
光神バルドル 
![]() | Illustration by つるみとしゆき |
彼が住んでいたブレイザブリク(Breizablik)と呼ばれる館は,不浄な者は入れず,決して災いが起こらなかったという。なおブレイザブリクというネーミングは広がる輝きという意味であるらしい。
神々しさという点においては,主神であるオーディンを凌ぐほどのバルドルだったが,彼のエピソードに華々しいものはなく,唯一のエピソードは彼が死んでしまうという,非常に悲しいものとなっている。しかも,それが原因となって,神々の最終戦争であるラグナロクが始まってしまうのだ。
無敵のバルドルと宿り木 
バルドルは不吉な夢を多く見るようになったので,父オーディンと母フリッグに相談してみた。そこで主神オーディンは冥界の巫女に会い,この夢について尋ねてみることにした。すると,バルドルが死んでしまう運命にあり,これは避けられないと予言されてしまった。母である女神フリッグは,この逃れられないという残酷な運命を変えようと努力した。そこで彼女は世界中の生物/無機物など,あらゆるものがバルドルに害を与えなければ助かるに違いないと思い,すべてのものから「バルドルを傷つけない」との誓約を取り付けてしまった。こうしてバルドルは無敵の神になってしまう。剣で斬りつけようとも,病気を投げかけようとも,まったく無害で平気なのである。
しかし,この光景を見て不満を持っている者もいた。それが,北欧神話で奸智に富みトリックスターとして知られるロキだ。ロキは得意の変身能力で女性に姿を変えると,フリッグに近づいて「本当にバルドルは無敵なのでしょうか? 本当にすべてのものから誓約を取り付けたのですか?」と質問した。フリッグは,「実は神々の住むヴァルハラの西に生えていた宿り木だけは,まだ幼すぎて誓約をとれなかったのですが,宿り木が敵対することはないので,安心でしょう」と話してしまった。
これを聞いたロキは急いでヴァルハラの西に向かうと,宿り木を引き抜き,それを持って盲目の神であるホズに渡して,「きみも皆と同じように何かをバルドルにぶつけてごらん? きっと彼は無傷だし,怪我をしないことでバルドルの名声は高まるはずだ」と囁いた。この言葉を信じたホズが宿り木の枝を投げると,その枝は槍に変化してバルドルに命中した。多くの神々が見守る中でバルドルは宿り木に貫かれ,死んでしまう。
ここで登場するバルドルを刺し貫いた宿り木こそが,ミストルテイン(Mistletainn)である。宿り木の名前なのか,それとも武器の名前なのかは不明だが,神話中ではミストルテインの槍によってバルドルは貫かれたとの記述がある。ただし,これには諸説あり,槍ではなく剣や矢と記述する場合もあるようだ。
バルドルの復活(?)とラグナロク 
バルドルが死んでしまったことで,神々は意気消沈してしまった。が,神々は話し合ってバルドルを復活させようと考えた。オーディンの息子の一人であるヘルモーズは,オーディンから八本足で恐ろしいまでの速度で走る馬スレイプニールを借りると,冥界の女王ヘルに会いに行き,バルドルを返してくれるように交渉した。ヘルは,世界中のあらゆるものがバルドルの死を悲しみ,生還を願うのであればバルドルを冥界から返してやろうと話した。ヘルモーズは,この知らせを持って神々の元へと戻り,この知らせをあらゆるものに伝えた。すると神々はもちろん,動植物,石など,ありとあらゆるものがバルドルの生還を願ったようにみえた。が,結局バルドルは戻ってこなかった。世界でただ一人,ロキだけが嘲笑っていたからである。
こうしてバルドルは帰らぬ人(神)となり,光り輝く神を失ったことで世界は暗雲に包まれ,やがて神々の最終戦争であるラグナロクへと突入していく。バルドル自身に逸話が少ないのは残念だが,これだけ愛された神は珍しく,またその悲劇によって世界が破滅へと向かっていったことを考えると,バルドルこそが主神だったのかもしれない。





