高知 仁さん近影(松本隆一:画)
病によって選手生命を絶たれた,したがってあまり体が丈夫でない鬼コーチ高知 仁さんに預けられ,トップ選手を目指しての特訓が続くひろみちゃん。他人事ながら,トップをねらうのかエースをねらうのか,たいへんなことと思う。
小学生時代に基礎体力の強化に努め,いよいよ本格的な競技活動に入るべく中学進学を果たしたところ,テニス部なんてありゃしないわけで。仕方なくというかなんというか,水泳部に所属し,水泳部のエース選手を目指すべく,選手生活を始めるひろみちゃんなのであった。
初めて出場した大会では,残念ながら2回戦敗退。入部半年足らずで異例の抜擢を受け,この結果であったため,部内で先輩達からのいじめに遭ったとか
ということで,中学に入学して部活動として水泳部を選択し,本格的に選手活動を始めたわけであるが,基礎体力作りのためのジム通いや,根性……じゃなくて精神力を鍛えるための空手道場通いは継続させ,部活動を水泳部に変えた程度である。
生活サイクルの変化が小さかったため,ストレスの溜まり具合もそれほど激しいものではなく,休日のお出かけもそこそこで,十分なストレス解消が可能であった。半年ほどこの状態で成長具合を見て,それから今後の方針を考えることにしよう。
それにしても,入学直後の4月から部活動でプールが使えるということは,温水プールを備えているわけだ。私立とはいえ,けっこうぜいたくな部類ではあるまいか。
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中学入学直後のスケジュールは,これまでと大差ないもの。部活動が陸上部から水泳部に変わった程度だ |
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高知 仁さん自らが乗り出して,休日に特訓を行う。ほぼ半日ぶっ通しで泳がせるスパルタ方式だ
こうして1学期も終わり,8月末には部活動の大会があった。選手に抜擢されたひろみちゃんであったが,残念ながら2回戦で敗れてしまった。というのも,部活動だけでは水泳スキルの向上度合いが高くなく,この時点でのレベルはまだ0なのであった。2回戦に進めただけでも御の字だろう。
入部から半年と経たない8月末の時点では仕方ないと思っていたものの,このペースでの育成を1年ほど続けても,水泳スキルは1止まりで,とてもエース選手を「ねら」うことなどできない。
仕方なく,高知 仁さんは心を鬼にして(って,元から鬼コーチな気も),休日も時間の許す限り市民スポーツセンターのプールに通い,自らひろみちゃんに特訓を施すのであった。
さて,仁さん自らが特訓に乗り出すと,必然的にストレス解消のための時間が減る。休日のお出かけにおいても,まず稲荷山や臨海地区などでストレスを解消させたあと,市民プールで特訓を行うわけで,忙しいったらありゃしない。
まぁ,そうした無理を強いていることもあり,せめて親友のマキ……じゃなかった小早川みちるなどからの誘いに関しては,効率に目をつぶって送り出し,ストレス解消をさせてあげる仁さんなのであった。鬼コーチといえども,選手がつぶれてしまっては元も子もないので,手綱を緩める瞬間は必要だ。
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主に部活動のみで水泳スキルを伸ばした1年の成果はこの程度。「エース」選手の座をねらうどころではない |
特訓を行えば疲れも溜まる。あまり体には良くなさそうだが,ドリンク剤なども活用する必要があるだろう |
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そんなこんなで,ときに蓄積されたストレスにビタミン剤やドリンク剤で対処しつつ,そうはいってもあまり頻繁には使わないように心がけつつ,ひろみちゃんを鍛え上げる仁さんなのであった。
高校最後の大会で,ついに優勝を果たしたひろみちゃん。まだアスリートを目指す途上ではあるが,立派な成果だ
そうこうしているうちに高校へ進学。この頃になると,水泳スキルのレベルも向上し,高校1年の大会では決勝まで残れるようになった。このペースで行けば,高校生のうちにエース選手として通用するようになるだろう。
しかし,ここまでアスリートとしての能力ばかり磨いてきたせいか,気品や魅力といったパラメータの低さが目につくようになった。選手としての能力にはおそらくそれほど影響しない部分ではあるが,年頃の女の子としてどうなのかということもあるし,今後世界に羽ばたいたあかつきに,華やかさに欠けるのは望ましくない。
体力や精神力は十分に伸びたので,ジムや空手道場の代わりに,社会勉強を兼ねてカフェで働かせることにしよう。まさに「サービスエース」である(いや,違うと思います)。併せて,茶道教室にも通わせて,女性らしい細やかさを身につけさせる。
選手として頭角を現すにつれ,学内でも有名になってきたのか,生徒会長の藤堂さん……じゃなかった大友先輩などとも知り合い,交流を持つようになった。同じように中学から知り合いではあったが,あまり縁のなかったお蝶……いやいや,細川美穂さんなどともよく話すようになり,これまでも親友だったマキ……もとい小早川みちるなど,さまざまな友人達に励まされ,選手として成長していくひろみちゃんなのであった。
そして,高校最後の大会においては優勝を果たし,晴れて水泳部のエース選手としての地位を確保したのである。
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選手として腕を上げるにつれ,校内の有名人となったのか,生徒会長の藤堂さん……じゃなかった大友先輩などとも知り合う。また,お蝶……もとい細川美穂さんのような,学内きっての上流階級(?)とも友達付き合いをするようになり,スポーツ以外の面でも成長していくひろみちゃんであった |
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オリンピックに出場,銀メダルを獲得したひろみちゃん。しかし,まだ上はある。次の世界大会に向けて仁さんの贈った言葉は,何かを「ねらえ」という指示だったに違いない
こうして水泳選手としての実績を残し,高校を卒業したひろみちゃんであるが,その後の進路はどうなったか? 驚くべきことに,この連載で初となる順当な将来を手に入れたのである。水泳選手としてオリンピックに出場,惜しくも銀ではあったが立派にメダリストとなったのであった。
つまりは残念ながら「チョー気持ちいい」ではなく「メッチャ悔しいですぅぅぅ」なわけであるが,次のオリンピックでは金メダルをねらうとの手紙を,わざわざ仁さんにあてて送ってきている。
さてここで気になるのは,義父が相手なのになぜ直接言うのではなく,手紙で送ってきているのか,だ。「このゲームのエンディングにおけるお約束だから」などと無粋なことは言いっこなしで,ここはやはり,直接会って伝えるわけにはいかない,何らかの事情があったのだと解釈しておこう。
仁さんはきっと,彼の選手生命に終止符を打つ元凶ともなった,病の悪化で病床にあったのだ。そして,海外遠征に出かける前にはやはり,何かを「ねらえ」と感動的な一言を残していたに違いないのだ。ええ,そうですとも。