― 連載 ―

奥谷海人のAccess Accepted
2006年9月27日掲載

 カジュアルゲームによるマーケットの拡大に喜んでいたゲーム業界だが,実はさらに大きなマーケットがあり,そこに食い込むのはテレビなどで巨大勢力を築き上げてきた旧メディアではないのかという懸念が広がっている。メインストリームに背を向けてきたゲーム業界だが,やがてメインストリームに取り込まれてしまう運命にあるのだろうか?

 

メインストリームがゲームを食らう?

 

どこにでもゲームがある時代の到来

 

 しばらく前のことだが,コーヒーショップの列に並んでいたとき,後ろの男性から声をかけられた。筆者が着ていたTシャツの背中の文字,「The Sims Online」を見て反応したようで,しばらくゲーム談義に花が咲いた。その無精ひげの青年の話によると,彼はなんとか脚本家として自立しようとしながら,「The Sims 2」でストーリーを作ってネット上に公開しているという。
 また,先日のAustin Game Conventionのときに乗ったタクシーの運転手は,「Star Wars Galaxies」がリリースされて以来のアカウント所有者だった。筆者がゲームライターであると耳にするや,なぜか「今度ソニーの人に会ったら,昔のように戻してくれと言っておいてほしい」とよく分からない言づけを頼まれてしまった。
 最近,ゲームに関する話題が昔より身近に登場するようになった。筆者が業界の末端で仕事をしていることを知らない相手と話していても,ひょんなことからゲームの話題になったりする。上記のしがない脚本家とスター・ウォーズファンの運転手の例をひくまでもなく,アメリカではゲームが日常生活にごく普通に根付いたようだ。

 

カジュアルゲーマーを「一週間に10時間程度のプレイ時間」「年間のソフト購買額は2万円以下」などと規定すれば,「The Sims 2」からPCゲームを始めたような新規ゲーマーも,今では立派なコアゲーマーと言えるかもしれない

 カジュアルゲームに関しては,当連載第53回の「頭をもたげるカジュアルゲーム」をお読みいただきたい。記事は2005年のものだが,カジュアルゲームがアメリカゲーム業界の話題になりはじめたのは2003年頃だったろうか。Microsoftが運営していたMSN Gaming Zoneにフィーチャーされた「Bejeweled」が人気を博したのが2001年。「Age of Empires」や「Rainbow Six」のようなハードコアなゲームに比べても遜色ないほど熱中してプレイする人が続出したという。
 しかも,ポーカーのようなカードゲームやパズルを中心に女性のユーザーが50%を超えるなど,これまで考えてもいなかったマーケットの発見に業界は驚愕した。現在では,そうしたカジュアルなゲームが4億5000万ドル(約526億円)規模の“闇のマーケット”を形成していると考えられている。“闇”とは聞こえが良くないかもしれないが,つまり,20ドル程度でパッケージ販売されているカジュアルゲームならまだしも,オンラインゲームでは広告収入やホストサーバーとの契約金などといった見えにくい収支が多く,実態がつかめていないからである。
 いずれにせよ,アメリカのゲーム業界では,「いかに,新しいマーケットを取り込むか」が,ここしばらくの大きな話題の一つだった。

 

巨大メディアの侵略が始まった!

 

 ところが,ここへ来てまた“新しいマーケットの発見”がなされたのである。今,アメリカでは「まったくゲームをしない層」の出現が話題になっている。

 もちろん,新しいマーケットの発見とは皮肉を込めた言い回しで,つまり,長い間ゲーム業界は「まったくゲームをしない層」を気にせず,彼らをゲームに引き入れようという考えさえなかったというのだ。自らメインストリーム化への道を断っていたわけであり,「音楽を聴く」「映画を観る」と同じように,「ビデオゲームで遊ぶ」という行為に市民権を与える努力を怠ってきた。しかも,その問題解決の方法すらゲーム業界自身が握っていない可能性が高いと思われる。すなわち,このところ,巨大メディアのゲーム界進出がいちだんと目立ってきたのだ。

 

Disneyがホストする子供向けソーシャルネットワーキングサービス「Virtual Magic Kingdom」。メインストリームがゲームの良い部分だけを取り込んでうまく消化した一例といえるだろう

 その顕著な例がViacomだ。三大ネットワークの一つであるCBS(Columbia Broadcasting System)を筆頭に,MTV,Nickelodeon,UPNなど多数のチャンネルを抱えているほか,ビデオレンタルショップのBlockbusterや,全米で1400を超える映画館を運営するNational Amusements,そして書籍出版のSimon & Schusterなども傘下に収める巨大企業である。1990年代前半には,Simon & Schuster Interactiveを設立して教育ソフトを中心に展開していたが,彼らが本格的にゲームに目を向け始めたのは,つい最近のことである。
 まず,2005年末にViacom会長であるSumner Redstone(サムナー・レッドストーン)氏がMidway Gamesの保有株を大幅に増加させ,全体の88%を所有するに至った。Midway Gamesは1958年に設立された古参ゲームメーカーの一つで,ドイツで行われていたGames Conventionでの記者会見でも感じられたことだが,一頃よりかなり勢いを増しているイメージが強い。

