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奥谷海人のAccess Accepted

 1982年に設立されたMicroproseは,「Civilization」をはじめとする数々のシミュレーションゲームを世に送り出した。もちろん,創設者でありメインプログラマだったSid Meier(シド・マイヤー)氏の功績によるところも多いが,同社からはさまざまな有能な人材が輩出され,現在のゲーム業界の柱となっているのだ。今回は,MicroproseからFiraxis Gamesに至るまでの経緯と共に,そんな開発者達を書き出してみよう。

 

Microprose派閥の財産と系譜

 

■“シミュレーション・ゲームの父”シド・マイヤー

 

最近は,Civilizationシリーズばかりがクロースアップされるシド・マイヤー氏だが,潜水艦シミュレーションや第一人称視点のあるフライトシムを生み出したり,'80年代にポリゴンを使ったヘリコプターシムを手がけたりなど,ゲーム業界における功績には計り知れないものがある

 「Sid Meier's Civilization IV」を発売したばかりのFiraxis Gamesが,11月7日にTake-Two Interactiveによって買収された。
 Take-Twoといえば,何かと話題になる「Grand Theft Auto」(GTA)でお馴染みのRockstar Gamesブランドで知られるパブリッシャだ。同社は,2005年初めにスポーツ専用チャンネルESPNのライセンスを持っていたVisual Concept EntertainmentをSega of Americaから買収し,Electronic Artsの牙城に真っ向から対決を挑むがごとく,スポーツゲームへの参入を計画。17歳以下に販売禁止である「Mレーティング」のタイトルが並ぶRockstar Gamesとは差別化するため,スポーツゲーム用の別ブランドとして2K Gamesを立ち上げたことは,ご存じの人も多いだろう。
 Visual Concept買収の電撃発表があった翌日には,さらにFiraxisの諸作品の版権を獲得したという発表も行われ,Firaxisの前作「Sid Meier's Pirates!」が,すでにAtariからリリースされていたにもかかわらず,2K Gamesへとレーベルを変更する結果になった。ここに来て会社ごと買収することになったのには,一般向け/カジュアル向けへのブランド戦略で基盤の強化を図るTake-Twoと,広い購買層にアピールしたいが,長らく安定した版元にめぐり合えなかったFiraxisの思惑が一致したという理由があるのだろう。

 

 Firaxisはもともと,Sid Meier(シド・マイヤー)氏という看板プログラマを中心に,CEOとなったJeff Briggs(ジェフ・ブリッグス)氏やBrian Reynolds(ブライアン・レイノルズ)氏が1996年に結成した会社だった。その前身は,Microprose Softwareという,古参のシミュレーションゲーマーには懐かしい開発会社である。
 シド・マイヤー氏は,「シミュレーション・ゲームの父」とたたえられる,業界きっての人物である。Civilizationシリーズがとくに有名だが,20年におよぶ経歴の中で,「Pirates!」「Silent Service」「F-15 Eagle Strike」「Sid Meier's Railroad Tycoon」など,数々の名作を生み出してきた。
 今回は,このマイヤー氏を中心に一時代を形成した,“Microprose派閥”とでも言うべき一群の開発者達を紹介したい。

■マイヤー氏とフライトシムをつなぐ人脈

 

 マイヤー氏は,1954年にデトロイトに生まれた。ミシガン大学を卒業して某企業でシステムアナリストとして働いていた頃に,元空軍大佐のパイロットでペンタゴンでも働いていたという肩書を自慢する同僚がいたことが,ゲーム業界に踏み出すきっかけになったと,マイヤー氏は語る。
 この同僚とは,“ワイルド・ビル”の異名を持つBill Stealey(ビル・スティーリー)氏のことだ。二人で出張した折にゲームセンターに立ち寄り,フライトシミュレータでマイヤー氏が圧勝したことから親密になり,1982年にマイヤー氏がMicroproseを創設するとき,スティーリー氏をパートナーに選んだのである。

 

