― 連載 ―


クラウ・ソラス(Claimh Solais)
 神々の王ヌァザ 
Illustration by つるみとしゆき

 古代ケルト人によって伝えられたケルト神話は,ダーナ神話,アルスター神話,フィアナ神話などの神話群によって構成されている。どの神話にも剣と魔法の世界の王道を行くようなエピソードが多く,騎士や神々が個性豊かな武器を振るって戦うシーンに心が躍る人も多いだろう。
 以前紹介した「ブリューナク」や「カラドボルグ」も,ケルト神話を代表する武器といってもいい。今回はケルトのダーナ神話に登場するクラウ・ソラスという剣と,その所有者であるヌァザについて紹介してみよう。
 ヌァザ(Nuadha)は,ダーナ神話群に登場する神々の王である。ケルト神話におけるヌァザは「炎」と「癒し」の化身といわれている。「炎」と「癒し」という要素には,一見関連性がなさそうだが,炎には浄化作用があることから,癒しの神としての一面を持つようになったという。こうしたことからヌァザの姿は,光り輝く体に深紅のマントを羽織っており,騎乗する馬も輝く馬として描かれている。また癒しを体現する要素として,仲間の神族への情が深く,どんなときも王として仲間のことを案じていた。

 ヌァザはしばしばヌァザ・アーケツラーヴ(Nuadha Airget-lamh)と呼ばれるが,Airget-lamhには「銀の腕」という意味があり,そう称される理由には,腰に吊されていたクラウ・ソラス(Claimh Solais)が光の剣で,それを振るう腕が銀色の光をまとうことに由来するというものと,一時期ではあるものの彼の右腕が銀の義手であったことに由来するとの二説がある。
 ちなみにケルト神話に登場する光の神ルーも"長腕"という称号を持っているが,こちらは光の槍を振るうことによって手が伸びていくような印象を受けるためである。そう考えるとヌァザの銀の腕という称号は,光輝く剣クラウ・ソラスを振るう様子から付いたと考えるほうが妥当だろう。
 なおクラウ・ソラスには光/炎の剣という意味がある。神話中にあまり詳細な記述がないのが残念だが,一度鞘から抜かれると,その一撃から逃れられない不敗の剣と表現されることが多い。
 ちなみにクラウ・ソラスはかつてはフィンディアス(Findias)という都でドルイド僧のウスキアス(Uscias)が守護していた。やがてヌァザに継承され,光の神ルーの魔槍ブリューナク,戴冠石リア・ファル,ダグザの所有する魔の釜(正式名称不明。ダグザの釜とも)とともに神々の四至宝の一つとなっている。

 

 モイトゥラの戦い 

 ヌァザの活躍を描いた代表的なエピソードに,モイトゥラの戦いがある。これはエリンの地に住むダーナ神族と,彼らよりも昔からエリンに住んでいたフィルボルグ族の戦いを描いた逸話である。ダーナ神族とフィルボルグ族は本来は同種族であり,ダーナ神族はエリンの地で共存して外敵と戦おうと提案。これに対し,共存を飲んだらエリン全土を取られるのではないか? と不安を覚えたフィルボルグが,この申し出を断ったことで戦争が勃発した。
 会談の結果,150日の準備期間を設けたあと,モイトゥラで同数の兵力で戦うということになった。戦いは6日間にわたって行われ,当初は不利だったダーナ神族は徐々にフィルボルグ族を圧倒していった。
 戦いが始まって4日め,ヌァザはフィルボルグ族のスレン(Sreng)と戦っていた。スレンは両軍の中でも最強の戦士であり,ヌァザはこれを食い止めるべく戦っていたが,スレンの剛剣の前にヌァザの右腕は切り落とされてしまった。それでも戦局はダーナ神族達に有利だったため,エリンの五つの地方の一つをフィルボルグ族のものとし,以後干渉しないという条件で戦争は終結した。
 ヌァザは王位を退き,ダーナ神族とフォモール族の両方の血が流れるブレス(Breas)が新王として即位した。だが北方に住むフォモール族と結託したブレスは圧政を布き,国は次第に廃れてしまった。

 

 第二次モイトゥラの戦い 

 右腕をなくしてしまったヌァザだったが,医術の神ディアン・ケト(Dean Chect)や鍛冶の神クレズネ(Creidne)の力を借りて銀の義手を作ってもらい,さらにディアン・ケトの息子ミアッハ(Miach)の尽力もあって,右腕の再生に成功した。そのため,満場一致で再びヌァザは王の座につくことになった。これを面白く思わなかったブレスはフォモールをそそのかし,ダーナ神族とフォモール族は戦うことになってしまった。この戦いもモイトゥラで行われたことから,第二次モイトゥラの戦いと呼ばれることになる。
 戦いには多くの兵が参加し,苛烈を極めた。戦場ではヌァザの息子のカスムエール(Cassmaer)と,フォモールの敵将インジッヒ(Indich)の息子オクトリアラッハ(Octriallach)が一騎打ちを行い,オクトリアラッハが勝利すると次に父親同士が戦い,ヌァザはクラウ・ソラスを振るって勝利した。この戦いで多くの者が命を失ってしまったが,それはヌァザも同じであった。
 ヌァザは自分がこの戦いで死ぬことを予言しており,それは的中することになる。フォモール族の総大将であるバロールはクロウ・クルーアッハ(Crom Cruach)という闇の竜を召喚して放ち,これを食い止めるのは自分しかいないとヌァザはたった一人で立ち向かった。ヌァザは光の剣クラウ・ソラスを振るって戦い,闇と光は幾度となくぶつかった。クロウ・クルーアッハはあまりにも強く,その強さは,途中で加勢しようとした神などがクロウ・クルーアッハの一撃で死んでしまったほどである。奮戦もむなしくヌァザはクロウ・クルーアッハによって闇の世界へと連れ去られてしまった。あと1日あれば,敵の総司令官であるバロールを倒せる光の神ルーが到着したというのは悲劇としかいいようがない。ヌァザは最後の最後まで仲間のことを案じ,死に際してはクラウ・ソラスを天へと掲げ,ダーナ神族への祝福の言葉を残したと言われている。
 これは蛇足だが,ヌァザは多くの人々に愛されたようで(アーサー王伝説との関連もあるが,それは別の機会に紹介しよう),アイルランドではフルッズ,イングランドではラッド(Lud)と呼ばれている。真偽のほどはともかく,ラッドが変化してロンドンになったという説もある。

 

日本号

■■Murayama(ライター)■■
いつも破天荒な日常生活を送っていることで,ここのプロフィール欄に書くネタには事欠かくことのなかったMurayamaだが,このところ家に籠もって仕事のゲームばかりやっているという。「そんなことでは困る!」と苦情を申し立てたが,ほとんどが4Gamerの仕事だというので,ううむ仕方がない。先生,次週は何かすごい無茶をよろしくお願いしますよ!