― 連載 ―


小烏丸(こがらすまる)
 平家の家宝「小烏丸」 

Illustration by つるみとしゆき
 源氏と平家は幾度となく争ってきた武家の名門である。これまでに源氏ゆかりの刀剣をいくつか紹介してきたが,源氏と剣を交えた平家にも武器が伝わっているに違いないと探してみた結果,やはり魅惑的な刀剣が見つかった。そこで,今回はその中でも代表ともいえる「小烏丸」について紹介していこう。
 桓武天皇の在位中には,数々の不思議なことが起こっていた。まず一つは内裏で修行をしていた法師の目の前に,天から一つの鎧が降ってきた。この鎧を調べると,唐皮(虎皮)の鎧という不動明王の七つの鎧の一つであったという。それから1週間後,桓武天皇が東の空を眺めていると,どこからともなく1羽の大きな鴉が飛んできた。
 これは何か吉兆に違いないと,桓武天皇は鴉を呼んだ。すると鴉は桓武天皇の側に降り立ったのだが,なんとその大きさたるや2.5メートル近くもあり,足は3本もあったのである。3本足の鴉といえば神道における神の化身である。桓武天皇が驚いていると,巨大な鴉は「我は伊勢神宮より使者として参った」と話し,何度か翼を動かすと一振りの剣を残して飛び立ってしまった。桓武天皇は剣を拾い上げると,その出来の良さに感心し,大きな鴉が置いていったので小烏丸と名付け天皇家の家宝としたという。

 平家に授けられた「小烏丸」 

 小烏丸はしばらくの間は天皇家に保管されることになったが,やがて平家の平貞盛に授けられる。小烏丸を手にした平貞盛は,平将門や藤原純友の討伐で活躍し,小烏丸は平家の代々の宝として受け継がれたという。だが,1185年3月24日に起こった壇ノ浦の戦いで,源氏の猛攻を受けた平家は滅亡。小烏丸も海中に消えたという。
 しかしこれで終わりではなかった。それから年月が経ち江戸時代になると,伊勢家が小烏丸を保管していることが分かったのである。どうした経緯で平家の小烏丸が伊勢家に伝わったのかは不明だが,一度徳川家に献上され,徳川家光によって伊勢家に返却され,明治時代に平知盛の子孫である宗重正の手に渡っている。こうして長い時を経て,小烏丸は平家の手に戻ってきた。宗重正は長い年月によって痛んでいた小烏丸の補修を行うと,1882年に天皇家に献上している。おそらく,自分の先祖が天皇家から預かったものをようやく返すことが出来たとの思いがあったのだろう。現在では皇室の宝として東京国立博物館に保管されているという。

 個性豊かな「小烏丸」 

 小烏丸は,長さが62.7僉と燭蠅1.2冂度の剣だという。普通の日本刀とは異なり,小烏丸は反りのある刀でありながら,切っ先は両刃で峰の中程まで刃がついている。小烏丸は先端が両刃であることから刺突にも向いており,反りがあることから切断にも向いているとのことで,幅広い用途に適した刀といえそうだ。この独特な形状は,一説には直刀から曲刀への過渡期に生まれた剣であるためとする説もあるが,真偽のほどは定かではない。
 小烏丸の独特のフォルムには魅了される人が多い。切れ味を示すようなエピソードはないものの,神から遣わされた剣が今日も存在するというのは(真偽はともかく),非常に興味深いものである。



■■Murayama(ライター)■■
お酒を持って公園でパターゴルフ,という休日の過ごし方が気に入ってきたらしいMurayamaは,このお盆休みに前回と同じメンツで再び公園へ。全員がひどく虫に刺されたほか,子供達と一緒に噴水に飛び込む者1名,失踪者1名という甚大な被害を出した,惨憺たるツアーに終わったらしい。本当に逮捕されそうな酔っ払いぶりですね。