マイヤー氏とスティーリー氏によって1982年に創立したMicroproseは,その後さまざまなゲームと人材を輩出しながら,数奇な運命をたどることとなった

 Microproseは,アメリカ東海岸メリーランド州,ハントバレー市を拠点としていた。スパイスで知られるMcCormick(マコーミック)など世界的な企業もあるようだが,コンピュータ/ゲーム関連では今はFiraxisが存在するくらいという,郊外の都市である。
 Microproseは1993年に,フライトシムの金字塔であるFalconシリーズを世に出したSpectrum Holobyteに買収され,スティーリー氏は1994年に同社から退いている。この後彼は,「WarBirds」などオンライン専用ゲームで知られるInteractive Magic(現iEntertainment Network)を設立しているが,少し時流から外れていたようで,成功したとはいえない状況だ。

 

 さて,Microproseが設立された頃に,Andy Hollis(アンディ・ホリス)という若者が入社してきた。ホリス氏は,1984年の「MiG Alley Ace」を皮切りに,一貫してフライトシムの制作を続けてきた人物として知られ,ゲーム開発ではマイヤー氏最初の相棒と考えられる。1993年の会社売却時にはテキサス州のOrigin Systemsへと移籍し,そこでElectronic Arts直属のブランドであるJane's Combat Simulationsを立ち上げ,「AH-64D Longbow」などフライトシム黄金時代の後期を盛り立てた作品でリーダシップを取っていた。
 Origin SystemsがElectronic Artsに完全吸収され,オンラインゲームデベロッパへの転進を図ると,ホリス氏はElectronic Arts直属となり,そこでNASCAR RacingシリーズからHarry Potterシリーズまで,ゲームを広くプロデュースする。車の趣味が高じて数年間はプロレーサーへの道を模索していたらしいが,やがてElectronic Artsに返り咲いて手がけたのが,不運な運命をたどって2004年に開発中止となった,「Ultima X Odyssey」だった。
 ホリス氏はこれに不満を感じていたらしく,その後同作品の開発者を率いてFastlane Gamesという会社を設立。しばらくすれば,その処女作となるMMO作品が発表されることだろう。

■マイヤー氏と戦略ゲームをつなぐ人脈

 

 Microproseの毛並みが変わったのは,1980年代末から1990年代初頭にかけてのことだった。この頃(1988年)に入社したのが,大きな体が印象的なBruce Shelly(ブルース・シェリー)氏だ。
 彼は元々,戦争系ボードゲームを開発していたAvalon Hillsのデザイナーで,ゲームバランスに対する絶妙な感覚と,鉄道に関する知識の深さに,マイヤー氏も舌を巻いたという。
 この二人が手がけたのが,マイヤー氏の名を冠した初めてのソフトとなった「Sid Meier's Railroad Tycoon」(1989年)。本作は,経済シミュレーションに重点を置いた,いわゆるタイクーンものの先駆け的な存在となった。何より,まだ“リアルタイム”などというゲームプレイの概念がなかった時代に,放っておけばプレイヤーの敷地内にまで進出してくるライバル企業の存在は,その後のPCゲームに大きな影響を与えたはずである。
 シェリー氏は,1996年までMicroproseに在籍し,「Sid Meier's Civilization」(1990年)から「Sid Meier's Civilization II」(1996年)までの開発で,中心的な役割を果たした。その後はシカゴ郊外へと移っていたものの,やがてMicrosoftの誘いを受け,新興のEnsemble Studiosのゲームデザイン監修となる。その結果,現在までにシリーズ累計で1500万本近くを売っている「Age of Empires」が誕生したのは,周知のとおりだ。
 シェリー氏は,なんとシカゴからダラスまでセスナを飛ばして週数回往復するという,筆者が知る限りでは最も通勤距離が長い人物である。

 

なぜか今も,筆者の机の手に届く範囲に置かれているCivilizationシリーズ4作のパッケージ

 ちなみに,Age of Empiresの制作チームからも有能な人材が多く輩出されており,「Empire Earth」のStainless Steel Studiosを興したRick Goodman(リック・グッドマン)氏や,4Gamerスタッフにも期待するものが多いファンタジーRPG「Titan Quest」を開発しているIron Mill EntertainmentのBrian Sullivan(ブライアン・シュリバン)氏らがいる。
 また,Ensemble Studiosで「Age of Mythology」を担当したSandy Petersen(サンディ・ピーターセン)氏は,「Call of Cthulhu」のテーブルトークRPGを制作した後に,MicroproseのCivilization IIチームに在籍していたという,シェリー氏と似たような経歴を持っている。

