― 連載 ―

ハーツ オブ アイアンII ドゥームズデイ スパイ大・・・戦?

連載第1回 我ら英国と戦う(前編)

この連載は,第二次世界大戦およびその前後の歴史に関わった,いかなる国や民族,集団,個人をおとしめる意図も持っていません。ときに過激な表現が出てくることもありますが,それはあくまでゲームの内容を明確に説明するためのものですので,あらかじめご了承ください。

ドイツでいわゆる「正統派」プレイを目指す試み。英本土上陸(アシカ作戦)を期日どおりに達成するのが最大の目標だ

 今週から「ハーツ オブ アイアンII ドゥームズデイ 完全日本語版」(以下,ドゥームズデイ)のリプレイ記事がスタートする。
 ドゥームズデイはもともと単体でプレイ可能な作りだが,日本語版ではいわゆる「拡張パック」単体での販売もあり,実際「ハーツ オブ アイアンIIに拡張パックを追加した」感じの製品だ。よって,ゲームの基本はハーツ オブ アイアンIIと同じで,インタフェースデザインやゲームモチーフが抜本的に変わっていたりはしない。
 しかしながら,過去の見どころ解説記事でも述べたように,「ハーツ オブ アイアンIIとは違うゲーム」と言ってしまえる程度には差がある。AIの行動様式が変わったことと,諜報分野が追加されたことが最も大きいのだが,それ以外にもいろいろ違いはある。
 論より証拠。手始めに,第二次世界大戦の主役的存在であるナチスドイツのプレイで,それを確かめてみたい。

銃後を固め,アルビオンを屈せしめよ

まずはイギリスにスパイを派遣。カナリスは具体的な諜報工作にボーナスこそないが,潜入に+5%。普段使いには最適だ

 ドイツには選択肢が多い部分と少ない部分がある。多い部分として特筆すべきは,本作における三大陣営「枢軸」「連合」「共産」のうち枢軸の盟主でありながら,ゲーム開始時点において同盟国をいっさい持たない点だ。ゲームシステム上,「連合」の盟主であるイギリス,「共産」の盟主であるソビエトとは手を組めないが,それ以外のあらゆる国家と(理論上)提携の可能性がある……そのうえ,民主国家でもなければ孤立主義でもないので,突拍子もないところ(いや,イタリアとか……)に戦争をふっかけて,世界に斬新すぎる秩序を構築していくことだって可能なのだ。
 また1936年段階において,ドイツは戦争を始めていないというのも大きなポイントだ。イベントの選択次第では,第二次世界大戦の口火を切らないことも可能である。そう,このゲームのドイツには,「戦争しない」自由さえあるのだ。
 その半面,選択肢が狭い部分もある。それは端的に言って,ドイツの前には「ちょっとでも領土拡張しようとすると戦争になりかねない相手」としての連合国と,「いつ戦争になってもおかしくない相手」としての共産圏が立ちふさがっていることだ。

 

 もしドイツがヨーロッパの制覇を狙うなら,その貧弱な海軍力と,海軍建設の所要時間に鑑みて,まず陸でソ連と戦い,二正面のうち東側を沈黙させる。そのうえであらためて海空戦力を整備し,残る西側を片付けるのが合理的である。
 もちろん,フランス陥落直後にイギリス本土上陸作戦を狙う,つまり,いきなり西側を片付けられるものなら,それはアメリカという後顧の憂いを絶てる意味でも大いに魅惑的だ。だが我々はこの誘惑が「希望的観測」の域を出なかったことを,バトル・オブ・ブリテンの史実から学んでいる。
 それでも! いったんイギリス本国が失陥しさえすれば,連合軍のヨーロッパにおける行動力は大きく損なわれる。そして,連合国の十分な支援を受けられなかったソ連に対する東部戦線での勝利も,自ずから転がり込んでくるはず。大ブリテン島こそはまさしく今次大戦の要,あらゆる犠牲を払って勝ち取る意味があろう。 

 

