Illustration by つるみとしゆき |
北欧神話の主神であるオーディンの末裔に,スヴァフルラーメ王という人物がいた。彼はドヴァリン,ドゥリンという二人のドワーフを脅迫し,決して錆びることがなく,石や鉄をやすやすと切断し,さらに戦いに勝利する剣を作らせようとした。スヴァフルラーメ王は「剣を作らねば殺す!」と脅迫していたので,ドワーフ達は仕方なく注文通り,ティルフィングという名の剣を作った。
が,ドワーフとしては自分達が望んで鍛えた剣ではなかったので面白くない。そこでティルフィングに"鞘から抜くたびに必ず一人の命を奪い,三度まで望みをかなえるが,やがて持ち主も破滅する"という呪いをかけたのだった。
ちなみにティルフィングの形状に関しては記述があまりなく,一般的には,決して錆びない両刃の剣で柄は黄金で出来ていたといわれている。また,鞘から抜かれると刃はギラギラと異様なまでの輝きを見せていた,刀身にはルーン文字が刻まれていた,などとしている資料もあるようだ。
前述したように,最初の持ち主は依頼主であるスヴァフルラーメ王である。彼はティルフィングの力によって数々の戦争に勝利した。しかし,あるときアルングリムという男が率いる軍と戦うことになり,スヴァフルラーメ王とアルングリムは一騎打ちをしたが,なんとティルフィングはアルングリムの盾で滑ると,地面に突き刺さってしまったのだ。スヴァフルラーメ王の手からティルフィングが離れたのを見たアルングリムは,ティルフィングを地面から抜き,スヴァフルラーメ王に斬りかかった。こうして第一の所有者は命を失うことになる。
ティルフィングはアルングリムのものとなり,以後アルングリム家で災厄を巻き起こすことになった。アルングリムは後継者に恵まれず,失意のうちに死去。ティルフィングは長男のアンガンチュールが受け継いだが,アンガンチュールも早々に戦死してしまった。呪いの力を恐れたためか,ティルフィングはアンガンチュールの亡骸と共に埋葬された。だが,ティルフィングがこのまま地中に封印されることを拒んだのか,アンガンチュールの娘であるヘルヴォールはアンガンチュールの墓に向かうと,ティルフィングを掘り起こしてしまった。
さらに,ティルフィングはヘルヴォールの次男ヘイドレクのものとなったが,剣の魔力で凶暴化したヘイドレクは兄を斬り殺したばかりか,敵には非情をもって戦う狂気の戦士/王として君臨し,戦う相手がいなくなると今度は味方を裏切ったといわれている。そんなヘイドレクも暗殺者の手にかかり,ティルフィングはヘイドレクの二人の息子に受け継がれたが,この兄弟もティルフィングの所有権をめぐって争い,国を揺るがす戦争になってしまった。以後,北欧神話ではティルフィングの名前は見ることがなく,行方は定かでない。
ヘイドレクがティルフィングを所有していた頃,ゲッツムブリンドという男は,ヘイドレクを無力化してほしいとオーディンに祈りを捧げた。するとオーディンが現れて,ゲッツムブリンドの代わりにヘイドレクと対決してくれることになった。
オーディンはゲッツムブリンドに変身して,ヘイドレクの父たるヘルヴォールに知恵比べを挑んだ。意外なことにヘルヴォールは賢く,オーディンのどんな質問にも答えてしまったのだ。この謎かけは決着がつかず36にも及んだが,オーディンは知恵比べに勝つため,人間が知るはずもない神々の世界での出来事を出題した。しかしヘルヴォールは,知恵比べの内容から目の前にいる人物が人間ではないことを悟ったため,ティルフィングを抜くと襲い掛かった。さすがのオーディンといえどもティルフィングを相手に戦うのは危険だと判断し,猛禽類(鷹/鷲)に変身して飛び去ってしまった。結局知恵比べでは決着がつかず,腹を立てたオーディンは暗殺者を送り込んでヘイドレクを殺してしまったという。
なお,オーディンはティルフィングから逃げるときに猛禽類(鷹/鷲)に変身して飛び去ろうとしたが,そのときに尾が切り落とされてしまったため,現在の猛禽類の尾は短くなっているそうだ。
一つの剣を複数の人間が受け継いで使うという例はあるが,ティルフィングほど多くの人々に受け継がれ,災厄をまき散らした剣は少ない。唯一アンガンチュールの娘であるヘルヴォールは破滅の運命から逃れたようにも見えるが,彼女が息子に剣を渡してしまったため,弟が兄を殺すという,母親としては絶えられない苦しみを味わっており,彼女も呪いの被害者といってよいだろう。単なる呪いだけでは一代で封印されてしまう可能性もあるが,ティルフィングに関する資料を見ていると,まるで剣自身が意志を持ち,所有者を探し求めているようにも見える。
これは余談だがマイケル・ムアコックのエルリック・サーガに登場する魔剣ストーム・ブリンガーは,ティルフィングがモチーフになっているとの話もある。