「モンスター」という言葉は,異形のものを指すだけではなく,しばしば巨大な存在に対して使われることもある。剣と魔法の世界に登場する生物の中には,クラーケン,シーサーペントなどを筆頭に,ジャイアントやラージといった冠詞を持つスコーピオン,ラット,スパイダーなど,一般的な生物を巨大化したものが多数存在する。小さければ取るに足らない存在も,巨大であれば圧倒的な攻撃力を持つのだから侮れない。ここではそうした中から,ロック鳥(ロック,Roc)を紹介してみたい。
ロックは,鷲や鷹のような猛禽類を巨大化したモンスターである。その大きさたるや,象をエサとするほど。象をひとつかみにして飛べるほどの巨体を誇っているのである。
攻撃方法はかぎ爪による鷲づかみや,くちばしによる突きとなるが,それに加えて,翼のはばたきによって強風を発生させる点も厄介である。強風の前では弓矢の効果も弱くなるし,巻き上げられた砂塵などにより,視界が奪われることもあるだろう。
巣や縄張りに近づくものには容赦なく襲いかかるので,ロックのテリトリーへむやみに近づくのは危険である。
もっとも,ロックは巨大であることから,遠方からでも視認しやすく,また羽ばたきの音量もかなりのものなので,事前に姿を隠すチャンスくらいはあるだろう。ただし,猛禽類の目は非常に良い。実際の鷲でも,高度1500メートルから地上のエサを捕捉できるというのだから,音を聞いてから隠れたのでは手遅れかもしれない……。
なおこれは余談であるが,生物学的に,鷲と鷹には明確な分類方法があるわけではなく,大きいものを鷲,小さいものを鷹と呼ぶだけなのだそうだ(クジラ/イルカと同じ)。この理屈でいけば,ロックも鷲ということになるのかもしれない。
ロックはアラビアの伝承に登場する巨大な猛禽類で,インドに棲息していたと伝えられている。ロックが登場する物語といえば,やはり「アラビアンナイト」が有名だろう。
シンドバッドの船がロックに襲われたり,インド洋上の孤島に上陸した際,入り口のない巨大な「白い家」だと思っていたものが,実はロックの卵だったり,島から脱出するとき,シンドバッドが自らをロックの足に縛り付けて飛んでいったりと,さまざまな場面でロックが登場している。
史実では,マルコ・ポーロが著した「東方見聞禄」に,ロックの名を見ることができる。1294年に彼がマダガスカル島に立ち寄ったときに,現地の人から「翼を広げれば昼であっても闇に覆われ,かぎ爪の一蹴りで象をも殺す」という鳥の話を聞き,一枚の大きな羽を贈られた。マルコは,それがロックの羽だと確信したという。
といっても,実際には,贈られた羽は芭蕉の葉を乾燥させて作ったものだったという説が有力だ。また,ここでマルコ・ポーロがロックだと考えた鳥は,当時現地に棲息していた,エピオルニスという鳥であったのではないか,と言われている。
この鳥は体長3メートル以上のヒクイドリのような走鳥で,卵の大きさもダチョウのそれの倍近くあったという。現在も棲息していれば,世界最大級の鳥であるが,残念ながら19世紀には絶滅してしまったらしい。
猛禽類を大きくするという単純な発想だけに,類似した巨鳥伝説は世界各国に存在している。中国の鵬,ネイティブアメリカンの間で信じられているサンダーバード,ペルシャのシームルグなども,ロックとよく似た存在である。
なお,チェスには縦横無尽に移動できるルークという駒があるが,実はルークはロックがモチーフになっているという説がある。ほかにも,眉唾な話を指して,Roc's Eggなどと比喩することもあるらしい。ロック鳥にまつわるエピソードを思うと,実に興味深い話である。