― 連載 ―

奥谷海人のAccess Accepted
2006年5月24日掲載

 PCゲームは,いくつもの波を乗り越えてきた。「PCゲーム危機説」が唱えられるたびに,3Dグラフィックスや,オンラインゲームの流行といった“イベント”が発生し,依然としてコンシューマ機とは一線を画したプラットフォームとしての存在感を示し続けている。しかし,今やコンシューマゲームでも3Dグラフィックスやオンラインゲームは当たり前の時代。来年早々に投入されるWindows Vistaは,PCゲーム市場に何をもたらすのだろうか?

 

Windows Vistaで激動の時代へ!

 

PCゲーム市場に本腰を入れ始めたMicrosoft

 

E3 2006において,メディアに対してWindows Vistaの説明を行ったMicrosoftのGames for Windowsグループマネジャー,Chris Donahue(クリス・ドナヒュー)氏。DirectX 10ならびにFlight Simulator Xの開発やマーケティングを担当する

 2007年度前半のリリースへと持ち越された,Microsoftの次世代OS「Windows Vista」は,今年のE3(Electronic Entertainment Expo)でも大きくクローズアップされることとなった。E3が本来はコンピュータゲームのトレードショウであることを考えると,OSそのものの存在はちょっと異質で,MicrosoftがWindows Vistaをゲーム用プラットフォームとして重要視していることがよく分かる。
 アメリカのリサーチ会社NPD Groupによると,2005年度のゲーム産業の規模は,ニンテンドーDSのようなハンドヘルド機やモバイルゲームなど携帯型ゲームの躍進を受け,世界で105億ドル(約1兆1150億円)に達した。しかし,プレイステーション2やXboxなどのコンシューマ機は軒並みシェアを下げており,ことPCゲームになると,全体の10%を割るなど,かなりシビアな内容となっている。
 もっとも,実のところNPD Groupのデータというのは旧来の小売店でのセールス集計に頼ったものであり,メーカーからの直販やネット販売,オークションサイト,さらにはSteamのようなデジタル流通サービスでの販売実数は含まれていない。しかも,やはり統計には含まれていないであろうMMORPGの月額料やアイテム課金も最近では相当なシェアに膨らんでいるはずで,実際に「PCゲームで遊んでいるゲーマーが減っている」と結論付けるのは難しいところだろう。

 その一方で,Microsoftは長らくXbox/Xbox 360の市場への浸透に重点を置き,“ゲーム用プラットフォーム”としてのWindowsをないがしろにしてきたのは事実だ。同社のインタラクティブ・エンターテイメント部門副社長Peter Moore(ピーター・ムーア)氏も,2月に開催されたD.I.C.E. Summit 2006 の基調講演において,「我々の会社のナンバーワンプラットフォームに対して長い間サポートする義務を怠っていたことを後悔しています」と語り,Microsoftが再びPCゲーム市場に本腰を入れようという姿勢の一端をのぞかせた。もちろん,その旗手がWindows Vistaとなるのは間違いない。

Windows Vistaのゲーム関連機能

 

Windows VistaのVolumeコントロール用パネル。アプリケーションごとにボリュームを調節できるのが,地味ながらもゲーマーには嬉しい機能だ

 Windows Vistaは,インタフェースこそこれまでの伝統を継承した風貌をしているが,そのボンネットの中身はまったく異なるものへと進化している。
 開いているウィンドウを3D表示させる「エアログラス」は,Windows Vistaで最も特徴的な機能の一つだ。重ねられたウィンドウが,ところによって下の壁紙が透けて見えるという“アルファブレンディング技術”を駆使したもので,この3D化はWindows Vistaで新設計されたDirectX 9ベースのWDDM(Windows Desktop Driver Model)によるもの。
 Windows VistaのWDDMは,DirectX 9対応の3Dグラフィックスチップを搭載したシステム上での動作を前提にしている。CPUサイクルへの割り当てと同じようにグラフィックスチップの制御が可能になったということは,複数の3Dアプリケーションを同時に表示できるようになったことを意味する。そのうえ,Windows XPまでの世代では3Dと2Dアプリケーションの切り替え時にパフォーマンスのロスがあったが,これもWDDMによって快適にスイッチできるようになる。つまり,ウィンドウズモードでも3Dアプリケーションがスムースに表示可能になるわけだ。

 Windows Vistaで,我々ゲーマーに関連すると思われる新機能には,以下のようなものがある。

 

