ファンタジー世界に,ゴブリンは賢くないとか,エルフは寿命が長いといった設定/お約束があったり,“魔法”が存在したりするように,武侠世界にも,独特のルールがある。これらを理解していないと,武侠世界に没頭することは難しいだろう。逆にいえば,ひとたび理解したならば,多くの人がこの世界に没頭してしまうはずである。
本作には,武侠好きの心をくすぐるシステム/仕組みが多い。結果として,武侠ファンにとって,実に没頭しやすいゲームになっているのだ。
武侠世界には,“内力(内功)” “軽功” “点穴”という言葉がある。内力はいわゆる“気”の力だ。まぁ,これが優れた人ほど大きい“カメハ○波”を作り出すことができて,放てる回数も多いといった感じである。また,この内力を使い,傷の回復を行うこともできる。
本作では,攻撃に特化した特殊な技“招式”と,回復や戦闘補助系の技“絶学”というものがあり,各技を使用するたびに,内力を消費していくという形で表現している。少々おおざっぱだが
- 招式=攻撃魔法
- 絶学=補助系魔法
- 内力=マジックパワー(魔法使用時に消費する)
と考えると多少は分かりやすいと思う。大抵のRPGで攻撃魔法や補助系魔法が一種類ではないように,本作も招式や絶学は複数存在する。
軽功は,RPGでよく使われる言葉に置き換えると,“敏捷性”といったところ。ただし,武侠世界の場合はただ素早いだけでなく,この軽功が優れている人は,常人ではあり得ない跳躍力を発揮したりする。中国映画などで,よく人が飛んでいるように見えるのは,この軽功を表現したものだ。
本作では,この値が高いと,招式や絶学を放つまでの時間が短くなるので,単純に敏捷度的な扱いといえる。だがイベントシーンには,ありえない高さのジャンプをしている場面もあるので,「こんなに跳べるわけないだろ!」的なツッコミはせずに「軽功が優れているんだな」と思ってもらいたい(むしろこの表現自体がウリ)。
点穴は,特定のツボを突いて経脈を遮断する技。これにより,相手の動きを封じ込めたり,毒の循環を防いだりできる。簡単にいってしまえば,「北斗の拳」でいうところの“秘孔”みたいなものだ(順番としては当然武侠が先で,北斗の拳のほうが影響を受けているのだろうが)。
本作では,敵の動きを封じる招式と,動きを封じ込められた味方の点穴を解除する絶学があり,これらもしっかりと表現されている。
戦闘はオーソドックスなコマンド選択式だが,戦闘中の時間はリアルタイムで進行する。キャラクターごとに行動力を現すゲージがあり,このゲージが溜まると,プレイヤーのコマンド入力が可能となるのだ。
行動するとこのゲージが減り,再び溜まるまで行動できない。また,招式や絶学は技ごとに発動するまでの時間が決まっており,大技になればなるほど時間がかかるが,これも軽功の値によって変化する。
たとえ悪人であっても,弱者へはそれなりの配慮をするといった独特の考え方が,武侠世界にはある。日本語なら,やはり侠の字を使う“任侠”が近いのだろうが,武侠物語の登場人物達は,武術の腕に明らかな差がある場合,強いほうの人間が勝つこと自体を恥とし,そもそも本気では戦わないのである。
この要素も,本作にはしっかりと盛り込まれている。どのようになっているかというと,戦闘時に「勧」というコマンドがあり,相手に逃げることを勧められるようになっているのだ。武侠世界ではこの考え方が当たり前で,極悪人を追い詰めたとしても,武力で打ちのめすことはせず,改心するように説き伏せるといった場面が多く見られる。ゲームを進めるうえで重要なシステムではないが,世界観の演出として機能しているので,このシステム一つで武侠好きな筆者はニヤリとしてしまう。
さらに,技の融合方法でも武侠っぽさが発揮されている。
