― 連載 ―

奥谷海人のAccess Accepted
2006年9月6日掲載

 「Xfire」というアメリカ産のインスタント・メッセンジャーをご存知だろうか? 市販のパッケージソフトやデモをインストールする際に,このプログラムもインストールするかどうかを聞かれた経験が,誰しも一度や二度はあるはず。実はこれ,欧米のゲーマー達に支持されて急速に広まりつつあるゲーム専用ツールなのだ。

 

ソーシャル・ネットワーク世代ご用達ツール「Xfire」

 

完全無料のゲーム専用インスタント・メッセンジャー

 

 PCでオンラインゲームをプレイしていると,これが一つの完結したソフトではなく,「起動しているさまざまなプログラムのうちの一つにすぎない」という気分になることがある。
 パッチのインストールはそのゲームがやってくれるとしても,グラフィックスカードのアップデートやMODプログラムのダウンロードなどはブラウザやダウンロードソフトの力を借りなければならない。ゲームをやりながらチャットしたければ,IM(インスタント・メッセンジャー)を立ち上げるし,職業柄,ゲーム中に画像キャプチャソフトなどを利用することも少なくない。そのゲーム以外にいろいろなプログラムを起動させることでゲームがさらに楽しく遊びやすくなる。これは,コンシューマ機にはまずあり得ないことだろう。
 これを以って「PCというゲームプラットフォームは常に不完全なもの」という見方もできる。だがPCゲームは,その不完全さゆえにゲーマー達が自主的に新たな遊び方を見つけ出し続てきたという過去もあるのだ。

 

常時10万人前後のプレイヤーが利用しているXfire。対応ソフトは600種類を超え,別のゲームをしている友人とのチャット中に,ワンクリックで相手のサーバーに移動できるなど,機能も豊富だ

 さて,クランやギルドの仲間達と夜な夜なプレイに興じることが多くなってきた筆者にとって,より密接なコミュニケーションの取れるIMの存在が不可欠になりつつある。しかし,多くのサードパーティのメッセンジャーソフトは特定のゲームとの併用を念頭に開発されたものではなく,そのためメッセージが送られてきたとたんにゲーム画面がバックグラウンドに入ったり,クラッシュしてしまうというようなことがしばしば起きる。多くのゲーマーにとっては悩みの種だ。既存のメッセンジャーを使うか,そのゲームで提供されている機能で甘んじるかという問題は,多くのクランやギルドが共有しているものだろう。

 そんなゲーマー達のお気に入りツールとして浮上しているのが,アメリカ発のゲーム専用メッセンジャーソフト「Xfire」だ。2004年末にリリースされて以来,現在までのユーザー数は500万人を超え,その可能性に魅力を感じた米メディア大手のViacomが,1億200万ドル(約117億円)でXfire社をその傘下に収めている。
 2.3MBほどのプログラムを無料でダウンロードをする「Xfire」のサービスは,今や,一日平均約1万人の新規登録者を獲得するなど,驚異的な成長を続けている。
 日本では,あまり知名度は高くないものの,アメリカのパッケージソフトやデモに付属する場合も多く,Xfireの名前を目にした人も多いだろう。今回は,そんなXfireについて詳しく紹介してみよう。

 

Web 2.0の波がゲーマーにも確実に浸透

 

 Xfireを簡単に説明すると,「ソーシャル・ネットワーキングのアイデアを活用したゲーム用IM」となる。とりたてて広報活動をしてこなかったXfireだが,ゲーマーの間で急速に広がっているようだ。プレイヤー数650万人といわれる「World of Warcraft」でも,そのうちの相当の人数がXfireを利用していると思われている。
 プログラムをインストールして簡単な登録手続きを済ませると,デスクトップにインタフェースが表示される。タブは数種類にまとめられていて,友人がどのソフトでプレイしているかをリストアップする“Friend Tracker”,チャットルームやお気に入りのゲームサーバーを一覧できる“Server Tracker”,そしてインストールしているソフトのパッチやアップデート情報を検索し,ワンクリックでダウンロードできる“File Tracker”が並んでいる。
 ドライブにCD/DVD-ROMが入っていたり,「Counter-Strike」や「Half-Life 2」のようにXfireがサポートしているゲームであったりすれば,メニューの“Launch”タブから直接起動できる機能もある。ゲーム上のXfireインタフェースが邪魔に感じるなら透明度を調整するか,そのゲーム専用のスキンをダウンロードし,なじませてしまえば良いのだ。

 

顔写真だけでなく,既婚か未婚かまで公表できるXfireのプロフィール画面。情報開示の程度はユーザーの判断に任されているが,クランやギルドのメンバーがほかにどんなゲームを遊んでいるのかは気になるところ

 Xfireの最もユニークな点は,Friend Trackerを使ってオンラインにいる友人をクリックすると,異なるゲームをしていてもチャット(テキスト&ボイス)ができたり,IPアドレスをコピーするなどの面倒くさいプロセスを踏むこともなく,ワンクリックで仲間のいるサーバーに参入できたりすることである。さらに,公式サイトにある,プロフィールサイトを表示することも可能で,年齢から在住地域,性別,職業,趣味などかなり個人的な情報が見られるのだ。彼らが,最近1週間で,どんなゲームをプレイしていたかについて,ソフト名と時間数までが表示されるほど細かい情報が得られる。