 ……そうした構想(かなり妄想寄り)をもって,本記事におけるドイツの戦略方針とする。目標は英本土上陸作戦(アシカ作戦)の完遂と,それに続く対ソ戦勝利である。

「エンジンは兵器である」グデーリアン

スペイン内戦への介入と,その報酬。空軍ドクトリンの青写真がもらえたのは,現状にマッチしていてありがたい

 以上の方針に基づいて,具体的な戦略を練ってみる。アシカ作戦に至る過程は,とくに奇をてらわず,ポーランド → フランスと進めよう。エチオピアに兵が出かけているうちにイタリアを攻略するのも魅力的だが,史実のタイムスケジュールを守れる確証がないので,今回はパス。大事の前の小事である。
 オーストリア問題とチェコスロバキア問題,メーメル要求などについても,いただけるものはすべていただく。史実以上の戦果を,実質史実と変わらないルートで挙げようというのだから,せめて国力くらい史実並みになくては困る。

 

外交イベントによるドイツ領の拡張。いただけるものはいただいておかないことには,これから先が思いやられる

 

日本,ご乱心。ご乱心という以外,これを何と表現しよう?

 いや実際困る……のだが,のっけから世界は大荒れモードである。最初の大きな大きな転換点は,ノモンハン事件を契機に日本が対ソ宣戦布告したことだ。
 まあ,あれですよ,うん。それ絶対無理。だってあなたまだ中国と戦争してるんですよ? 人的資源に乏しい日本が,世界の人的資源の上位二国と戦って,勝ち目があるはずもない。そりゃソビエト極東艦隊と,北洋軍閥海軍に毛が生えた程度の国民党海軍相手に,本土上陸を許すことはあるまいが,満州(中国東北部)と朝鮮半島は,赤ないし青と白に塗りつぶされること疑いなしだ。
 いうまでもないが,これはドイツに重大な決断を強いる事態でもある。いまだ完全ではないとはいえ,この段階でドイツ軍はそれなりの陸軍を育成し終えている。一方ノモンハンで日ソ戦争になった以上,ソ連軍主力はソ満国境に集結する。この機に乗じてポーランドに侵攻,そのまま電撃的にソ連領内に踏み込めば,モスクワまで一直線の可能性も十分にある。
 そして,それを推す要因もまた多い。ソビエトが満州や朝鮮半島を飲み込めば,それだけICが増える。史実よりも高い工業力を持つにいたるであろうソ連との戦争を,史実と同じタイミングまで待つのは愚の骨頂ではないか。そもそもアシカ作戦の進捗次第では,対ソ戦開始が1年かそこらずれ込む危険だってあるのだ。

 

 だが,ここはぐっと我慢すると決めた。確かにいま対ソ戦を始めれば,かなりの確率で大突破が期待できようが,そのためにはポーランドかルーマニアを通る必要があり,ポーランドに踏み込めば即座に連合国と戦争になる。これでは「準備の整わない二正面作戦」だ。さりとてルーマニアを経由すると,地形的にどうしても前線への到着が遅れてしまう……。
 ソ連は日本と戦っているが,ここでドイツがソ連に攻め込んでも,距離的にまったく連携がとれない現状では,とうてい「日独でソ連を挟撃している」とはいいかねる。ソ連が極東での余剰兵力を東に回して戦線が膠着し始めれば,ドイツを待つのは地獄である。
 そんな不思議歴史による苦渋の決断を迫られるなか,ヨーロッパではオーストリアの完全併合に失敗。侵攻も考えたが,オーストリア領は山が多く,ここであまり無駄な消耗をしたくない。幸いというかなんとというか,オーストリアとドイツの関係は悪くないので,将来的に枢軸に引き込む方向で方針を固める。チェコスロバキアは問題なく併合,ハンガリーも枢軸同盟軍第一号として,いよいよポーランド戦に向けた前線の整理に入った。

 

ポーランド戦開幕前夜。ゲーリングはこのあと,終戦までずーっと前線で空軍指揮官を務めてもらうことに ポーランド分割協定を,ソ連との間で史実どおりに締結。あとは第二次世界大戦の幕開けを待つのみだ

