連載終了と前後して,オープンβテスト段階でありながら大規模なアップデートが実施された「グラナド・エスパダ」。主としてそうしたタイミング上の問題から,新地域を絡めた話題をお届けできなかった本連載だが,このタイミングでこっそり1回だけ割り込ませてもらうことにした。新天地を舞台にした微妙なファミリーコメディに,今しばしお付き合い願いたい。
あるまんぞは悩んでいた。何をかというと結婚問題である。これは,連載第6回における家長ちゃーるず・えすぱ田の救出劇から3年後,彼が妻ろーずと結婚する際に起きたエピソードである。
「あるまんぞ,ちょっといいかしら? 会わせたい人がいるの」
当時はまだ妻ではなく,婚約者であったろーずに呼ばれて訪れたのは,コインブラを引き上げる前のカフェセイウチ。そこにたたずむ一人の屈強な男性を見て,あるまんぞは顔をひきつらせた。
目元・口元がろーずとよく似たその男性は,明らかにろーずの父親ではないか……。心の準備もなく,婚約者の父という最も恐るべき存在と対峙する機会が訪れ,うろたえまくるあるまんぞに,父ウンボマー(実名)は冷たい視線を投げかけた。
あるまんぞは,えすぱ田家では唯一母の血筋を引くウィザード。兄弟間の競争意識に煽られることもなくノンビリ育ったせいなのか,いい年こいてアースクエイク,ウェブ,ストライクバックの三つしか魔法を使えない未熟者だ。
「娘はやれんな」
一人娘を立派なウォーロックに育て上げ,自らは精霊魔法とレビテーションを自在に操るウンボマーは,しょんぼりするあるまんぞを鼻で笑うと,ろーずを連れ帰ってしまうのであった。
ろーずのために,あるまんぞはその日から修行に励んだ。来る日も来る日も,あるまんぞは杖を振るい続けた。手に血マメができ,それが破れて血まみれになっても,あるまんぞはなおも杖を振るい続けたのだ。
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理不尽な修行にも歯を食いしばる,あるまんぞ |
ウィザードにも筋力トレーニングは必須……なのか? |
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杖振り千本ノックの様子。白い手袋がみるみる赤い血で染まっ……たりはしていないが |
数か月にわたる修行の末,あるまんぞは自らウンボマーに面会を求めた。不安そうに祈りを捧げるろーず。
「お義父さん,僕の今の実力を見てください!」
ついにあるまんぞは,ウィザード最大の奥義「レビテーション」を会得したのだ。
「あるまんぞ,よくぞこの短時日でレビテーションを習得した。先日の非礼を詫びよう。あらためて息子と呼ばせてくれないか?」
ついにろーずを妻にめとる許可がおりたあるまんぞ。うやうやしく義父に頭を垂れるあるまんぞの前で,ろーずはいつになくエキサイトし,思わず勝利の雄たけびをあげるのであった。こうして二人は無事結ばれ,数年後には息子じょなさんが誕生する。
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今回はこっそり,息子じょなさんの成長した姿をご覧に入れよう |
父ちゃーるずは悩んでいた。というのも,彼の可愛い末娘ろーらのことである。オーシュに引っ越してから早3年。商才溢れるちゃーるずは,宝くじ「ベレムの箱」の販売であっという間に財を築き上げ,再び家族に裕福な暮らしを与えていた。
家族も立ち行くようになったところで,問題になるのは,これといって為すところもなく,いっかな嫁に行こうともしない末娘。元海賊の長女や,先の戦争で魔女の異名をとった次女については,すでにある意味スタンダードコースを諦めているものの,まだ年若い末娘には,なんとか自分の目の届く範囲で幸せになってほしい。
ところが肝心のろーらはといえば,父の切なる願いを知ってか知らずか,日々を無為に過ごすばかり。生活苦から突如解放されたせいか,遊びに入れ込むでもなく,ぬるま湯に浸かったような日々を送る始末である。
「いい加減にせんかぁっ」
暇さえあればダーツにふけり,ソファの周りに寝転んで,うぃりーと雑談するろーらの腑抜けた姿。えーと,あなたは主人公ですよー?
