連載 : 奥谷海人のAccess Accepted


奥谷海人のAccess Accepted

2007年2月7日掲載

 今回は,「ワンダと巨像」に登場する巨像を,「Counter-Strike: Source」のカスタムマップで再現したMODアーティスト,“wardy”こと,ゾンケ・シーベル氏へのメールインタビューをお贈りしよう。合わせて,このマップ,de_wandaについてや,現在のMOD界の状況なども紹介したい。現時点で最高の個人制作マップと評価されるde_wandaを作り出した“warby”とは,どのような人物なのだろうか。

 

あるMODクリエイターへのインタビュー

 

ドイツのwarbyが手がけた
チョッピリ日本風なCSSマップ

 

 ソニー・コンピュータ・エンターテイメントから2005年10月にリリースされたプレイステーション2用ソフト「ワンダと巨像」は,日本だけでなくアメリカやヨーロッパでも高評価を得た作品だ。生け贄にされた少女を救うために16体の巨像を探して旅する青年ワンダの物語で,ちょっと変わったゲームシステムや独特の世界観が多くのゲーマーの心にヒットしたのだ。

 

あの巨像とストライダーが戦うという不思議なシチュエーションのオブジェを作成したのが,MOD界においてwarbyの名で知られるゾンケ・シーベル氏。ストライダーからはタコ足が伸びている

 そんな,ワンダと巨像の美しい世界をSourceエンジンで再現したら……,そんなことを考えたMOD制作者が発表したマップが,「de_wanda」である。これを作成したのが,ドイツのMODクリエイターの間ではちょっとした有名人であるSoenke Siebel(ゾンケ・シーベル)氏。warbyというハンドルネームで知られているが,あの「Codename Gordon」や「Red Orchestra」などの制作に関わった人物と言えば,日本のゲーマーにも分かりやすいかもしれない。

 MODとは,リリースされているゲームのソースコードを改造して自分の好きな内容にしてしまうというアマチュア(たまにプロも)プログラマー達の遊びであり,英語の「modification (改造/調整)」に由来する。武器の性能やキャラクターのルックスを変更する単純なものから,de_wandaのようにまったく別の世界を作り上げてしまうという非常に手の込んだものまで,さまざまなファイルが存在する。「Unreal Tournament 2004」を改造してサッカーゲームを作ってみたり,ゲームではなくムービー(マシニマ)にしてしまったりと,ゲームという文化の中のサブカルチャーとして根付いているのだ。

 このようなプログラムの改造は,とくにFPSやリアルタイムストラテジーのような人気ジャンルではごく普通に行われている。
 「DOOM II」(1993年)あたりからアマチュアプログラマーやアーティストの間ではやり始め,現在では「Half-Life 2」のSourceエンジンやDOOM/Quakeエンジン,Unreal Engineなどの名だたるゲームエンジンが,ファンサービスとしてソースコードを公開したり,MODファイルをサポートしたりしているほどだ。2006年だけでも約4000種類のMODファイルが登場したと言われており,とくに欧米のFPSはMODとの共存によって成長してきたジャンルと言って過言ではないだろう(当然,著作権問題が気になるところだが,それについては後述する)。

 

 

あの巨像がConter-Strikeに登場?

 

 英語圏では「Shadow of the Colossus」というタイトルで呼ばれるワンダと巨像(ちなみにコロッサスは単数形で,複数形ではコロッシ(Colossi)となる)。de_wandaが「ワンダと巨像の世界を再現する」とはいえ,シーベル氏はその世界観をかなり独自に解釈している。舞台となる街は,フランス在住の知人の協力を得てリビエラ風の街並みに仕上げられているし,巨像のアートワークやテクスチャ,アニメーションはすべてシーベル氏の手によるものなのだ。

 なにより興味深いのが,de_wandaでは,巨像とストライダー(Half-Life 2に登場する3本足の巨大モンスター)が激しい肉弾戦を繰り広げているシーンを描いたオブジェが置かれていることだ。
 このMODは「Counter-Strike:Source」に対応しており,高解像度テクスチャをふんだんに使用しているためなのか,たった1マップというのに160MBと非常に巨大なサイズになっている。そのため,このファイルを楽しめるだけのサーバーがあまり存在せず,筆者自身もダウンロードはしてみたものの,まだ実際に対戦するまでにはいたっていない。

 

個人制作のカスタムマップとしてクオリティの高さが際立つde_wandaは,見たとおり高解像テクスチャをバリバリ使用している。Counter-Strikeっぽさはまったく姿を消している

 さて,MODに関していつも問題視されるのが著作権問題だ。例えば,LucasArtsは同人的な活動に対して非常に寛容なことで知られており,親指をキャラクターに見立てたパロディ系の自主制作映画が市場に出回っていたりする。また,プロジェクトによってはアートやサウンドエフェクトを無償提供することもあるようで,こうした支援によってコアなファンの支持を強固なものとし,その支持によって知的財産そのものの延命を図るという,非常にポジティブなとらえ方をしている。
 こうした考えを持つ欧米のメーカーは多く,それはMOD制作にも当てはまる。著作権に関しては,契約によらない“暗黙の了解”がメーカーとMOD制作者との間に成り立っているわけだ。とはいえ,あくまで暗黙の了解であり,度が過ぎれば問題も発生するだろうし,基本的にグレーゾーンであることは間違いない。
 de_wandaに関して言えば,もともと日本のゲームがMODに登場することはあまりないため前例に乏しいが,シーベル氏自身は,すべて自分でテクスチャやモデルを用意してあることもあり,とくに問題視はしていないようだ(ミニインタビュー参照)。

