Illustration by つるみとしゆき |
1100年代に活躍したキリスト教の大司教アブサロンは,現在のデンマークの首都コペンハーゲンの発展に大きく貢献した人物である。当然愛国心が強く,他国が自らを賛美するために歴史や神話を編纂する中,デンマークにはそうした記録が残されていないことを嘆いた彼は,秘書のサクソ・グランマティクスに,デンマーク人の業績を書物にまとめるよう指示を下した。
サクソはこの一大作業に多大な労力を費やし,編纂には膨大な時間がかかった。結局,書が完成したのは次の大司教であるスネソンの代で,それがゲスタ・ダノールム(Gesta Danorum)と呼ばれる書物だ。
ゲスタ・ダノールムは全16巻,3部構成からなる書物で,日本では「デンマーク人の事績」という名前で呼ばれている。その中の第一部に当たる1〜9巻には,神話世界や英雄が活躍するエピソードが多く,ファンタジーファンには興味深い内容といえる。とくに魅力的なのは,「沈黙の王子」との異名を取る一人の戦士が登場するエピソードだ。
ゲスタ・ダノールムによると,ゲルマン民族にはヴェルムンドという王に率いられたアングル族と呼ばれる集団がいたそうである。ヴェルムンドは武勇に優れた賢い王で,あるときスクレップという名の古い剣を入手するが,彼はそれを使うことなく,地中深くに埋めてしまった。どうして埋めたのかは不明だが,あまりにも鋭い切れ味だったので,他者の手に渡ることを恐れたためであるとする説もある。
時が流れ,王にはウッフェという子ができた。だがウッフェの評判はあまり良くなく,口をきくこともなく,人々と交流もなく,ただ突っ立っているだけの子供だったという。 やがてヴェルムンドは,加齢とともに視力を失っていった。すると,これを好機と見た隣国は,王子同士の決闘を申し込んできた。視力の弱ったヴェルムンドは恐るるに足らず,さらにその世継ぎを消してしまえば容易に侵略できると考えたためだろう。もちろんウッフェの噂を聞いたうえでの,狡賢な策であった。
正面から決闘を申し込まれては断る訳にいかない。アングル族の多くの臣下は不安に駆られて口をつぐんだ。そのときウッフェは口を開き,これまで私が話さなかったのは,父があまりにも偉大だったために,自分が口を出す必要がなかったためであると告げたのだ。そして彼は,決闘の準備にとりかかったのである。
ウッフェは決闘の準備のために,屋敷にあった数々の剣を振るったが,彼の剣術に耐えられる剣はなく,どの剣もウッフェが振り回すと砕けたり折れたりしてしまった。そんなとき,ヴェルムンドはかつて埋めたスクレップを思い出したのである。
掘り出されたスクレップは錆び付いていたが,その切れ味は鋭く,ウッフェの豪腕を持ってしても刃こぼれ一つしなかった。ウッフェはスクレップを気に入り,決闘で使うことにした。
決闘当日,敵国の王子は国一番の剣士を従えて決闘の場所にやってきた。ウッフェはスクレップを手に到着したが,これを見た敵国は,これまでの噂とは異なるウッフェの振る舞いに驚愕を隠せなかった。
決闘が始まると,ウッフェは王子と従者の剣士を挑発した。相手側も,二人ならなんとかなるかもしれないと考えたのかもしれないが,それは大誤算に終わる。ウッフェはスクレップを振るうと,二人をたやすく斬り殺してしまったのである。資料によれば,そのときの切れ味は素晴らしく,敵を鎧ごと真っ二つにしている。錆びているにもかかわらず,それだけの力を発揮するとは,恐るべき剛剣である。
またウッフェがスクレップを振ると,歌うような唸りが聞こえたという記述もあり,目の不自由なヴェルムンドが,スクレップの唸りを聞いてほほえむシーンも存在する。
スクレップそのものについての記述は少なく,制作者などは不明だが,同書には北欧神話のオーディンなども登場することから,ひょっとすると優れたドワーフ達の手によるものなのかもしれない(北欧神話では,ドワーフは数々の優れた武器を作り出す存在として有名だ)。地中に埋めたという表現についても,地中で生活するドワーフ達に預けた/返したと解釈すると,(ファンタジーファンとしては)しっくり来るような気がする。