英仏海峡を制するための航空優勢

 さて,今回は前の連載で筆者が定番にしていた,「歩兵に砲兵旅団を貼り付けて正面火力を整え,機甲で穴を空けて突破展開」作戦を採らないことにした。代わりに空軍を大増産し,空からの攻撃支援を重視したフットワークの軽い軍隊を志向してみた。技術開発も空軍機と空軍ドクトリンにかなり重く振っている。
 方針変更の一番の理由は対イギリス戦準備である。ドーバー海峡を挟んだ戦いは,ドイツにとって海軍主体の戦いにはなり得ない。建艦競争は質で勝てないし,海軍ドクトリンでもとうてい及ばない。さりとてそこで無理に艦隊を作れば,対ソ戦を始められるだけの陸軍が構築できない……。そうである以上,空軍力でRAF(Royal Air Force。英国空軍)を上回る必要があり,早期から空軍を育成して実戦経験を積ませたい。このゲームにおける空軍の爆撃能力はシャレにならないくらい高いので,陸軍で多少劣っていても,押し負けることはないだろう。

 

シャハトはIC+10%の能力を持った大臣。同等の人材(シュペーア)が出現するまで時間がかかるので,追放はあり得ない

 理由はほかにもある。身もフタもないのだが,空軍の拡充こそが,最も低いICで最も高い効果を得られる選択肢だからである。機甲はそもそも高ICを要求するし,歩兵+砲兵はある程度数が揃わないと機能しない。そのくせ数が増えすぎると指揮負荷ペナルティで戦闘効率が落ちるので,それを避けるためにこれまた高ICかつ生産所要時間の長い「司令部」ユニットを生産しなくてはならない。
 それに対して空軍であれば,比較的生産に時間がかからず,労働力の消費は低く,IC要求も高くなく,4ユニット×3部隊もあれば戦況が一変する。
 ドイツのような大工業国で,そこまでしてICを節約するのは不自然だと思う人もいようが,これまた理由がある。それは資金稼ぎのためだ。詳しくは次回説明するが,ドゥームズデイをドゥームズデイらしく楽しむには,いままでよりお金が必要なのだ。そして,ハーツ オブ アイアンIIにおける数々の戦訓に照らして,節約したIC分を充実した空軍戦力で埋めれば,十分に補いはつく。……だがこのゲームは,ハーツ オブ アイアンIIではなかったのである。

ドゥームズデイ名物スパイの重要な仕事とは?

ポーランド戦開始。基本的に戦線全体でドイツ軍が押しているのだが,なぜか部分的に押し負けているところが……

 まずは予定どおりポーランドに侵攻する。同時に連合国がドイツに宣戦して,第二次世界大戦の幕開けだ。なんとなくノモンハンですでに始まっていたような気もするが,気にしてはいけない。今回,日独伊三国軍事同盟なんて結んじゃいないからである。ちなみに締結すると,日本とソビエトがすでに戦争状態にあるので,自動的にドイツ・イタリアとソ連が戦争状態になる。そんな自殺行為は論外だ。
 で,ポーランド戦が始まったのだが,どうも様子がおかしい。ポーランド南部に機甲部隊を集め,ヴィスワ川(ヴァイクセル川)に沿ってワルシャワに向かう予定で動き始めたドイツ軍は,南部では予定どおり進撃しているものの,歩兵中心の北部ではなぜか押されている。まーそういうこともあるかと思って指揮統制値の回復を待って再度突撃させると,また負ける。おかしい……。砲兵を付けてないとはいえ,指揮統制値で倍近く能力差があるのに。
 と,思って北部ポーランド軍をよく見てみると,戦車がいる。どうせ軽戦車だろうと思いつつさらによく見てみれば,我がIII号戦車と同じ世代の中戦車だ。なるほどなるほど,そりゃ歩兵で突っ込んでもダメだろうねぇ。うんうん。
 ……いやいや,これは笑いごとではない。ポーランドなんて一瞬で踏み潰す予定だったから,スパイもほとんど送り込んでおらず,ポーランド軍がどれだけ機甲師団を持っているか分からない。
 この「分からない」ことほど,恐ろしいものはない。ポーランドのICは貧弱で,中戦車を量産する能力などあるはずないのは知っている。だが「師団の譲渡」が行われた可能性は常にある。フランスやイギリスが自国の機甲師団をポーランド軍に譲渡していた場合,ポーランド北部に見えた機甲師団は「たまたま咲いた一輪のあだ花」ではないかもしれないのだ。
 その推測を裏付けるかのように,南部でも機甲師団の側面を援護する歩兵師団が,ポーランド軍戦車のカウンター攻撃に遭遇,ドイツ軍機甲師団が孤立寸前に。かまわず突破展開して逆包囲したので大事には至らなかったが,このままワルシャワ市内に機甲を含む大部隊が篭城すると,陥落させてもこちらの損害が無視できなくなる。分けても「時間」の要素は,へたすると取り返しがつかない。

