連載 : 奥谷海人のAccess Accepted


奥谷海人のAccess Accepted

2006年11月29日掲載

 オンラインゲームの世界には,さまざまな事件が発生する。それはなにもゲームの中に限った話ではない。人と人とのコミュニケーションによって成り立つ世界だけに,ちょっとした相互理解の欠如や勘違い,そしてある種の悪意がいろいろな問題を引き起こしてしまうのだ。今回のAccess Acceptedでは,2006年のMMORPGシーンで起こった三つの事件を掘り起こしてみた。

 

オンラインワールドの奇々怪々

 

消えた100万ドルの怪
〜 Risk Your Life: Path of the Emperor

 

PvPに重点を置いたアクションMMORPG,「Risk Your Life: Path of the Emperor」だったが,日本でも正式サービスがキャンセルされるなど,パッとしない結果となった。コンパニオンの格好でE3を騒がせていた頃が懐かしい

 まずは,少し古い話から。2005年のElectronic Entertainment Expo(E3)で,中小のゲーム関連企業が集まるKentiaホールを賑わせていたのが,Planet Wide Gamesという新興のパブリッシャである。狭いブース内に,きわどいボンデージ姿のモデルを10人近くはべらせ,主催者から行き過ぎた演出だと非難されたほどである。
 しかし,同社が注目を浴びることになったのには,また別の理由がある。韓国産のMMORPG「Risk Your Life: Path of the Emperor」(RYL)の北米ローンチの目玉として行われる予定のトーナメントに,なんと100万ドル(約1億1500万円)の賞金を用意したと発表したことだ。この金額がE3で発表されるやたちまち会場の話題となり,7月のトーナメント開始時には,それがテレビニュースでも取り上げられるなどヒートアップ。RYLにとって順風満帆の船出になった。
 しかし,そのトーナメントの結果が伝わってこない。一つのトーナメントで賞金100万ドルというのは,ゲーム史上稀有な話であり,2006年でのE3で大きくアナウンスされることになっていたのだが……。いったい,誰がミリオネアの仲間入りを果たしたのだろう。

 公式のプレスリリースでは何の報告もされていないが,いろいろ調べてみたところ,このトーナメントは2005年末,Planet Wide Gamesによって一方的にキャンセルされていた。その理由は,「賞金目当ての不正行為が目立ったから」だとか。
 RYLを予約してまで参加した多くの真面目なプレイヤーには,さぞかしガックリな話だったろう。その後,同社はゲームのキャプチャ画像などからアメコミが作れる「Comic Book Creator」を大成功させて,また注目された。RYL北米版は,今のところ「約束不履行」とか「誇大広告」といった裁判を起こされることもなく,アイテム課金制へ移行して細々とサービスが継続されている。

 

 

ゲームプレイヤーがテロリストに?
〜 World of Warcraft

 

ユーザー人口約750万人と,MMORPG市場の約半分を占める「World of Warcraft」だけに,ファンの間の交流も盛んなようだ。1月初旬には,初の拡張パック「World of Warcraft: Burning Crusades」の発売が予定されている

 ここ数年のうちに海外旅行をしたことのある人なら,空港や飛行機内でのセキュリティチェックが一層厳重になっているのを痛感しているだろう。続いては,とあるゲームプレイヤーが,飛行機の中で些細な失敗をしたために,大きな事件に巻き込まれてしまったというお話だ。
 「World of Warcraft」でギルドのリーダーを務めるアメリカ人のティム君。夏休みを利用して,カナダに住んでいるメンバー,カラとアンディの二人に会うため,シカゴ空港からオタワ行きの飛行機に乗り込んだ。着陸直前にトイレで用を足した後,自分の席に戻ってみると,ズボンのベルトに付けてあったiPodが見つからない。しかも,別の乗客が「便器の中に白い機械が詰まっている」とフライトアテンダントに報告したため,爆弾か? と機内は騒然とした雰囲気になってしまう。
 慌てて「iPodが落ちたのだ」と釈明するティム君だったが,時すでに遅し。機内から空港警察に連絡され,すべての乗客が空港内の倉庫のような場所に隔離されることになったのだ。乗客達のヒソヒソ話やきつい視線で肩身の狭い思いをした彼は,警察と税関によって個別に行われた質問でもかなり絞られることになってしまう。
 「ゲームでどんなことをしている」という質問に対して“ギルドのリーダー”と答えたものが“カルト宗教のリーダー”と誤解され,「会いに行く相手」を説明しようとしたら,“会ったこともないカラさんとの恋愛破局で自暴自棄になっている”と疑われ,爆弾テロと執拗に結び付けられてしまうのだ。その頃,飛行機ではオタワ警察の爆弾処理チームを総動員してのiPodの回収が行われていた。
 最終的には無実が認められて釈放されたものの,同日ロサンゼルス空港で爆弾騒ぎが起きていたこともあり,ティム君の事件はアメリカ,カナダ両国で大きく報道される結果となった。トイレに行くときはiPodの携帯を控え,尋問中にはゲームの話をすべきではない,というのがこの話の教訓だろう。