だらだらと毎日を過ごす娘に,ついに堪忍袋の緒が切れた父ちゃーるず。断腸の思いで娘を家から叩き出し,ろーらの緩みきった精神に喝を入れるべく,貴族の友人「トルシェー」の力を借りることにしたのだ。使用人はもちろん,家族の行儀作法にもうるさいことで知られる彼のお屋敷へ,丁稚奉公(?)としてろーらを放り出し,レディにして帰ってこさせようと決断した。
「めんどくさいなぁーもぅ」
ぶつくさ言うろーらに,かつて夢と希望とほんの少しの恐れを抱き,まだ見ぬ家族を探し続けた輝きは見いだせない。道中勝手に逃げ出さないよう,お目付け役にうぃりーと兄あるまんぞを付け,いつか見たようなメンバーで,トルシェー屋敷を目指すのであった。
久しぶりに揃った,いつものメンバー。出発前にオーシュで記念撮影
さて,同じ貴族といっても没落気味であったえすぱ田家と違い,さすがトルシェー屋敷は馬鹿デカい。二つのフロアで構成されているお屋敷は部屋数も多く,有事に備えてか,入り口が見えない隠し部屋まであるようだ。廊下や部屋を,用もないのにふらついている使用人の多いこと,多いこと。執事自らマスケット銃を持って警備に回るなど,無駄にお金が余っているようだ。
しかしこんなに人手がありながら,玄関ホールが無人で出迎えもないというのは,使用人の教育がなってないような気も。どこかできちんと様子を見たうえで,わざとお客扱いされてないんじゃ,などと勘ぐる一行であった。
案の定,ろーらが通されたのはなんとメイド部屋。ちなみにメイドという単語に敏感に反応した読者もいるだろうが,あまり想像をたくましくしないでほしい。なにしろこんな外見なのだから。
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門扉から玄関までの距離は,その家の裕福度を示すらしいが,トルシェー屋敷の前庭はやたら広く,貴族っぽさ満点。でも,ちょっと暗い |
コルセットをきちんと締めた,歴史的にはかなり正しいメイド姿なのですが,その,可愛いという単語はどこを探しても……ええもう |
こちらは男性使用人のトップに立つ執事。「日の名残」みたいな世界を期待してやってきたんですが,かなりアテが外れました |
メイド長「ロザンヌ」はニコリともせず,主人公に黙ってデッキブラシを手渡し,庭に住み着いた野犬の駆逐とフン掃除を命じた。
「野良犬!? フン掃除……って」
フン除けヘルメットと,ロザンヌ特製「メイド養成ギブス」を身に着けたろーら。ポーズを決めてみたところで,手にしたエモノはしょせんデッキブラシである
愛用のおしゃれミニスカ+ニーソファッションとはほど遠い,野暮ったいデッキブラシを渡され,おまけに犬退治なんて面倒なうえにぱっとしない仕事を押し付けられ,憮然とする主人公。だがロザンヌは気に留める様子もない。
「庭にはタチの悪いカラスも住み着いているから,“落し物”の襲撃を受けないよう,これもかぶりなさい」
着用をうながされたのは,これまた無粋な金属製ヘルメット。こうして,出来損ないのコンキスタドールみたいな,世にもこっけいな姿で働くハメに陥ったろーらだが,そこはめげないのが主人公というもの。日々めきめきと,そのデッキブラシさばきを上達させていく後ろ姿は何ともたくましい。
ブラシを大回転させて犬をなぎ払う「ギガントルマシャ」,振りかぶってたたきつけることで衝撃波を出し,野良犬を失神させる「ティエラショック」,ブラシ部分と柄で殴りつける「ブランディールカデナ」。こうして次々とろーらは,オリジナルのデッキブラシ技を編み出していくのであった。いやその,そんなにご大層な技なのかは大いに疑問であるが。
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見よ,この華麗なるデッキブラシさばき。小学生のチャンバラとはわけが違いますとも。いや,そんなには違わない気もしてきたが |
しかしロザンヌは決して犬退治以上の仕事を,ろーらに与えようとはしない。やるときはやるが,地道な努力の苦手な狩猟動物であるろーらは,来る日も来る日も,頭上のカラスを追い払いながら犬を相手にするのに疲れ果てた。そんなろーらのストレスが,ある日大爆発。愛用の(?)デッキブラシを握り締めると,あるまんぞとうぃりーの制止も振り切り,トルシェー屋敷の2階へとカチ込みをかけたのだ。
「往生しいや,ロザンヌはん!」
長ドスを持っていないと,セリフが決まらないことおびただしいが,ロザンヌだって黙っちゃいない。何せ相手は100人規模のメイドを仕切り,このトルシェー屋敷を守る若頭,じゃなかった女中頭だ。腕っぷしも並ではない。スカートを優雅に翻しながらろーらの斬り込みを受け流すロザンヌ,ブラシの毛を撒き散らしながら連続技を叩き込むろーら。げに恐ろしきは女の喧嘩,二人の戦いは,まさに竜虎にたとえられよう。持っている武器の話を除けば,だが。
死闘の末に宿敵(?)ロザンヌと,居合わせたメイド達を倒したろーらは,もうトルシェー屋敷にはいられない。包丁一本さらしに巻いてでなく,デッキブラシを一本背中に担ぎ,その夜のうちに風をくらって逐電した。
兇状持ちとなった彼女の行方を知る者はいない。ただ,ときおり風の噂で,腕に覚えの剣士達にデッキブラシ1本で勝負をもちかけ,賭け金をせしめて生計を立てている凄腕の女がいると,聞こえてくるばかりである。
また,よく撓(しな)うデッキブラシの柄を「しない」と名付け,弟子の神後伊豆守宗治と疋田文五郎景兼を引き連れて数々の他流試合に臨んではそのすべてに勝ち,天下無双の達人として新大陸各地にデッキブラシ新陰流の名を広めているという説もあるが,これはきっと別の連載と混同された噂に違いない。
いずれにせよ,当のえすぱ田家の面々は,それほど深刻に彼女の身の上を心配してはいない。腕は立つが飽きっぽく,要領のよい彼女のこと,「おなか空いたー」とか言って,そのうちひょっこり帰ってくるに決まっているからだ。
父の望む形ではなさそうだが,どうやら張りのある生活に戻ったらしいろーらは,今日も新大陸のどこかで,剣(デッキブラシ?)を手に,彼女らしく生きているに違いないのである。