 

 かくてドイツ軍は,虎の子の降下猟兵(空挺師団)を投入した。輸送機は正気を疑うほどICを要求する兵科なのだが,これもきたるべき対英戦には必須なので,早期に編成しておいたのだ。
 ワルシャワに降下した空挺師団は,2時間ほどの戦闘で守備隊を撃破,前線で塹壕に篭もって防備に徹していた部隊がワルシャワ救援に動いたところを,速度に勝るドイツ空軍と機甲部隊が追撃し,ポーランド軍は崩壊した。開戦から勝利まで2週間,ほぼ史実どおりのスケジュールである。
 ちなみに,プレイヤーを疑心暗鬼に陥らせたポーランド機甲部隊は,上に挙げた2個師団だけだった。「分からない」ことは,本当に人間の判断力を狂わせるのである。

 

途中いろいろあったが,ポーランド戦はどうにか2週間で終結。続いてフランス戦の準備に入る

ベルギー軍の思わぬ奮戦で窮地に

 ポーランド戦が終わって,ヨーロッパに冬が来た。ドイツ軍にはこのあといくつかの選択肢がある。西部戦線を維持しつつ,まずはデンマーク/ノルウェーに侵攻する「ウェーゼル演習」。または,先にユーゴスラビアなどバルカン諸国を平定して回る計画。
 だが今回は,ポーランド凱旋部隊の戦力が回復したところで,一気にフランスになだれ込むことにした。2年後の初夏までにはイギリス本土を攻略し,部隊を再配置してソビエト戦を始めたい。そのためには1日でも早くイギリス戦に入る必要がある。そうした大目標から見れば,フランスはベネルクス3国と同様,通過点に過ぎないのだ。
 1939年冬,オーストリアを枢軸に引き込んで陸軍の統帥権を一部獲得した(AIが勝手に陸軍師団の統帥権を寄越すのである)ドイツは,ベルギーとルクセンブルクに宣戦布告する。

 

ここでオーストリアを枢軸に加盟させることに成功。オーストリア軍の指揮権が一部移譲され,対仏戦線の流れが決まる

 

 オランダに宣戦しなかったのには理由がある。放置しておけば,けっこう長く中立を維持してくれる(1941年12月に真珠湾攻撃=日本の対蘭宣戦があれば,そこから連合国に)と思われるので,それまでドイツが石油を買い付けられる相手として,温存しておこうというハラだ。
 理由はもう一つある。先のポーランド戦で筆者の中に芽生えた警戒心だ。フランスは多分弱い。ベネルクス三国はもっと弱い。だが,ポーランドだって弱いはずではなかったか。
 ハーツ オブ アイアンIIであれば,ここでオランダ,ベルギー,ルクセンブルク,フランスの陸軍師団数をカウントし,そのすべてに宣戦布告してよいか判断できただろう。だがドゥームズデイではスパイの報告を頼りにするしかない。そして,「格下」扱いのフランス&ベネルクス3国には,ここまでスパイをほとんど送り込んでおらず,報告の精度には期待できない。
 そんなこんなで,どうしても避けられないベルギーと,ちょっと邪魔なルクセンブルクに宣戦布告して,オランダは除外した。ドイツ機甲部隊はアルデンヌの森を抜け,あっという間にブリュッセルを陥落させ,もののついでにルクセンブルクを併合する。

