人間にとって危険な生物といえば,熊やライオンなどの肉食獣や,毒蛇をはじめとする有毒生物を連想する人が多いだろう。広い意味での「毒を持つ生物」は,肉食獣よりも広範囲に棲息しており,その毒は獲物の肉を溶かしたり,神経を麻痺させたり,短時間で死に至らせるほど強力なものもある。
そうした毒の脅威は,古くから知れ渡っており,毒を持つ生物はたびたび神格化/怪物化されてきた。今回紹介するバジリスク(Basilisk)も,そうした流れの中で生まれたモンスターといえるだろう。
バジリスクは,猛毒と石化能力を持っているとされる爬虫類で,容姿については蛇のようであったり,トカゲのようであったりと,言い伝えや記録によってまちまちである。中には4対の足(つまり8本足)を持ったものや,頭頂部に「王冠のような模様」や鶏冠(鶏のとさか)を付けている例もある。
大きさについても,そのへんのトカゲと変わらぬ小さなものから,ゲームのボスキャラとして登場しそうな巨大なモノまで,さまざまだ。
バジリスクを特徴付ける能力は極めて恐ろしいもので,その体からしみ出る毒液によって,植物は枯れ,大地は荒廃し,あらゆる生物が死んでいくという。
伝承などでは,ある騎士がバジリスクと戦ったところ,命中した槍を通して毒に侵されてしまい,即座に死んでしまったというのだから,恐ろしい。
またバジリスクの視線には石化能力が備わっており,視線を合わせた者は石像と化してしまう。距離をとれば視線による石化,接近すれば猛毒による攻撃,武器で殴っても毒の危険性があるのだから,バジリスクは極めて危険なモンスターと言えるだろう。
バジリスクというネーミングは,ギリシャ語で「小さな王」を意味するBasiliskosが語源となっている。しばしば「蛇の王」と呼ばれることがあるのは,このためだ。
古い文献では,プリニウスの記した「博物誌」に登場する。それによると,バジリスクは30センチほどの蛇の一種で,頭には王冠を連想させるような白い模様があり,北アフリカに棲息するとされている。また,「シューッ」という威嚇音を発したり,息を吹きかけるだけで人を殺したりもしたそうだ。
どうもこれらの特徴を考えると,バジリスクの正体はコブラだったのではないか,とも思える。事実コブラは背に模様を持つものが多いし,毒を吐き出すものもいる。プリニウスは,コブラのことをバジリスクとしていたのかもしれない。
また時代が進むにつれて,バジリスクは石化能力と,大きな体を獲得したほか,中には炎を吐くとされるものまで現れた。さらに,同じように石化能力を持つ「コカトリス」と同一視されることもあった。バジリスクは時代と共に変貌してきたのである。
以上のように,まさに蛇の王と呼ぶに相応しい強さを備えたバジリスクだが,意外な弱点がある。それは「イタチ」だ。
もしもバジリスクを見つけたら,そこにイタチを放り込んでみるといい。するとバジリスクとイタチは争い始め,毒気に当てられたイタチは死ぬものの,イタチが最後に発する臭気によって,バジリスクも倒れるという。また一説によると,ヘンルーダという薬草は,バジリスクの毒気に当たっても枯れなかったという。ヘンルーダには,バジリスクの毒に対する特効薬としての効果があるかもしれない。