Games Explorer

 Windows XPの“マイドキュメント”のように,スタートメニュー上に“Games”という専用フォルダが登場。これまで“Program Files”内にバラバラにインストールされていたゲームアプリケーションだが,Windows VistaではすべてGames Explorerで管理されることになる。
 音楽ファイルのようなメタデータ集計会社と提携し,現在までに1500本に及ぶソフトがデータベース化されており,古いゲームソフトをインストールしても,その名前や販売元,各国に合わせたレーティングシステムなどがパッケージ写真とともに表示される。対応ソフトであれば,セーブファイルも一つずつが画像化されてセーブフォルダ内に登録される予定だ。

 

Parental Control

 Games Explorerの機能の一つが,Parental Control(未成年者管理ツール)である。一人一人のユーザーに対して,管理人がレーティングシステムに合わせた規制を行えるだけでなく,暴力,流血,セックス描写,ギャンブルなどに関する細かい設定を課すことが可能だ。ロックされたソフトはゲームのタイトル以外は何も表示されない。
 さらに,Parental Controlは「Microsoft Outlook」のスケジュールのようなスタイルで,特定のユーザーが特定のアプリケーションを使える時間帯を指定できる。管理者に未成年の子供がいれば,例えば午後5時から9時までの間だけFPSで遊べる,というような設定をしておくことで,管理者不在の日でも子供の生活をしっかりコントロールできる仕組みだ。

 

オーディオエンジン

 Windows XPのボリュームコントロール機能には最大で10種ほどの調節バーがあるが,実際に使うものといえばメインとWaveの二つくらい。Windows Vistaでは,メインのほかにアプリケーション別の調節バーがVolumeウィンドウ内で一括管理されることになった。もちろん,現在のほとんどのゲームではBGMやサウンド効果などを個別にコントロールできるが,Windows Vistaでは一つのウィンドウで調節できるのが特徴。ウィンドウモードではゲームのサウンドを消し,iTuneでお好みの音楽を聴きながらブラウジングを行う,というようなマルチタスクな人にはちょっと便利かも。
 Windows Vistaでは,オーディオデータが16ビットの整数フォーマットから32ビットの浮動少数点フォーマットに変更されたのも新しい。最近のCPUは整数よりも浮動少数点演算のほうが効率良く処理できるからだ。オーディオのサブシステムがカーネルから切り離されたことで,万一の場合でもOSごとクラッシュしない点も,ポイントが高い。

 

ネットワーキング

 Windows Vistaではネットワークに関するコードも一新されている。Windows XPまでのウィンドウズOSは,14.4kbpsモデムが登場した頃のネットワークスタックをベースにした技術が使いまわされていた。これが,IPv6プロトコルのサポートも行われる最新式のものに書き換えられたのである。現在のβテストでは,Windows XPに比べ,ダウンロードスピードで15%程度の向上が見られた,という報告もある。
 Network Centerを開くと,Network Mapという図が表示され,自分のコンピュータがインターネットとどのようにつながっているのかが分かる。これまでは数字の羅列に近かったエラーメッセージも,より初心者にも分かりやすい形で説明してくれるようになるという。

 

左は,モンタナ州グレーシャー湖をモチーフとした壁紙。この情景を「Flight Simulator X」のエンジンを使ってDirectX 9.0cベースのグラフィックス処理で描いたもの(中央) 。一番右は,「DirectX 10ではこうなる」という想像図に過ぎないが,Volumetric Cloudの間から漏れるUniversal Lightingの光の様子や,波頭に見られるシェーダの細かさなど,質感が飛躍的に向上しているのが分かる。ただ,来年早々のリリースにもかかわらず,実際のDirectX 10を使ったグラフィックスを見せてもらえなかったのはちょっと残念

 

Games for Windowsイニシアティブで浮上した
DirectX 10対応ソフト

 

