― 連載 ―


フレイの剣
 美しき豊穣神フレイ 

 フレイ(Freyr)は北欧神話に登場する神々の一人。北欧神話の中ではバルドルと比肩するほど美しい神として描かれている。フレイは,ひとりでに巨人族と戦う魔剣を腰に履き,馬よりも速く走る黄金の猪グッリンブルスティ(Gullinbursti)を従え,折りたたみ自由で神々を乗せられる帆船スキーズブラズニル(Skidbladnir)で海を駆け,時には駿馬ブローズグホーヴィ(Blodhughofi)で,戦場を縦横無尽に走り回ったとされている。
 万能を絵に描いたような存在で,北欧神話では主神オーディン,雷神トールに次ぐ存在としている資料もあることから,本来はなんらかの主神の一人であったのではないかともいわれているほど。そうしたこともあってフレイの人気は高く,絵画なども多く残されている。今回は,そんなフレイと,その腰に吊されていた剣(名称不明)について紹介してみよう。

 ラグナロクとフレイ 
Illustration by つるみとしゆき

 さまざまな資料に目を通してみたが,フレイの腰に吊されていた剣には独自の名称がなかった。ちなみに国内外ともに「勝利の剣」(Sword of Victory)と表記している資料も多い。
 この剣の最大の特徴といえば,神々と敵対する巨人族を相手に勝手に戦い,倒してしまうというものだ。北欧神話では神々と巨人族はライバル関係にあり,たびたび衝突していたので,巨人族を確実に葬れるというフレイの剣は,さぞかし重宝したに違いない。この剣さえあれば,ライバルである巨人族を討ち滅ぼし,神々の勝利は間違いないはずだった。文字通り,神々に勝利をもたらす剣だったのである。
 ここで北欧神話の最大の見どころである最後の決戦「ラグナロク」に触れてみよう。この戦いは神々と巨人族が戦って世界が破滅を迎え,やがて新たな世界が生まれるというエピソードである。神話上では乱戦となった戦いの中で,神々や巨人族はバタバタと倒れ,その渦中でフレイは神々の最後の生き残りとなっている。だが同様に炎の巨人スルトも生き残っており,たった二人となったフレイとスルトは一騎打ちを行った。一般的なお話であれば正義の側(この場合は神々)が勝利するところだが,北欧神話で最後の勝者となったのは炎の巨人スルトである。そしてスルトは炎の剣で世界を焼き尽くすと,どこかへと姿を消してしまうのである。
 ここまで読んで疑問に思った人もいるだろう。巨人族に絶対的な強さを誇っているはずのフレイが,なぜスルトに敗北してしまったのか? 筆者も疑問に思っていた。実は答えは簡単である。「ラグナロク」に参戦したフレイの手には,勝利の剣ではなく鹿の角が握られていたからだ。では,勝利の剣はどこにいってしまったのだろう。その理由については次のような逸話がある。

 勝利の剣とゲルド 

 フレイのエピソードで最も有名なのが,妻ゲルドをめとる話だ。
 オーディンの玉座フリズスキャルヴに座ると,世界を見渡せるといわれていた。本来フレイはこの席に座ることを許されてないが,何気ない気持ちで座ってしまった。すると,ゲルドという美しい女性を見つけてしまい,あまりの美しさに一目ぼれをしてしまったのだ。
 だがゲルドは神々と敵対する巨人族の娘であり,炎の結界の内側に住んでいたことから,そうそう手出しができない。ゲルドに恋こがれるフレイは,神である自分が,巨人族に恋などしてはいけないことは分かっていたが,どうしてもその衝動が抑えられずに悩んでいた。
 すると部下のスキールニル(Skirnir)が,勝利の剣と駿馬ブローズグホーヴィを与えてくれれば,ゲルドを連れてくると話したのである。フレイはこれを快諾し,スキールニルは炎の結界を飛び越えるとゲルドをあの手この手でくどいた。常若の林檎や,九夜ごとに同じ重さの腕輪を八個産むという魔法の指輪ドラウプニル(Draupnir)を見ても首を縦に振らないゲルドを見たスキールニルは,最後は呪いをかけると脅迫し,ゲルドは渋々承諾した。こうしてゲルドはフレイの妻となり,結局はフレイの人柄の良さが功を奏したのか,幸せに暮らしたという。

 この結婚を境に,フレイは巨人族を倒す剣を振るわなくなっていった。スキールニルに貸し与えたとはいえ,スキールニルはフレイの部下である。命令すれば,いつでも剣を返してもらえたはずだ。筆者は,こうした性格はフレイの出身にカギがあると見ている。
 北欧神話に登場する神は,好戦的なアース神族と平和的なヴァン神族に分類できる。かつてこの二神族は争った結果,和解したとされている。だが和解とは形ばかりで,実際にはアース神族がヴァン神族を吸収しているのだ。そしてフレイは数少ないヴァン神族の出身なのである。こうしたことからフレイは,戦いがもたらす悲しみを知っていただろうし,巨人族のゲルドを妻に得たことで愛を知り,守るべきものができたのだろう。
 資料によるとラグナロクでは,フレイは敵を倒すために戦ったのではなく,神々が住まうアースガルドの門に立ち,侵入しようとする敵を食い止めていただけと記述されている。彼は平和的なヴァン神族らしさを貫き,最後まで和平への道を模索していたのかもしれない。

 

アランルース

■■Murayama(ライター)■■
「誕生日にはろくな思い出がないので,できるだけおとなしくしていたい」というMurayama。今年の誕生日は,バイクで移動中,一時停止線で止まりそこねて白バイに捕まり,「とんだ誕生日プレゼントになっちゃったね」などと言われながら切符を切られたという。また数年前の誕生日には,漫画喫茶で寝ていて,財布からお金を盗まれたとか(しかもその席だけ防犯カメラの死角だったという)。担当編集者が昨年の誕生日に,スピードくじで20万円を当てた話など,決してできる雰囲気ではない。

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