連載 : 剣と魔法の博物館 〜モンスター編〜


剣と魔法の博物館 〜モンスター編〜

第28回:キマイラ(Chimaira)

 神話や民間伝承には,一般的な生物が巨大化したものや,複数の生物が融合したものなど,さまざまな怪物が登場する。とくに後者については,スフィンクスやグリフォン,ペガサスなど,優美ともいえる姿をしているものも多く,いずれも高い人気を誇っている。
 現在では,2種類以上の異なった由来の細胞を併せ持つ動物個体を,キメラ動物(Chimera Animal)と呼ぶが,このキメラという語は,ギリシャ神話に登場するキマイラ(Chimaira)にちなんでいる。

 キマイラとは,獅子,山羊,蛇(もしくはドラゴン)の三つの要素を含んだ合成獣のこと。その姿にはいくつかのパターンがあるが,獅子の上半身,山羊の下半身,蛇の尾を持ち,獅子,山羊,ドラゴンの三つの頭を備えているものが一般的だろう。獅子の頭/上半身,山羊の胴体,蛇の尾を持ち,肩口から山羊の頭を生やしている姿で描かれることもある。
 ギリシャ神話におけるキマイラの父親は,半人半蛇のテュフォン。母親は,女性の上半身と蛇の下半身を持つエキドナだ。ヒドラやスフィンクス,オルトロス,ケルベロスなどとは,兄弟関係にある。
 その血統からも推察できるように,キマイラの戦闘能力はかなり高い。複数の頭から繰り出される頭突きや噛みつき攻撃,炎のブレスなどには,歴戦の勇士でも苦戦を強いられることだろう。
 キマイラにこれといった弱点は見当たらないが,ギリシャ神話の英雄ベレロフォン(Bellerophon)は,ペガサスを駆って炎のブレスの射程から逃れ,空中から弓矢で攻撃したという。しかし,それでは致命傷を与えられなかったので,キマイラめがけて鉛の塊を落とした。するとキマイラは,炎を吐いて鉛を溶かしたが,自らが溶かした鉛によって火傷を負い,死んでしまったのである。
 ベレロフォンの例を見るまでもなく,対キマイラ戦では,炎のブレスをいかに回避するかが勝負の分かれ目になりそうだが,ゲームの中には翼を備え,圧倒的な機動力を発揮するキマイラも存在しているので,油断は禁物だろう。

 

 先述したように,ギリシャ神話におけるキマイラは,テュポンとエキドナの間に生まれたのだが,後にはカリア王アミソダレスが,ペットとして飼い慣らしたという。一説によればアミソダレスは,リュキア王のイオバテスと仲が悪く,リュキア山にキマイラを放したと言われている(単に,キマイラがリュキア山に逃げ込んだという説もある)。
 いずれにせよ,キマイラはリュキア山周辺の住人に多大な被害を与えていた。その被害を食い止めるべく,イオバテス王からキマイラ討伐を依頼されたのが,先ほど紹介したベレロフォンなのである。
 ちなみに,リュキア山は火山であり,そこには大蛇,山羊,獅子が棲息していたという。古代の人間は,自然の脅威を神格化/怪物化することが多かったので,ひょっとするとキマイラは,リュキア山という火山を象徴する存在だったのかもしれない。

 キマイラについて記された文献といえば,古代ギリシアの詩人ヘシオドスの「神統記」や,同じく古代ギリシアの詩人ホメロスの「イーリアス」が有名だ。どちらの書物でも,キマイラは神の血族として紹介されている。
 獅子,山羊,蛇といった三要素が合成されたモンスターであることは前述したが,獅子の頭にはたてがみがあるし,山羊には雄々しい角があることから,キマイラは「オス」としての特徴を備えている。
 しかし,アミソダレスはキマイラをしばしば娘と呼んでいたという。またキマイラという名前には,ギリシャ語で牝山羊という意味もあるらしい。キマイラは,合成獣であると同時に,男性と女性を併せ持つ存在とも考えられ,なかなか興味深い。

 

次回予告:イフリート

 

■■Murayama(ライター)■■
ライターとしての仕事だけでなく,イベントの司会などにも精力的に挑戦しているMurayama。つい先日も,あるイベントの司会を依頼されたのだが,現在ひどい花粉症に悩まされているため,断腸の思いでお断りしたという。「鼻水たらしながら人前に立つわけにはいかないしねぇ」と,司会に対する真摯な思いを語るMurayamaだが,原稿のほうも,それくらいまじめにやってくれると助かります。


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http://www.4gamer.net/weekly/sam_monster/028/sam_monster_028.shtml



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