 

 

シーベル氏ミニインタビュー

 

warbyのハンドル名を持つゾンケ・シーベル氏は,MayaやPhotoshopといったグラフィックスツールに精通し,MOD制作ばかりでなく,リリースが予定されている「Alliance: The Silent War」といった,商用のゲームの仕事をすることも多い

 今回は,実際にゾンケ・シーベル氏にコンタクトを取り,質問を投げかけてみた。FPSの好きなゲーマーなら,彼のかかわった作品が意外と多いことに気づくだろう。アマチュアの域をほとんど脱しており,欧米のPCゲームの一角を,シーベル氏のような多くの熱狂的なクリエイターが動かしていることがよく分かる。彼のような存在こそが,欧米ゲーム業界の力強さの理由の一つなのであろう。

 

Q1.これくらいの規模の作品を終わらせるには,どれくらいの期間がかかるものなんでしょう?

 4か月ほどかかっていますが,作業していない期間などもあるので,確かなことはよく分かりません。作業はほとんど一人でやりました。とはいえ,テクスチャなどは仲間のThomas Hess(トーマス・ヘス)君のアーカイブからもらったものなんですけどね。彼にはゲームエンジンのエンティティ(データの集合体)とか,僕が分からない部分を手伝ってもらったりもしています。

 

 

Q2.ワンダと巨像をMOD化しようとした理由は?

 やっぱり,あのゲームが好きだからです。とりあえず巨像を作ってみたかったのですが,それをCounter-Strikeのマップに登場させれば,驚いたり感激したりしてくれる人もいるんじゃないかなって。テスト中は「マップは良いデキなのに,なぜあんな巨像が立っているのか分からない」って不満を言う人もいっぱいいたけど,それ自体がプロジェクトの中核なんだから,それが分からない人の意見に耳を貸す必要はないだろうと思ってました。
 あと,MODと言っても,ds_wandaは正確には「カスタムマップ」とでも呼ぶべきものなんです。Half-Life 2とCounter-Strike 2の内容を改造したわけではなく,いくつかのデータを追加しているだけですから。

 

 

Q3.プレイステーション2のゲームをテーマにすることは,知的財産や著作権の問題などで冒険だったと思いませんか?

 うーん,巨像に関しては,すべてのポリゴン,すべてのピクセルが私自身が一から作ったものですから,法に触れるものは何もないと考えています。要するにただのファンアートですからね。アートのスタイルやディレクションに影響を受けただけでは知的財産の侵害には当たらないでしょう。まあ,ソニーがこの作品によって失うものは何もなく,ワンダと巨像のファンだけでなく,Counter-Strikeファンも楽しめるのですから。

 

 

Q4.MOD制作の経験はどれくらいなんでしょう?

 大学ではコンピュータ・サイエンスを専攻していましたが,在学中には自慢できるようなものは何も作りませんでした。今は,レベルデザインとアートだけに絞っています。

 

 

Q5.これまでの作品は?

 大きな作品としては,これまで二つのMODを制作しました。Half-Life用の「Project Timeless」。そしてNVIDIAとEpic Games協賛による100万ドル懸賞金コンテストで受賞したトータル・コンバージョン,「Red Orchestra」です。実際にはプロップやアートの一部を担当していただけで,そう大きな役割を担っていたとは言えないのですけど,それでもわずかながら分け前はいただきました。
 Steamのユーザーなら,私と友人のx-tenderことPaul Kamma(ポール・カマ)が作った「Codename: Gordon」をご存じでしょう。あまり成功しなかったFPS,「Psychotoxic」ほか,いくつかの商業ゲームにも関わっていますが,あまり誇れるような仕事はないですね。「Might & Magic 5」のように外注の外注の外注って感じの仕事で,クレジットもついていないようなプロジェクトは少なくありませんが。

 

 

Q6.最後に今後の予定などをお聞かせください。

 過去2年間,ビッグプロジェクトではないにせよ,かなりユニークなコンセプトを持った,「Alliance: The Silent War」というFPSにかかわっています。開発状況などはよく分からないんですけど,早く発売されるといいですね。
 Half-Life 2のSourceエンジンを使ったプロジェクトも企画しているんですけど,ワンダと巨像を使ったコミックスを作ってみようかな,などとも思っているんです。僕のWebサイトにスクリーンショット風のアートワークを置いてるんで,ぜひ見てみてくださいよ。

 

 


次回は,「MMOゲームについて」。お楽しみに。

■■奥谷海人(ライター)■■
本誌海外特派員。昨年から,アメリカで大ヒット中の「Heroes」というテレビドラマに夢中な奥谷氏。もちろん,始まったばかりの第二シーズンも熱心にチェックしているという。このドラマには,IQ180の天才でビジュアルエフェクトアーティスト出身という異色日系俳優,マーシー・オカが出演しているのだが,彼のきめゼリフ「ヤッター!」が,奥谷氏のまわりでちょっとしたブームになっているとのこと。それだけでなく,ついこの間,酒の入った5人組の男女が「ヤッター!」を連発しながら道を歩いていくのを目撃した奥谷氏。「もうすぐ英語の辞書に載るんじゃないかな」と予想している。


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