Deus Exは,FPSスタイルを採用したアクションRPGである。舞台となるのは,西暦2052年という,SF的時間スケールの中では比較的近い部類に入る未来の地球(主にアメリカ)。プレイヤー演じる主人公のJ.C.Dentonは,国連機関反テロリスト連合(UNATCO)のエージェントで,ナノテクノロジーを応用したサイボーグ・エージェントだ。
Deus Exの時代設定は,「AKIRA」や「ブレードランナー」に始まり,「ニューロマンサー」などのサイバーパンク小説が決定づけた,“技術は発達しているが人心は荒廃している”というデストピア系の世界に属する。最新テクノロジーを投入されたサイボーグが国連に所属するエージェントとして活動しなければならないほど,テロが横行しているというわけである。物語は,テロリスト集団NSFが自由の女神像とリバティーアイランドを占拠したところから始まる。J.C.は,NSFを排除し,彼らが奪ったウィルスワクチンAmbrosiaの行方を追うことになる。
システム面での特色は,まず,一つのミッションをクリアするまでの過程で,複数のルートをたどれるということが挙げられる。当時としては画期的なことで,例えば最初のミッションの場合,単純にテロリストを全員抹殺するか,全員気絶させるか,もしくは極力戦闘せずスニークで解決するか,と3パターン選べる。
Unrealエンジンが採用されており,マップは広大で,ルートも複数ある。どうやって自由の女神の最上階にいる主犯格のところまでたどり着くかは,プレイヤー次第で,通らなくていいところも多数あるのだ(もちろん,そういうところにアイテムがあったりするが)。
J.C.の能力のアップのさせ方は,実にSF的である。“ナノテクカプセル”を身体の各所にインストールすることで,眼にサーモグラフィ機能を持たせたり,放射能に対する耐性を高められたり,移動時の静穏性を高めたりと,新たな能力を獲得できるのだ。インストールさえ間違えなければ,最終的には戦闘重視のパワー型か,静音性重視のステルス型に,J.C.を強化できる。
本作には,スキルという要素もある。コンピュータへのハッキングや,鍵開けのピッキング,そして水泳など10種類以上あり,スキルポイントを消費することで,各種スキルのレベルを上げていける。レベルは4段階あり,レベルが上がるほど,より精度が高くなったり,作業に要する時間を短縮できたりする。
このスキルポイントは,海底に沈む船の中を探索するとか,隠された部屋を調べるなど,達成するのにプレイヤーの技量が問われるアクションを行うことで,得られる仕組みだ。敵を倒して経験値を得るシステムではないので,一般的なRPGのように,ザコ敵をひたすら倒す必要はない。
さて,肝心のストーリーに話を戻そう。自由の女神からNSFを排除すると,次はNSFを追ってニューヨーク周辺のNSFの拠点を襲撃していく。その後,地下へ潜ったり,拠点のビル内に潜入したりと奮闘するわけだが,行方不明だった兄Paulとの香港での再会が,J.C.の運命を大きく変えることになる。国連機関のUNATCOさえも操るという,影の組織のことを知らされるのだ。しかもその兄は,密かにセットされていた自爆装置のスイッチを入れられており,刻々と死が迫っているという状況。兄を助けるためにUNATCOを裏切る道を選んだJ.C.。そこから,真の戦いがスタートする。
このあとは,香港,ニューヨーク,パリなど,J.C.は世界を股にかけて戦いを繰り広げていく。どんどん話が大きくなっていくので,ここはぜひともプレイしてもらいたいところだが……。本当に,日本語版を手に入れるのが非常に難しい状況なのが惜しまれるところである。英語でもOKという人は,5年経った今でも古くささを感じさせないゲームなので,ぜひとも取り寄せてもらいたい!
筆者が,本作のどこを気に入っているかというと,やはりきちんとSFゲームとして成立しているところだ。とくに,ナノテクカプセルをインストールすることで,新たな能力を獲得できる仕組みが面白かった。
今でこそ化粧品の宣伝文句にすらナノテクなんて言葉が入っていたりするが,5年前は筆者のようなSF野郎か科学好きじゃなければ,それほど頻繁には聞かない言葉だった。だから,それがサイボーク・エージェントのシステムだとしても,ゲームの重要な要素になっているだけで,SFっぽさを十分感じさせたのである。
また,SFらしさという点では,このゲームならではのスキルもいい感じだったといえよう。ハッキングとか,エレクトロニクスなんてスキルを活用できるゲームは,当時そうそうなかった。
ハッキングといっても,監視カメラをコントロールできたり,ドアを開けられる程度なのだが,その大したことのなさ(ゲーム中では重要なのだが)がかえってリアルな感じがしてよかったのではないかと思う。
それから,SFとは関係ないのだが,Unrealエンジンによる3Dで構築された広大なマップも気に入っていた要素の一つ。元々,Unrealエンジンの色づかいは大変好きなのだが,それに加えて,街など舞台となる場所が生き生きと描かれていた点が,とても気に入っている点だ。
細かいところにもいろいろと仕掛けがあって,端末からニュースを得られたりとか,凄く生活感があった。しかもRPGらしく,素通りしてしまっても問題ないけど,発見すれば得するシークレットエリアなどもしっかりあり,冒険する楽しさも味わえたのである。
しかし,この作品をプレイして味わった感情で,最も脳裏に焼き付いているのは,中盤以降に単独行動が増えることで感じたハードボイルドな哀愁である。
パリで,協力者の若い女性を置いて先へ進むことになったときは,古城という舞台も一役買っていたのか,どうにも哀愁を感じてしまった。
そして,なんといっても,未だに「ジェイシーッ!!」と叫びたくなってしまうほど衝撃的だったのが,ラストのラスト。マルチエンディングなのだが,その中で唯一気に入っているラストが,もうたまらない気持ちにさせてくれ,思わず本当に主人公の名を叫びたくなってしまうのである。ああ,私もこんな孤独なヒーローとしてビシッと決めてみたい,なんて思ってしまう。
国産の,お子さま向けのキャラクター最優先で作られたSF RPGは,個人的にはどうも苦手である。もう少し,大人が楽しめるものを出しても成り立つ市場というのがあればいいんだけど,難しいのは誰もが知るとおりである。それを考えると,Deus Exは,日本語化されたPCゲームとして非常に貴重な作品だったと思えるのだ。