 

 もう一人忘れてはならないのが,Microprose後期の実戦部隊だったBrian Reynolds(ブライアン・レイノルズ)氏だ。1991年の入社以降メキメキと頭角を現し,「Sid Meier's Colonization」で大成功を収めたのをきっかけに,マイヤー氏からCivilization IIのデザインを任せられたほどの人材だった。彼は,マイヤー氏の若い片腕としてFiraxis Gamesの設立にも参加し,「Sid Meier's Alpha Centauri」(1998年)では,企画からデザインまでを担った実力派であった。
 彼の同期には,Doug Kaufmann(ダグ・カフマン)というプログラマがおり,彼はCivilization IIの後,オンラインゲームの魅力にとりつかれたようで,America Onlineへと移籍した。しかし2000年には,レイノルズ氏や同じく同期でビジネス面を担当していたTim Train(ティム・トレイン)氏らと,ボルティモア郊外でBig Huge Gamesを設立。同社は2003年に,Civilizationのリアルタイム版ともいえる「Rise of Nations」をリリースし,現在は続編を鋭意開発中だ。

■ゲームの殿堂入りしたマイヤー氏

 

すでにアメリカではリリースされた「Sid Meier's Civilization IV」。日本では,サイバーフロントから完全日本語版として2006年春にリリースされる予定だ

 Microproseは1990年代に多角化に乗り出し,マイヤー氏が直接関与していないさまざまなソフトをリリースするようになり,重荷も増えていった。株式にも上場を試みたがうまくいかず,フライトシム界では双璧といえたSpectrum Holobyteに合併されるという運命をたどる。
 これまでに述べたいくつかのソフトに加え,Microproseブランドで「X-Com」などの名作も残したものの,やがてSpectrum Holobyteも凋落し始め,1998年にはバービー人形やモノポリーなどで知られる玩具メーカーのゲーム部門Hasbro Interactiveへの売却が行われる。このとき,Microproseの名はゲーム業界から消え去った。
 ややこしい話だか,このHasbro Interactiveも2001年にはゲーム開発から撤退することになり,Microproseの遺産ともいえるゲーム版権はAtariへと移ったのが,最近までの状況であった。

 

 さて,Firaxis Gamesに話は戻る。最近のPirates!やCivilization IVなどで,本格的に3Dグラフィックスによるゲームソフトに移行しており,その過程でSoren Johnson(ソーレン・ジョンソン)氏のような若い才能も育ち始めているようだ。
 ところでシド・マイヤー氏は,このたびid SoftwareのJohn Carmack(ジョン・カーマック)氏と共に,“ゲームの殿堂”入りすることが決定した。ゲームの殿堂とは,当連載の「第5回:ゲームの殿堂 〜 Walk of Fame」でもお伝えしたように,2005年から本格的に始まった,ゲーム開発者の功績を半永久的に残そうという試みだ。2004年に選出されたAtariの創業者Noran Bushnell(ノーラン・ブッシュネル)氏や,任天堂の宮本茂氏に続く偉業であり,マイヤー氏の「シミュレーション・ゲームの父」としての功績が広く認められることになったのだ。

 


次回は,あの有名なゲームエンジンの話をお送りする。ぜひお楽しみに

■■奥谷海人(ライター)■■
本誌海外特派員。アメリカでは感謝祭が終わり,サンフランシスコも雨期へと入った。雨期になると,奥谷氏の自宅には,この時期の洪水を嫌ったアリがウヨウヨし始めるのだという。例年なら,気にならないほどの数なのだそうだが,今年は奥谷氏の子供が菓子を食い散らかした破片が残っていたとかで,大量発生している模様。氏の二人の子供は「殺虫剤で殺すのは可哀想」と訴え,その代案として「もっと甘いものを撒いて集めてから捕まえよう」というとんでもない計画を企てているらしく,奥谷氏は戦々恐々としているそうだ。


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