 

 また,若者の間で確立しているMTVブランドを活用するため,今春にはゲーム専用のIMツール「Xfire」を1億200万ドル(約120億円)で買収したのも当連載で書いた通りである。Xfireは,市場のリサーチやターゲットを絞り込んだ広告にも利用できるため,音楽とゲームを融合させることにより,若者層にダイレクトにアプローチすることが可能になる。
 さらに,9月22日には欧米で絶大な人気を誇るライト系音楽ゲーム「Guitar Hero」の開発チーム,Harmonixを傘下に収めている。こちらも,1億7500万ドル(約205億円)という破格の現金取引で買収劇を成功させており,Viacomの強い意気込みが感じられる。去る3月にActivisionがGuitar Heroの販売会社であるRedOctaneを買収していたのだが,巨大メディアの「デベロッパの直接買収」の前には太刀打ちできなかった格好だ。
 このほかにも,子供向けチャンネルのNickelodeonは,Flashゲームを主としたWeb系カジュアルゲームを公式サイトにも力を入れている。

 

もはや,ゲームはゲーム業界だけのものでは
なくなったのだろうか

 

実は,まったくゲームをしない層が,ゲームがメインストリーム化するために重要な要素であることが分かりつつある

 ついに100億ドル(約1.2兆円)を突破したと言われるゲーム産業に目をつけているのは,Viacomばかりではない。Warner Brothersは,2004年にWarner Bros. Interactive Entertainmentを設立し,「No One Lives Forever」や「F.E.A.R.」などで知られるMonolith Productionsを傘下に収め,その創設者であるJason Hall(ジェイソン・ホール)氏をニューメディア部門の副社長に迎えている。Warner Brothersには「ルーニートゥーン」や「DCコミックス」といった知的財産もあり,今後それらは映画やゲームに深く活用されていくだろう。
 日本でもサービスが行われている子供向けオンラインゲーム「トゥーンタウン・オンライン」を成功させたDisneyも,近年かなりゲームに力を入れているようだ。シリーズ2本で700万本のセールスを超えた「キングダム・ハーツ」の成功で波に乗っているためか,「デスパレートな妻たち」のシミュレーションゲームを制作するといった冒険的なゲーム開発も行っている。なにより,「Virtual Magic Kingdom」というオンラインの遊び場を提供することで,アクセスしてくる青少年にディズニーの伝統を植え付ける「市場育成用メディア」として利用しているのが面白い。

 

2006年11月の「Guitar Hero 2」のリリースを前に,デベロッパのHarmonixがViacom傘下のMTVに買収されてしまった

 若者の多くがテレビを見るよりもゲーム機やPCの前にいる時間のほうが長くなったという統計もある。上に挙げたような“古いテレ・メディア”に精通していた巨大企業が,“新しいインタラクティブ・メディア”に目を向けるのは無理はないことかもしれない。世代は一つ古くなるが,もともとソニーやVivendiの業界参入も,そんな新時代の到来を敏感に感じ取っていたからなのだろう。
 興味深いのは,ViacomやDisneyが既存のゲームばかりではなく,ゲーム広告などの新しいビジネスモデルやオンライン技術に積極的に投資している点である。ゲーム屋がゲームを作る時代ではなくなりつつあるという現状は,ゲーム産業の内部で起きている変化ではなく,外にあるメインストリームからゲーム産業内へと向けられている働きかけの結果だ。これまで古いメディアとしてゲームからの挑戦を受け続けていた巨大メディアが,ゲーム産業を突き動かす反撃に転じる可能性が出てきたようである。

 

 


次回は「勃興するJAVA系MMORPG」。お楽しみに。

■■奥谷海人(ライター)■■
本誌海外特派員。タイトルのナンバリングを見ていただければ分かるように,当連載もそろそろ第100回を迎えようとしている。そこで,記念企画が何かないかと聞いたところ,奥谷氏からは「うーん,そーねー。えーと……」とあまり煮え切らない返事。どうやら,7月から8月にかけての国際的な取材ラッシュの疲労が今になって出てきたようだ。歳をとると,その場では平気でも,あとになってドッと疲れが出てくるものなのである。もう,若くないんですよね。


連載記事一覧


【この記事へのリンクはこちら】

http://www.4gamer.net/weekly/kaito/096/kaito_096.shtml