当連載では以前,獅子と猛禽類の合成獣であるグリフォン(Griffon/Gryphon)に触れて,幾つかのエピソードを紹介したが,今回はその亜種であるヒポグリフ(Hippogriff)にスポットを当ててみよう。
ヒポグリフは,上半身は猛禽類,下半身は馬という姿のモンスターである。要は,グリフォンの下半身が馬になったものだ。そのため,攻撃手段もグリフォンと似ており,かぎ爪やクチバシなどが武器となる。
グリフォンに比べると,ややマイナーなモンスターであるものの,小説やゲームでも,その姿は確認できる。最近では「ハリー・ポッターとアズカバンの囚人」に登場したバックビーク(ウィザウィングズ)という名のヒポグリフが有名だろう。
同作では,ヒポグリフは誇り高いモンスターとされており,じっと目を見てお辞儀をし,挨拶を返されたあとでないと,乗ったり触ったりできないとされている。体毛を引っ張られることも嫌っているようだ。物語中では,ドラコ・マルフォイがヒポグリフを軽んじたために,手痛い目に遭ってしまっている。
ほかにも,アラビアンナイトでは真っ黒い駿馬に羽根が生えたヒポグリフが登場しているし,ゲームでは,ファイナルファンタジーシリーズや,「悪魔城ドラキュラ」「WYD2」などにも登場している。
ヒポグリフが生まれた経緯については諸説あるが,おそらく原点となるのは,古代ローマの詩人ウェルギリウスの叙事詩「アエネイス」に登場した「Jungentur jam grypes equis」という文章だろう。これは,馬肉を好物とするグリフォンと牝馬を交配させることは困難であることから,「不可能」という意味で使われていた。とはいえ,この時点では単に不可能を示す表現でしかなく,ヒポグリフというモンスターは生まれてはいなかったようだ。
時代は移って16世紀初頭。ようやくヒポグリフというモンスターが生まれることになる。ウェルギリウスの言葉を受けたのかどうかは不明だが,ルドヴィコ・アリオストの叙事詩「狂えるオルランド」に,おそらく史上初と思われるヒポグリフが登場しているのだ。
それによるとヒポグリフは,グリフォンが牝馬に生ませたモンスターで,猛禽類と馬を合成させたような姿をしている。生息地は氷に閉ざされた北方の山で,魔術師アトランテス,女騎士ブラダマンテを経て,最終的には英雄ロジェロの騎馬となった。アンジェリカという乙女の救出劇に力を貸したり,ロジェロを乗せて月まで飛行したりと,叙事詩の中では大活躍を見せている。
なお,ヒポグリフというネーミングは,馬を示す「ヒポ」(Hippo)と,グリフォン(Griffon)を合成したものだ。「ヒポ」は,ファンタジーテーマの物語や神話ではしばしば登場する語で,ペガサスが作った湖はヒポクレネだし,ポセイドンら海神が騎乗する馬もヒポキャンパスと呼ばれている。