 

冬のうちにフランス戦開始。ベルギーを通過し,電撃的にフランス領内に突入……のはずが

 

フランスはいまだ陥落せず。それどころか,ベルギーとの国境付近にはとうてい突破できそうにもない大軍団。ゲントが陥ちればブリュッセル,アントワープの兵力をゲント1か所に集められるが,冬で渡河攻撃,しかも対岸には大兵力。逆にモーンスがフランス軍に三方向から常時さらされる形になっている。最悪だ

 なんだ,そこまで警戒しなくてもよかったか。そう思ったところで,あにはからんや機甲部隊主力が,ベルギー領内から先に進軍できなくなった。理由は複数,それも厄介な要因が重なっている。
 まず季節の問題。たかだかフランスの冬とはいえ,冬は冬である。ソ連の冬のような大荒れはしないにしても,冬季ペナルティはドイツ軍に重くのしかかる。
 次にプロヴィンスの切られ方の問題。モーンス/ナミュール付近のプロヴィンスは,三つ以上のプロヴィンスから攻撃を受ける配置になっており,しかもそれぞれの隣接プロヴィンスには,10個師団を超えるフランス軍の大部隊がひしめいている。
 ゲント・プロヴィンスも頭が痛い問題だった。ゲントはブリュッセル,アントワープ,モーンスに川越しで接する海浜プロヴィンスで,普通なら火力にものをいわせて一気に制圧するところなのだが,ここに残存ベルギー軍とフランス軍のハイスタックが出来,渡河攻勢では突破できなくなってしまった。こうなると重要な3プロヴィンスに接するゲントは,手薄になった場所を選んで攻勢を仕掛けるための基地として機能してしまう。
 最後にして最大の問題は,フランス陸軍の内訳である。機甲部隊が,見える範囲で8個師団。ドイツ軍と数でそれほど違わない。では質はといえば,これまた同じ世代の中戦車。それを支える歩兵には,しっかりと旅団が付いている。同数の歩兵/機甲で攻勢を仕掛けると,大苦戦をしたあげく,勝ったとしても進撃したところで砲兵付き歩兵の一斉砲火を浴び,追い返されてしまう。
 やむを得ないので空軍を北部に集結させ,フランス軍をゆっくり削っていこうと思ったが,ここでRAFが顔を出す。制空能力では,ややドイツが上。だがRAFは,こちらの戦闘機の隙をつくような形で爆撃隊を捉え,指揮統制値に大損害を強いる。これでは爆撃効率の上がりようがない。
 増援の生産は進んでいるが,猛スピードで作られているのは対英戦をにらんだ海軍爆撃機。地上戦での戦果はほとんど期待できない。さりとていまから歩兵を追加したところで,実戦投入は3か月ほど後。旅団ならもっと早く完成するが,師団に旅団を付加するには,該当師団をドイツ領まで戻さねばならない。そのローテーションを組んでいる間は,こちらから攻勢に出るなど無理な相談だし,なによりフランス軍が反攻に出た場合,大損害を蒙る危険がある。
 これはまずい。たいへんまずい。ポーランド危機の比ではないくらい,まずい。このままでは「史実では失敗したアシカ作戦を成功させるヒトラー」ではなく,「史実では成功したフランス侵攻に失敗するヒトラー」になってしまう。というか,フランスに着く前に,すでにしてアルデンヌ攻勢は頓挫している。
 万が一ここでフランス/ベルギー軍との戦闘が膠着してしまった場合,遅くとも1942年夏にはソビエトが東部戦線から押し寄せてくるだろう。そうなればドイツはおしまいだ。