 もちろん,このプロフィールでの情報開示は,該当の人物がどれだけのレベルを公開するかによる。それでも,積極的に利用する人は多いらしく,現在,アメリカのWeb 2.0世代を象徴するサービスの一つとなっているMySpaceのゲーマー版ともいえる。Xbox! Liveの方向性と非常に似ているのも注目に値するだろう。
 遊んだばかりのゲームのキャプチャ写真をアップロードして仲間と共有したり,プラグインで音楽プレイヤーと連動させたりと,毎月のように新しいフィーチャーが加わっているし,プロゲーマーのクランと一般ゲーマーが対戦できるといったイベントが豊富なのも,“ソーシャル・ネットワーク型”と言われるゆえんだ。最近では,XfireにサポートされたばかりのWindows付属ソフト「ソリティア」を,各種ゲームランキングの一位にしようという運動がファンの間で広まるなど,Web 2.0世代ならではのハプニングも起こっている。

 

確かな技術に支えられたXfire

 

 Xfire社を支える人々の経歴を見ると,なるほど現在のオンラインゲームやインターネットテクノロジーと深い関わりを持っている人物ばかりだ。“時代の寵児達”と形容するのはいささか誉めすぎだろうが,2000年のネットバブル崩壊のダメージを最小限に食い止めた,なかなかのやり手ばかりであるのは間違いない。
 まず,Xfire社CEOで創設者の一人,Mike Cassidy(マイク・キャシディ)氏は,MIT(マサチューセッツ工科大学)在籍中の1998年に,ウェブサイトのヒット数が多い順に検索結果を表示するサーチエンジン「Direct Hit」を制作。やがて,それはMSNやAOLなどで広く利用されることになり,2年後には5億ドル(約580億円)でその権利を売りさばいたという経歴を持つ。また,Xfireプログラムを共同開発したのは,Yahoo! Gamesの元シニアエンジニアであるChris Kirmse(クリス・カームス)氏。同氏はMMORPGの元祖の一つともいわれる「Meridian 59」の開発者の一人でもある。
 さらに,ビジネス開発からマーケティングまでを担当するCGO(Chief Gaming Officer)という重職にあるのがDennis Fong(デニス・フォン)氏だ。彼は,いわずと知れた「Quake」チャンピオン“Thresh”で,Kari/QuakeWorld世代に生まれた初のプロゲーマーといえる。カリフォルニア大学バークレー校在学時代には,クラン“DeathRow”を率いて年間獲得賞金が1000万円を超えたり,QuakeConではid SoftwareのJohn Carmack(ジョン・カーマック)氏から懸賞としてフェラーリをもらったりという,多彩なエピソードを持っている。

 

「ゲーム界のマイケル・ジョーダン」などとも賞賛され,「DOOM II」から「Quake II」あたりまで精力的にプロゲーマーとして活躍していた“Thresh”ことデニス・フォン氏。ゲームサイトやクランメンバーを管理していたノウハウを活かし,新たなビジネスを開拓しつつある

 ゲーム専用IMというアイデアそのものはコロンブスの卵で,「先に思いつけばよかったよ」なんて舌打ちしている人もいるだろう。それだけに,ゲームに日常的に親しむ世代の代表として製品のターゲットを絞り込み,ゲーマーが共有する問題点をシンプルに解決できるプログラムを提供するという,アイデアを実行した彼らの凄さが光る。
 Xfireは無料ソフトなので,その収入源は広告に頼っている。中央に広告用バナーがあり,最大で300MBまでのムービーも流せるので,最新映画や音楽の宣伝にも利用できる。プロフィールの情報を通してユーザーの好みまで把握できるため,Xfireは広告のターゲットを絞り込むことも可能で,「君の友人達はこのゲームをインストールしている。君も今すぐダウンロードしよう」などというプレイヤー個人にアレンジされた広告を配布できるのだとフォン氏は語る。実際,「Battlefield 2142」のため,すでに40種類近くの広告パターンが考慮されているというから驚きだ。

 「スパイウェアではないか」と訝しむユーザーもいるらしいが,各種統計は社外秘になっているとフォン氏は念を押す。自分がどんなゲームをプレイしているのかを公表する代わりに,無料のゲーム用メッセンジャーを活用できるわけで,このあたりは考えようだ。同氏によると,まだ日本語キーボードにうまく対応できていないとのことだが,コンシューマ機や携帯電話などへの進出も考えているらしい。
 「我々のようにゲーマーコミュニティに特化したサービスはほかになく,永遠に続く機会が目の前に広がっているようなものです」と自信をのぞかせるフォン氏。Xfireがソーシャル・ネットワークの中核として成熟し始めているのは事実で,今後も耳にすることが多くなるのは間違いないだろう。

 

 


最近,ゲーム業界で起きた事件をレポート。お楽しみに。

■■奥谷海人(ライター)■■
本誌海外特派員。ここしばらく日本,ヨーロッパ,そしてテキサスへと世界中を飛び回る国際派の奥谷氏。とはいえ,さすがにお疲れのようで,執筆作業もなかなかはかどらないなど愚痴をこぼすばかりだ。しかし,GCの真っ最中,ほぼ徹夜に近い状態にもかかわらずライプチヒ近くのワイマールへ小旅行していたのはどこのどなた?


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