 我々ゲーマーにとって最も気になるのが,次世代を担うDirectXだ。DirectX 10は,Windows Vistaと同じく旧世代のDirectXとは切り離して新しく書き直されたものなので,Windows XPを含めた旧式OSでは動作しない。ただし,Windows VistaにはLDDM(Longhorn Display Driver Model)に対応したDirectX 9.0Lも搭載され,古いアプリケーションにも互換性を持たせてある。
 DirectX 10は,これまでとは異なるUnified Architectureというコンセプトで設計され,シェーダモデル4.0(SM4.0)へと進化。平たく言うと,Vertex(頂点),Pixel(ピクセル),そしてGeometry(ジオメトリ)の各シェーダが一つのユニットですべて処理されることになる。頂点シェーダとピクセルシェーダが別々のユニットに割り振られていたDirectX 9までに比べ,SM4.0は効率よくフレキシブルにユニットを利用できるのだ。
 またグラフィックスチップが,画面のレンダリングだけでなく,物理やAI,アニメーションといった一般的な演算処理も可能となり,さらには,カメラで露出度合を調節するようなHDR(High Dynamic Range),強調したいキャラクターやオブジェクトだけに焦点を当てる被写界深度(Depth of Field),残像を重ね描きしてアニメーションを滑らかに見せるモーションブラー(Motion Blur)といった複雑な効果も容易に実現できるようになる。

Remedy Entertainmentが開発中の「Alan Wake」は,E3に登場したほかのDirectX 10対応予定のゲームと違い,ムービーを見せるだけの展示に終わった。ゲームが遊べるほど完成していないのか,それともWindows Vista発売後,DirectX 10の技術デモ系ゲームとしてスポットライトを当てることを予定したうえで,今回はティザーでお茶を濁したのか……

 もっとも,いくらさまざまなゲーム支援機能がWindows Vistaに搭載されていても,それを各ゲームメーカーがサポートしなくては「PCではゲームを遊びづらい」という意識を多くのユーザーから拭い去ることはできないだろう。そこで,Microsoftは,今回のE3で「Games for Windows」というコンセプトを打ち出し,Windows Vistaに一種の“ゲーム機ブランド”としてのアイデンティティを持たせることにしたようだ。
 Windows Vistaに標準装備されるDirectX 10は,APIに限ってみれば,少なくともXbox 360より1世代は先のもの。あるMicrosoft幹部が語ったように,PCゲームは「ゲームの一等席」としての地位を奪還できるかもしれないのだ。
 その意味から,Windows Vistaのリリースが2007年へとずれ込んだのは,ゲーマーや業界にとって残念なことだろう。グラフィックスカード,CPU,マザーボードなどの買い換え需要を見込んで,年末商戦に照準を絞っていたメーカーにとっては大きな誤算かもしれない。
 当のMicrosoftも,「Flight Simulator X」を年末に先行リリースする予定を変更しておらず,発売直後はDirectX 9.0cでの画面写真が出回ることになるはずだ。せっかくDirectX 10のパワーを内外に提示できる良い機会だったのにと,ちょっともったいない。
 いずれにせよ,PCゲームは今後1〜2年で大きく変化していく。この激動の時代,いち早くWindows Vistaを導入して“一等席”でゲームの進化を眺めるか,それとも安定するまで“二等席”で待つべきか,個人的に悩ましい問題だ。筆者としては,半年ほどじっくり思案してみたいところである。

 

E3で発表されたDirectX 10対応予定のPCゲームソフト

Age of Conan:Hyborian Adventures (Funcom)MMORPG
Alan Wake (Microsoft Game Studios/Remedy Entertainment)Action Adventure
Company of Heroes (THQ/Relic Entertainment)RTS
Crysis (Electronic Arts/CryTek)FPS
Flight Simulator X (Microsoft Game Studios)Simulation
Halo 2 for Windows Vista (Microsoft Game Studios)FPS
Hellgate: London (Namco/Flagship Studios)Action RPG
Shadowrun (Microsoft Game Studios)FPS

 

 


次回は,E3で見つけたちょっと変わったハードウェア,の予定。

■■奥谷海人(ライター)■■
本誌海外特派員。毎年のE3取材では,時差ボケに悩みぜんぜん原稿の上がらないスタッフを尻目に,バリバリ記事を書き上げる奥谷氏。その秘訣は,足を温めるためのお湯を満たしたバケツにあるのだ,と常に語っていた。ところが今年,近所の店をいろいろ回ってみたが,どうしてもバケツが手に入らない様子。最近のロサンゼルスはバケツ需要が高いに違いないと困っていたが,実際にE3が始まってみると,奥谷氏の超人的な原稿執筆能力にさっぱり衰えは見られない。もしかして,もともとバケツなんかいらなかったんじゃないの,というのがもっぱらの観測だが,その点を問いただしても,奥谷氏,黙して語らず……。


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