世界のさまざまな国が関わり,巻き込まれた第二次世界大戦を再現するストラテジーゲーム「ハーツ オブ アイアンII」で,どんな戦後を迎えるか心配なリプレイを展開する本連載,今回は押しも押されぬ大国,アメリカからお届けします。
世界大恐慌をニューディール政策で乗り切ったアメリカという言い方をしばしば耳にしますが,この簡略にすぎる説明には大きく二つの欠陥があります。一つめは,ほかの国をも取り巻く当時の状況について,前提となる説明が欠けている点。もう一つは,アメリカが採った施策を,達成した成果と直結させすぎている点です。
1920年代末から30年代に世界経済を襲った異変は,世界大恐慌だけではありません。金本位体制の段階的な崩壊と,イギリスポンドからアメリカドルへという基軸通貨の長期的な代替わり,とくにイギリスポンド体制の凋落を,加えて考える必要があります。
世界大恐慌をきっかけとして起きたのは,単なる不景気ではなく,世界的な貿易の機能不全でした。第一次世界大戦の戦時経済体制を抜けた主要国は金本位制に復帰しますが,そこに世界大恐慌に端を発する,金融危機が訪れます。金(正貨)と通貨の交換が保障された金本位制は,当然ながら各国の通貨の価値,つまり為替を安定させる機能を持ちますが,それは同時に,各国の通貨供給量が金準備高に制約されるということでもあります。結果として,景気浮揚のための財政出動が難しくなってしまうのです。
不景気は脱しなければならないが,マネーサプライは動かせない。この状態を嫌って各国は,次々に金本位制を放棄,変動相場制に移行して,必然的に為替関係は不安定なものとなります。そして,不幸なことにこの時期までには,かつて英ポンドが備えていた安定性までもがグラついていたのです。英ポンドから米ドルへという,長期的な基軸通貨の移行タイミングにこれらの混乱が重なったことは,不運としか言いようがありません。
為替の不安定さは,民間企業の事業リスクを大幅に高めるだけでなく,政府の財政にも大きな影響を与えます。互いに安定した貿易が行えない状況の打開策として,個々の国同士が貿易収支を均衡させていく,つまりある国に輸出した分だけ,その国から輸入する求償主義政策も試みられますが,これもうまく機能しません。例えば,世界の貿易構造には通貨基軸国(貿易収支は赤字/保険・利子・配当が黒字,が正常)とそれ以外の国(貿易収支は黒字/保険・利子・配当が赤字,が正常)という,異なる役柄があります。あらゆる二国間貿易を均衡させられるわけではないのです。また,「在外資産」という言葉が端的に表すように,ある貿易に関わる国籍関係と資本関係は必ずしも一致しません。自由経済を前提にする以上,国同士で均衡を図ろうにも,そこに関わる資本の利害は当事国にもコントロールできません。もともと貿易とは,一定レベルの不均衡を内在させたうえで,うまくかみ合うところで動くものなのです。
原料と製品の輸出入,輸送や保険,そして資本の輸出入がうまく機能しないとなると,国内経済も回らなくなるのが近代以降の国家です。この状況を,植民地との経済関係で打開しようとするグループと,新たな対外進出で景気を刺激しつつ植民地の獲得につなげようとするグループが,正面からぶつかったのが第二次世界大戦であると,まとめることも可能でしょう。
こうした状況に直面してアメリカが選んだのは,大規模な公共事業によって雇用を創出し,購買力を生み出して景気を浮揚させようというニューディール政策でした。やがて景気が回復すれば,公共事業でかさんだ分も税収で取り戻せるし,うまく調整すれば大枠で失業のない完全雇用を達成できる……提案した経済学者の名をとって,この手法は以後ケインズ財政と呼ばれますが,周知のようにこうした政策は戦後,福祉国家の基本路線となっていきます。
テネシー川総合開発計画などを目玉とするニューディール政策が,景気浮揚に大きな役割を果たしたのは事実です。しかし,その前提として,当時のアメリカがもともと貿易依存度の低い,農工兼備の大国だったことを見落とすべきではありません。ケインズ主義の社会工学的な意義は多とすべきですが,アメリカの成功理由を,国内経済の整ったアメリカという舞台と切り離して,政策のみに求めるべきではないのです。
ここでクエスチョンです。経済成長を遂げたアメリカは,マーシャルプランによる復興支援とNATOの結成によって戦後西側世界を主導し,世界の警察官の地位に収まりました。しかし,第二次世界大戦に突入したばかりの時期,多くのアメリカ人にとって,自国がそうした役割を果たすことは自明の選択ではありませんでした。アメリカにとっての戦後世界には,どれだけのバリエーションがあり得たのでしょうか?