最も脆弱な国境線を衝くはずが……

マジノ線に空挺降下作戦が成功。フランス軍は慌てて南部に兵力を回したが,これで北部での突破が確定

 活路は,意外な方向に見えてきた。
 春になったので機甲を北に集中させて強行突破を図ろうとしたところ,フランス軍もこれに呼応してアルデンヌ方向に機甲と歩兵を集中,見事ドイツ軍の攻勢を挫いてみせた。攻勢の主力となっていた機甲10個師団は指揮統制値をほぼ全損させ,攻勢は失敗に終わった。
 だがフランス軍の大規模な戦力シフトにより,マジノ線の一部であるメス(メッツ)には歩兵2個師団が残るのみとなった。強度10の要塞があるとはいえ,防備としてはいかにも薄い。
 ここでドイツは大バクチに出る。ポーランド戦でも陰の立役者だった空挺部隊がメスを強襲,周辺プロヴィンスからは歩兵が援護火力を集中する。丸1日近い激戦ののち,メスは陥落した。
 これを受けて,隣接プロヴィンス(つまりほかのマジノ線プロヴィンス)のフランス軍がメス奪還を目指して攻撃を仕掛けてきた。だがこれは,フランス軍がやってはいけない行動の筆頭である。
 たとえ攻撃開始地点が要塞であろうとも,攻撃を仕掛けた部隊は要塞を出て攻撃に移ったとみなされるので,要塞の防御効果を得られない。メス奪回を目指して攻勢に出たマジノ線守備隊は,マジノ線正面に張り付いていたドイツ軍に次々と捕捉され,全面撤退を開始。マジノ線の残り2プロヴィンスもドイツ軍が占領した。あろうことか,マジノ線の正面突破に成功したのである。
 この期に及んで慌てて機甲を含むフランス軍部隊がマジノ線に急行するが,時すでに遅し。戦車と歩兵の行軍速度の差が響き,ドーバー沿岸ではフランス軍歩兵だけが取り残されたプロヴィンスが生ずる。そこに先ほどの敗北からの復旧途上にあったドイツ機甲部隊主力と空軍が総攻撃をかけ,突破を図る。短時間ながらも激烈な戦闘のすえ,ついにパリへの道が開かれた。

 

機甲部隊が北部フランスを突破,ゲントを包囲して殲滅。南でもマジノ線を歩兵が突破している。フランス軍機甲は主軸を定めることができず,各個撃破される

 

 こうなってしまえば,いかにフランス軍が優れた機甲部隊を有していようとも,大勢に影響はない。堅固極まりなかったゲントのベルギー軍を包囲殲滅して自由な展開が可能になったドイツ軍は,各地でフランス軍を包囲,フランス機甲部隊はパリ方面,ダンケルク方面,ヴィシー方面に分散し,各個撃破されていった。最後は実にフランス軍らしい終わり方である。
 1940年7月20日にはパリが陥落,28日にフランスは降伏してヴィシー・フランス政権が立った。恥ずかしながら史実に1か月遅れの成果である。
 フランス戦線がこんな状態だったため,ウェーゼル演習は実施しなかった。実をいうとデンマークとノルウェーは中立のまま保存しておく予定だったので,大きな誤算が生じたわけではないが,4か月近く早くフランス戦を開始しておきながら,1か月遅れで終結というのは,事実上この作戦の失敗を意味している。この戦争でドイツにとって最も貴重な資産は「時間」だ。そこへきて,フランス戦線での大失態により,都合5か月が失われたのである。

 

ついに機甲部隊がパリ入城。苦しかった対仏戦が終結する

 

極東では日本が満州を失った模様。いや,こっちも十分良くない状態ですので

 もっとも,若干ながら希望を持たせてくれるニュースも舞い込んだ。満州がソビエトに併合され,朝鮮半島が完全失陥,インドシナを除く大陸の日本領が完全に失われたことで,日本と国民党の間で停戦が成立した。そのうえで,何がどうこじれたのか,ソビエトが国民党を筆頭とする中国の民族統一戦線に宣戦布告。アジア情勢は日本+中国統一戦線 vs. ソ連という状況にもつれ込んだ。まったくもって,アジアの外交は複雑怪奇である。
 状況の奇怪さはともかく,ドイツにとってみるとこの状況は悪くない。ソビエトは満州と朝鮮半島を傘下に組み入れたりとはいえ,国民党との戦争で果てしない消耗戦に踏み込んでいる。彼らが獲得したICと労働力以上のものが,中国戦線で消費されているであろうことは想像に難くないし,ソビエトと国民党の間で停戦が実現しない限り,彼らは将来的に二正面で戦うこととなる。
 もっとも,フランス相手にこれだけ苦戦したドイツ軍が,ソビエトを相手に戦えるのかという不安は残っているが……。

