― 連載 ―


ダインスレイフ(Dainsleif)
 魅惑の首飾りブリーシンガメン 
Illustration by つるみとしゆき

 北欧神話に登場する女神フレイヤは非常に美しく,神や巨人からプロポーズされる逸話も多い。どちらかというとフレイヤは,人々を狂わせる側であったのだが,そんな彼女のほうが夢中になったというエピソードがある。
 ある日,フレイヤがミッドガルドに出かけたときのこと。彼女が立ち寄った小さな洞窟に,アルフリッグ,グレール,ドヴァリン,ベーリングという名前の4人のドワーフが住んでいた。彼らは細工師として優秀な腕を持っていて,ブリーシンガメン(Brisingamen/炎の首飾り)という美しい首飾りを制作していた。この首飾りを見たフレイヤは,その魅力の虜(とりこ)になってしまった。
 そこで「売ってほしい」とドワーフに伝えたのだが,ドワーフ達は金など望まず,首飾りの代価として要求したのはフレイヤの身体だった。通常であれば拒否するところなのだろうが,こともあろうにフレイヤは首飾りの魅力に屈してしまい,ドワーフ達と夜を共にすることになった。
 ブリーシンガメンを手に入れたフレイヤだったが,実は奸智の神ロキが一部始終を見ており,ロキはこの事実を主神オーディンに告げたのだ。そのためオーディンは不貞なフレイヤの行動に怒り,ロキに首飾りを没収させた。
 だが,これはうまくいかず,最終的にはブリーシンガメンはフレイヤの手に戻ってしまう。オーディンは,「この罪を償うには,二十の将を持つ二人の王を争わせよ。また,どちらかが倒れても復活させて未来永劫に戦わせよ。この戦いによってお前の罪は許される」と告げたのだった。

 二人の王と終わりなき戦い 

 フレイヤは,デンマーク王ホグニとサラセン王ヘジンを争わせることにした。フレイヤはゴンドゥルという別名でヘジンに近づくと,ヘジンを褒め,あなたに匹敵する男はデンマークのホグニだと告げた。この話に興味を持ったヘジンは,デンマークへと向かってホグニと会見し,互いに競い合った二人の力はまったく互角であることを知る。そして,いつしか二人の間に友情が芽生えていった。

 ある年,ホグニは遠征のためにデンマークを空けていたときのこと。
 ゴンドゥル(フレイヤ)は,魔法の酒を使ってヘジンをそそのかし,「ホグニには妻がいるがお前にはいない,妻を娶ればホグニと互角以上になれる。まずはホグニの妻を殺し,次に娘のヒルドを略奪するのだ」と囁いた……。ヘジンが正気に戻ったときは,すでに何もかも手遅れで,すべてはフレイヤの望んだようになっていた。後悔しながらも,ヘジンはデンマークをあとにした。
 遠征から帰ったホグニは,略奪などしなくても娘のヒルドが欲しければ妻として与えてもよかったのにと嘆きながら,ヘジンを追撃した。そしてヘジンとホグニは,ハーと呼ばれる島で相対した。ヘジンは悪意ある魔力によって大きな過ちを犯したことをホグニに説明し,ヒルドも争わないようにとホグニに嘆願した。
 だが,この戦いは中止されることはなかった。というのも,ホグニは(おそらくフレイヤに与えられた)魔剣ダインスレイフを抜いてしまったからである。ダインスレイフは,一度抜かれると必ず人の命を奪うという恐るべき剣だったため,どんな嘆願も説明も効果はなく,戦いの火蓋は切られてしまったのだ。

 ダインスレイフ 

 北欧神話では,ダインスレイフはドワーフが鍛えた剣ということになっている。一説によると「ダインの遺産」という意味であり,ダインとはドワーフの名前なのだという。
 武器としての最大の特徴は,一度抜くと人の命を奪うまで鞘に戻らないという点に尽きるが,ほかにも「攻撃では遠慮を知らない」「かすり傷でも負おうものなら,その傷は治らない」などの表現が多数見られ,神話中では武器としての荒々しさが強調されている。剣のディテールについての描写はあまりないが,北欧ということで両刃の剣だと思われる。
 北欧神話の中では,どういう経緯でダインスレイフがホグニのものになったのか語られてはいない。おそらく,なんとしても二人を戦わせたいフレイヤが,ヘジンとホグニの和解を防ぐために,ドワーフに作らせてホグニに与えたのではなかろうか。なお同時に,ヒルドには万能の霊薬が与えられたため,死者は復活することとなり,ホグニとヘジンは未来永劫戦うことになってしまった。

 女神フレイヤが魅惑の首飾りブリーシンガメンに夢中にならなければ,このような悲劇は起きなかった。なお,ホグニとヘジンは,今でも争い続けているともいわれている。

 

ケーリュケイオン

■■Murayama(ライター)■■
Murayamaの家には焼酎やワイン(ワインセラーまである),スコッチなどさまざまな酒があるが,中でも最も強烈なのが,ポーランド産のウォッカ「スピリタス」だろう。最近では結構有名になり,手に入りやすくなってきたが,知らない人のために説明しておこう。スピリタスは,96度という世界最高のアルコール度数を誇るお酒。これを「神の酒」と呼ぶMurayamaは,常に冷凍庫の中で冷やしており(凍らない),誰かの誕生日などの祝い事があると取り出してショットで一気にあおっている。とくに年末年始は何かとおめでたいので,消費も激しいようだ。大変燃えやすい酒としても知られており,うっかり引火しないか心配である。

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