名著と呼ばれるファンタジー小説は数多くあるが,その中でもマイケル・ムアコック著の「エルリック・サーガ」を第一に挙げる人は少なくはない。日本では1984年11月30日に第一巻が刊行され,法と混沌の勢力の争いをバックボーンに,主人公メルニボネの皇帝エルリックの活躍を描いた作品だ。いわゆるヒロイックファンタジーっぽい印象を受けるが,本作は非常に退廃的で独特の世界観を備えており,そこが魅力でもある。
主人公のエルリックは極度の虚弱体質で,麻薬の力を借りなければ満足に生活できないほど。メルニボネの歴代の王は戦争を好んだが,エルリックは読書を好むなど異色の王であった。しかし,守護神であるアリオッチの手引きで入手した魔剣ストームブリンガーによって,数奇な運命を辿ることになる。
ストームブリンガーは血を欲する魔剣で,刺し貫いた相手の魂を吸い上げて所有者に与えてくれる。この魔剣の力のおかげでエルリックは,虚弱体質であるにもかかわらず数々の戦いを生き抜くことができた。だが,その代償として,ストームブリンガーは戦いの最中にエルリックの親友や最愛の人を貫いてしまうのだ。剣なくしては戦えず,剣を使えば近しい仲間を殺してしまう……そんな魔剣の仕業に絶望したエルリックは,安住の地を求めて放浪し,ストームブリンガーを封印する。
しかし運命は,エルリックに安住の地など与えてくれはしなかった。ようやく見つけた安住の地で暮らすことになったエルリックだったが,その土地を襲撃する者達が現れ,エルリックはストームブリンガーの封印を解いて戦うことになってしまう。そしてまた生き永らえる代償として,ストームブリンガーは近しい者の命を奪っていくのだった。物語の最後では,混沌と法の勢力の壮大な戦いが勃発するが,エルリックの持つストームブリンガーはエルリック近しい者ばかりか,エルリック自身の命さえも奪ってしまう。この結末にはショックを受けた読者も多いことだろう。もちろん筆者もその一人である。
Illustration by つるみとしゆき |
文中で描写されるストームブリンガーは,真っ黒な刀身にルーン文字が刻まれた大剣であり,どちらかというと禍々しいイメージで紹介されている。特筆すべき能力といえば,刺し貫いた相手の魂を吸い上げ,所有者に与える部分だろう。そのためストームブリンガーが大剣であるにも関わらず,虚弱なエルリックが軽々と振り回したり,多数の敵を同時に斬り伏せたりと,戦士としてすばらしい活躍をみせている。またストームブリンガー自身が意思を持っているようなシーンも多く,捨てたり封印したりしてもなぜかエルリックの手元に戻って来るし,剣が殺戮を望んでいるときに鞘から抜き放つと,剣が喜んでいるかのようで重さを感じることがなかった,などの記述も見られる。元来,武器とは使われるものだが,ストームブリンガーは持ち主との主従関係が逆転しているかのようだ。
エルリックがこの剣を振るって活躍するときは,エルリックの意思に反して近くにいる仲間を貫いてしまうことも多く,その生命力をエルリックが得ることで窮地を脱することも多い。そのたびにエルリックは絶望の淵へと落とされることになる。虚弱であるがゆえに魔剣に頼らねばならず,魔剣を使えば最愛の者達が死ぬ……こうしたジレンマが,本作での大きな魅力といえそうだ。
なお,一度抜かれると血を吸うまで鞘に納まらない剣としては,ティルフィングが有名だが,実はストームブリンガーはティルフィングをモデルにしているという説もある。
ちなみに物語中ではストームブリンガーと対をなす剣として,モーンブレードが登場する。こちらはエルリックの従兄弟であり,王位簒奪を狙ってエルリックと戦ったイイルクーンが振るっている。異次元を舞台にしたストームブリンガーとモーンブレードの戦いは読み応えがあるので,興味があるならご一読いただきたい。
また「エルリック・サーガ」はエターナルチャンピオンシリーズの代表作であり,ほかには「エレコーゼ・サーガ」「紅衣の公子コルム」「ルーンの杖秘録」「ブラス城年代記」などがある。それぞれ魅惑的な武器が多数登場するので,ほかの武器については機会があれば触れてみるとしよう。