 

アシカ作戦完遂を合言葉に,北部フランスに集結したドイツ軍地上部隊。確かにイギリス本土の守りは薄いが,ドーバーを渡れるか,渡ったあとも補給が続くかが問題

 まあしかし,もし筆者がこの世界のドイツ将兵だったら,この段階でヒトラーの軍事的才能に疑義を唱えるのは当然として,正気を深く疑ったであろうことは間違いない。アルデンヌ攻勢は頓挫し,窮余の一策ともいえるやぶれかぶれな空挺強襲が成功しなかったら,フランス戦は第一次世界大戦並みの膠着を迎えていただろう。
 しかも,敗北への片道切符といえる西部戦線の塹壕戦化を防ぐ一手が,「マジノ線を正面突破してフランスに勝つ」だとは! たまたま成功したからよかったものの,普通そんなものを作戦とは言わない。要約すれば,ただの僥倖の連続である。その限りにおいて,ブラウヒッチュ元帥やハルダー上級大将ら国防軍首脳が事前に抱いた危惧のほうが,正鵠を射ていたことになろう。
 そんなヒトラーが,いまや対英戦争と対ソ戦争を叫んでいるのだ。ちなみにドイツ海軍はといえば,開戦以来,揚陸艦8ユニット,Uボート4ユニットが増えただけ。そして相手は七つの海を制するロイヤルネイビーだ。「奇跡的にフランスに勝ったいまのうちに」を合言葉として,ヒトラー暗殺計画があちこちで囁き交わされても,無理からぬ情勢と見るほかない。筆者の心の中のドーバー海峡は,現実と異なり今日も激しく逆巻くばかりである。(次回に続く)

 

■■徳岡正肇(アトリエサード)■■
デモ版解説,見どころ紹介記事だけでは飽きたらず,またまた不思議な国際社会に帰ってきてしまったゲームライター。別に親子で「ハーツ オブ アイアンII」をプレイする記事を書きたいわけではないらしいので,子供の情操教育面を心配していた人もとりあえず安心してほしい。まあ,このゲームの興味深さが正しく理解できるようになれば,それはそれで頼もしい話ではあるが。
タイトル ハーツ オブ アイアンII ドゥームズデイ 完全日本語版
開発元 Paradox Interactive 発売元 サイバーフロント
発売日 2006/08/04 価格 通常版:8925円,アップグレード版:4725円(共に税込)
 
動作環境 OS:Windows 98/Me/2000/XP(+DirectX 9.0以上),CPU:Pentium III/800MHz以上(Pentium III/1.20GHz以上推奨),メインメモリ:128MB以上(512MB以上推奨),グラフィックスメモリ:4MB以上(8MB以上推奨),HDD空き容量:900MB以上

Hearts of Iron 2: Doomsday(C)Paradox Entertainment AB and Panvision AB. Hearts of Iron is a trademark of Paradox Entertainment AB. Related logos, characters, names, and distinctive likenesses thereof are trademarks of Paradox Entertainment AB unless otherwise noted. All Rights Reserved.


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http://www.4gamer.net/weekly/hoi2dd/001/hoi2dd_001.shtml



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ジョン・ダワー著。これを日本人以外に書かれてしまったことの衝撃が,ひところ言論界を賑わした,日本戦後史概説の決定版。

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鷲は舞い降りた 完全版
ジャック・ヒギンズの冒険小説。失意の降下猟兵指揮官シュタイナ中佐と部下に下ったのは,IRA工作員と協力し英国に潜入する任務だった。