本作では,“秘笈”と呼ばれるものを融合することで,独自の技を編み出せる。この秘笈はNPCからの依頼をクリアすることで入手できるのだが,依頼主の門派によって,異なったものをもらえる。面白いのは,この融合が“霊光”という光が当たった特殊な場所でしか行えないところ。通常のRPGでは,戦闘時以外であれば,いつでもこの手の作業をできることが多い。だが,本作ではあえて場所を限定しているうえに,その場所も少ない。これは,独自の武芸を編み出すためには膨大な集中力を必要とし,そうそう簡単にはなしえないという武侠世界のお約束を表現していると思われる。
この制限は,ゲームを進めるうえで必ずしも必要とは考えづらいが,いつでもどこでも手軽に技を編み出せてしまうと雰囲気が出ないので,これはこれで武侠っぽさの演出と言えるだろう。
システム的には随所に武侠らしさがあり,武侠好きがその世界観に浸れるように工夫されている。ただ,当たり前だが,システム的に世界観を演出していたとしても,ストーリーがしっかりしていないことには,なかなか感情移入できない。
本作は,その点も抜かりはない。なぜならストーリーの原作となっているのが,「中国語圏でその名を知らない人はいない」といわれている「金庸」氏の小説だからだ。
もちろんストーリーの面白い/面白くないは,好みによるところが大きいが,多くの人に支持されているということは,ある程度は面白さの指針になるだろう。金庸氏の作品は,日本を除くアジアで広く人気があり(ようやく日本でも氏の作品に触れやすくなり,徐々に人気を獲得している),ベトナムの議会では,金庸小説に出てくるキャラクターの名前を出しての罵り合いがあった,などという逸話が伝わってくるくらいに浸透している。
本来であれば,ここであらすじでも書きたいところだが,これがちょっと難しい。なぜなら本作の原作「神雕剣侠」(原題 神雕侠侶。全5巻/徳間書店刊)は,そもそも「射雕英雄伝」(全5巻/徳間書店刊)の続編であり,これを最初から説明していると,どれだけ簡単に書いても長くなりすぎてしまうのだ。
しかも,ゲーム版神雕剣侠のストーリーは,全5巻の原作のうち4巻の終わりの部分からスタートしている。よって,ここまでのストーリーを説明してしまうと,小説の4巻分のネタバレにもつながるわけだ。
そんなわけで,ここではあえてストーリーには触れないでおくが,本作をプレイするならば,より世界観に浸るためにも,原作をせめて4巻までは読んだおくことをお勧めする。こと本作においては,「書物なき部屋は魂なき肉体のごとし」ではないが,原作(+前作に当たる射雕英雄伝)を読んでいないと,大半の魅力が抜け気味だろう。
本作を,武侠/金庸という要素に触れずに説明すれば,3Dで描かれたフィールドを移動し,ランダムで発生する戦闘をこなしつつストーリーを進め,ポイントごとにボス敵と戦闘をするRPGである。プレイヤーは主人公の楊過を操作し,ベースとなるストーリーに沿ってゲームを進めていく。
……とまぁ,ゲームとしての“新しさ”は取り立ててなく,むしろ“懐かしさ”を感じるRPGである。だが,随所に武侠的な趣向を盛り込み,武侠好きの筆者を見事にその世界に没頭させてくれた。
確かに,ゲームとして洗練されていない部分が散見される本作は,両手を挙げて人に勧めるのは難しい。とはいえ,武侠という,日本ではまだ決してメジャーといえない世界観を味わえるという意味では,実に貴重な作品だ。
最近はさすがにないが,「RPG」がまだそれほど認知されていなかったころは,「RPGとはRole(役割)Playing(演じる)Game(ゲーム)の略で,まあ平たく言えば,“ごっこ遊び”みたいなものだ」なんていう説明がよく見られた。ごっこ遊びとして考えれば,その世界観を表現するツボを押さえている本作は,筆者にとっては十分満足できた。この武侠という世界観に興味を持っている人なら,プレイする価値のあるゲームだろう。