 

 

仮想世界に,阿鼻叫喚の世紀末がやってきた!
〜 Second Life

 

現在,「Second Life」では240リンデン ドル(L$。ゲーム内の通貨)が,実世界の1ドル付近で取り引きされている。20人規模でゲーム内の不動産の売買をするAnshe Chung Studiosのように,会社として運営する人も出てくるなど,ゲーム経済の発展が目覚しい

 「オンラインゲームの実験場」として未来志向のゲーマーから熱い支持を集める「Second Life」で,このところ奇妙な事件が相次いでいる。事の起こりは10月7日。“Grey Goo”と呼ばれるアメーバ状の物体が勝手に分裂/増殖を始めてサーバーをクラッシュさせるという事件が発生。Second Lifeの開発/運営を行うLinden Labは,復旧に一日を費やすほどの被害を受けたのである。
 さらに,先週11月20日には,「ソニック・ザ・ヘッジホッグ」のリングを思わせる,回転する金の輪がサーバー内に増殖しはじめ,その後,プレイヤーが触ったとたんに分裂する進化型が登場するなど,今後のSecond Lifeの運営に大きな課題が生じている。

 Second Lifeは,Linden Scripting Languageというゲーム内プログラム言語によって,プレイヤーが衣装や家具など,なんでも制作できるソーシャルネットワーク型のゲームだ。現在150万人を超えるユーザーを数え,ゲーム内のさまざまなオブジェクトのデザインや販売,そしてエスコートサービスなどで利益を上げている人もいる。中にはそうしたゲーム内の仕事によって生計を立てているプレイヤーもいるのだ。
 Grey Gooも,正体はこのコンピュータ言語を悪用して作られたものであり,以前から恐れられていた「悪意あるユーザーが悪意あるオブジェクトを作ってしまったらどうするか?」という問題が実現してしまったのである。

 Grey Gooとは,アメリカのエンジニアであり執筆家として知られるエリック・ドレクスラー氏が,著書「創造する機械―ナノテクノロジー」の中に描いたもので,ナノテクによって開発されたたんぱく質のような微分子が,制御不能となって灰色のゼリー状に自己増殖し始め,やがて地球全体を覆ってしまうというものだった。このナノテク擬似生命との対比で,Second Lifeで発生したオブジェクトがGrey Gooと名付けられたのだろう。このGrey Goo事件がSecond Life世界の終焉を予兆しているのではないかとまで言う人もおり,Linden Labは再発防止にやっきになっている。

 

 


来週は,次世代のゲーム開発者について。お楽しみに。

■■奥谷海人(ライター)■■
本誌海外特派員。クリスマスシーズンになるたびに奥谷氏が気になるのが,アメリカ人達が庭先に飾るデコレーションの数々だ。パチンコ屋のような趣味の悪い電飾には慣れたが,最近では,1m近い熊やエルフの人形が何匹も屋根に連なって踊っていたり,通りに向かってクリスマスソングが垂れ流されていたりと,なんだか果てしなく加速している様子だ。奥谷氏のななめ向かいの家でも,夜な夜なクリスマスソングのオルゴールを掛けっぱなしにするそうで,「エネルギーの無駄遣いはぜひやめていただきたい」と,なぜか編集部に苦情を寄せている。ええ,よく言っておきますとも。


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