― 連載 ―


カンテレ(Kantele)
 フィンランドの叙事詩「カレワラ」 
Illustration by つるみとしゆき

 神話を語るうえで,フィンランドという国はちょっと興味深い。一般的に考えれば,フィンランドは北欧圏であるため,神話についてはオーディンやトールといったお馴染みの北欧神話が浸透しているか,北欧神話のエッセンスを取り込んだ神話体系が生まれていそうに思える。が,実際のところそうはなってはいない。フィンランドは言語体系が周囲の国家と異なっていたことも手伝って,独自の神話/伝承が発展していったのである。
 しかしフィンランドには,ヴァイキングによる侵略や,スウェーデンによる650年もの統治,さらにスウェーデンからロシアへの譲渡などにより,独自の神話/伝承が徐々に失われていった経緯がある。それを嘆いた医師エリアス・リョンロート(Elias Lonnrot)は,フィンランドの神話/伝承の編纂に着手した。そして1835年に2巻(32章)の叙事詩「カレワラ」(Kalevala)をまとめあげ,さらに1849年には,全50章からなる完全版を完成させたのだ。自国の文化を守るために神話/伝承の編纂を行うというシチュエーションは,以前「こちら」でも紹介したので,興味のある人はぜひ目を通してみてほしい。
 カレワラの大きな特徴は,世界の創世から滅亡,そして再生を描いたものではなく,主人公のワイナミョイネン(Wainamoinen)の誕生によって幕が上がり,ワイナミョイネンが姿を消すシーンで幕が下りるところ。そういう意味では,ワイナミョイネンの一生を描いた物語であるといってもいいだろう。

 詩人ワイナミョイネンとカンテレ 

 主人公であるワイナミョイネンとは,どんな人物だったのだろう。調べてみると,実に個性的だ。
 神話/伝承では,父や母に神を持つ主人公が多いが,ワイナミョイネンも大気の乙女(女神)イルマタル(Ilmatar)を母親としている。だが,母の胎内で700年も過ごしたために,なんと生まれながらにして老人だったのである。
 誕生した時点で,一般的なヒーロー像からはかけ離れていたワイナミョイネンの最大の武器は,彼の奏でる歌だった。彼が愛用した楽器はカンテレ(Kantele)と呼ばれる弦楽器で,フィンランドの伝統的な楽器である。一般的に,古代のカンテレは木製で,馬の毛で作った五本の弦が張られている。現代では弦は金属になり,39弦にも及ぶ大型のカンテレなども存在している。
 さて,ワイナミョイネンが最初に持っていたカンテレは,非常に独特なものだった。ある冒険の途中で,仲間と共に巨大なカマスを倒し,なんとその顎を本体とし,カマスの歯を釘に,馬の毛を弦にして魔法のカンテレを作ったのだ。しかも,出来上がったカンテレは,ワイナミョイネンだけが演奏でき,この音を聞いたものは魔法の力にとらわれてしまう。また涙を真珠に変えたり,怒りの歌を奏でて湖の水を吹き上げたり,地震を起こしたりという力も発揮したという。

 魔女ロウヒとの戦い 

 カレワラの後半の章には,ワイナミョイネンと魔女ロウヒとの争いが記されている。ポホヨラ(Pohjola)という地には魔女ロウヒ(Louhi)が住んでいて,サンポと呼ばれる魔法の道具を探し求めていた。それをワイナミョイネンの友人である鍛冶屋イルマリネンが作り,妻となる女性と引き換えにサンポを渡すが,早々に妻を失ってしまう。さらに新しい妻を紹介してくれる約束だったが,ロウヒはサンポを入手したのをいいことに,約束を守らなかった。
 これに腹を立てたワイナミョイネンとイルマリネンは,サンポの奪還を計画。船に乗ってポホヨラへ向かうワイナミョイネンは,魔法によって1000人近くもの人を召喚して軍隊を作り,さらに道中,ポポヨラに恨みを持つ剣士レンミンカイネンを味方につけた(この航海の途中で,ワイナミョイネンは巨大カマスと戦った)。
 ポホヨラに到着したワイナミョイネン達は魔女ロウヒと対峙し,ロウヒの部下達をカンテレの音楽の虜にして無力化。ある岩山にサンポが隠されていることを調べ上げた。しかし,レンミンカイネンが勝利を祝して勇歌を歌うと,ロウヒの部下達が目を覚ましてしまい,結局大規模な戦闘が始まってしまう。
 魔女ロウヒは霧の乙女(名称不明),深海の怪物イク・トゥルソ(Iku Turso)などを追っ手として差し向けたが,ワイナミョイネンは,それをあっさりと撃退してしまう。お次は魔法で嵐を起こし,船を沈めようとしたが,ワイナミョイネンが天空神ウッコに祈りを捧げると,嵐はぴたりと静まってしまった。ただし,それらは魔女ロウヒの時間稼ぎで,最後はロウヒ自らが大鷲に変身し,ワイナミョイネンの船を襲ったのである。
 しかしこの戦いも長くは続かなかった。ワイナミョイネンと魔女ロウヒの間は膠着状態となったが,これに途中参戦した剣士レンミンカイネンが,魔女ロウヒの隙を見て剣を一閃。よろめいたところにワイナミョイネンが追撃すると,魔女ロウヒは海へ落ちてしまったのだ。 だが,そのときに魔女ロウヒは,サンポを爪に引っ掛けていたので,サンポは海の藻屑となってしまった。ばらばらになったサンポの欠片は,流れ着いた各地で数々の幸せをもたらしたという。ちなみにこの戦いに際して,ワイナミョイネンのカンテレも海中へと沈んでいる。

 なお,この戦いの後にワイナミョイネンは,夏に伐採した白樺,草原で歌う乙女の髪の毛,ホトトギスの口からこぼれた金と銀を用いて新しいカンテレを作成すると,以後愛用したという。ほかにもカレワラには,天空神ウッコの持つウコンバサラをはじめとする魔法の武具が登場するので,今後機会があれば,紹介するとしよう。

 

村雨丸

■■Murayama(ライター)■■
Murayamaの住むマンションでは毎週水曜日が「資源ゴミの日」なのだが,その日にゴミを出すと,必ず30分以内にゴミが消失するらしい。「どう考えても清掃局員以外の何者かが,俺のゴミを持っていっている」と語るMurayamaは,次の資源ゴミの日,気合をいれて張り込みし,ゴミ漁りの犯人を確認すると息巻いている。水曜日くらいが当連載の締切日なのだが,そちらのほうも張り切ってお願いします。ぜひ。

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