuest」「Quake III: Arena」のような3Dグラフィックスカード必須タイトルの出現も促した。

 しかしその一方,1999年3月に1億4300万ドル(約165億円)で買収したSTB Systemsの利子負債や競合メーカーからの訴訟など,ビジネス面で相当な追い込みを掛けられていたのも事実だった。3Dfxの最初の信奉者であるFASA Interactiveが,DirectXに本腰を入れ始めたMicrosoftに吸収されるなど,3Dfxの急激な成長に脅威を感じていた勢力は,ハードウェアメーカーだけではなかったようだ。
 とくに,STB Systemsの買収は3Dfx自身によるグラフィックスカードの生産を可能にしたが,1999年3月に投入した「Voodoo 3」チップ搭載の製品を独占販売しようとしたことでハードウェアメーカーからのの信頼を失うという経営戦略上のミスを犯してしまった。しかも,16bitカラーまでしか対応していなかったVoodoo 3チップは,結果として3Dfxが予想したほどには売れず,当時,次第に技術力を付けつつあったNVIDIAやATI Technologiesに後れをとりつつあったのだ。

 

2000年のECTSおよびCOMDEXでプロトタイプが紹介されたものの,結局発売されることのなかった“幻の”3Dグラフィックカード「Voodoo 5 6000」。GPUが並列で4個並ぶという壮大な計画だったが,果たしてPCのケースに収まったのかしら?

 2000年6月には新機種「Voodoo 5500」がリリースされるものの,これは電源関係の問題でリコールを経験することになる。こうして,3Dfxの凋落は誰の目にも明らかになり,同年11月のCOMDEXではQuantum 3Dが3Dfxからライセンスした「4-Way SLI」技術(2チップ×2枚差しのグラフィックスカード)のデモ機を公開したものの,その発売がウワサされていた“4チップ搭載カード”もリリースすることなく,12月21日,3Dfxはその短い歴史の幕を閉じた。
 3Dfxの資産を引き継いだのはNVIDIAで,かくしてその人材と技術はNVIDIAに吸収され,その技術と思想はGeForceシリーズに受け継がれていくことになる。

 ほぼ半年に一回という,現在の3Dグラフィックスカードに見られる早い世代交代を行いつつ,たった4年で消えていったVoodoo。しかしその活動期間中,先進的な3DグラフィックスをPC上で可能にし,そこからさまざまなビジュアル効果やゲームの演出が生まれた。彼らがPCゲームのグラフィックスのレベルを飛躍させたのは事実だろう。
 Voodooが登場して10年,ゲームのグラフィックスは3Dfxの遺産を引き継ぐ格好で発展してきたといっていい。今後10年,PCゲームのグラフィックスはどんな方向に向かっていくのだろうか。

 

 


次週は,最近旗揚げしたゲーム開発会社を紹介します。

■■奥谷海人(ライター)■■
本誌海外特派員。ハロウィンといえば,子供も大人も仮装して楽しむアメリカの国民的行事。今年も奥谷氏は,窓や庭をクモの巣やガイコツ,パンプキンなどでデコレーションして,キャンディをもらいに来る近所の子供達を待っていたという。最初にドアベルが鳴ったのは,まだ外も明るい午後の5時頃だった。ドアを開けると,そこにはTシャツを裏返しに着込んだだけという超手抜き仮装をした中学生らしき一団が。しかも,数もやたら多く,総勢13人ほどが一気にキャンディを入れたボール皿に手を伸ばしたのだ。というわけで,気がつけば,ほとんどのキャンディを持って行かれてしまった後だったとか。仕方なく近所のスーパーへキャンディの買出しに出かけたという,ハロウィンシーズンには毎年何かろくでもない目にあう奥谷氏である。


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