― 連載 ―

奥谷海人のAccess Accepted
2006年7月26日掲載

 このところ,久しくスポットライトを浴びることのなかった古株のゲーム開発者達がカムバックするというニュースをたびたび聞くようになった。とくに気なるのが,1980年代後半から'90年代前半にかけてのコミカルなアドベンチャーゲームの全盛期を築いてきた,アル・ロウ氏やロン・ギルバード氏らの“帰還”だ。アメリカンジョークが散りばめられた軽いノリのゲームは,流血や暴力が幅を利かす最近のゲーム市場にとっての一服の清涼剤となり得るのだろうか?

 

名デザイナー達の帰還

 

早過ぎたリタイアからカムバックする開発者

 

 古くからアメリカやヨーロッパのゲーム業界で名を馳せ,いまだに現役として前線で活躍するゲームデザイナー,と聞いて,読者の皆さんはどのような顔を思い浮かべるだろうか。ゴッドゲームを開発し続けるPeter Molyneux(ピーター・モリニュー)氏,MMORPGブームの立役者であり,現在は「Tabula Rasa」を開発中のRichard Garriott(リチャード・ギャリオット)氏,そして「The Sims」から新作「Spore」まで常に話題を独占するWill Wright(ウィル・ライト)氏……。
 もちろん,長きにわたってヒットメーカーであり続ける彼ら古株達は,ゲーム業界広しといえど,ごくわずかしかいない。多くの場合,成功と比例して社会的な地位も上がり,現場を離れて経営に回ったり,金銭的な余裕を得て,自分の趣味や興味の追求に走ったりすることになる。ゲーマー達にしても,そのゲームの内容や作品名は記憶に留めていても,誰が作ったのかまで覚えている人はそういないはずだ。
 かくして,過去の有名ゲームデザイナー達は歴史の中に静かに消えていく……。

 

音楽教師を経ての遅れた業界デビューだったが,去るのもまた早過ぎたアル・ロウ氏。LucasArtsと共に,コミカルアドベンチャーゲームの全盛期を築いた経験を持つ。10年のブランクを経てのカムバックである

 ところが,最近ちょっと気になるニュースが飛び込んできた。かつてアドベンチャーゲームを制作してきた人物が,久々にゲーム開発の現場に戻ってきたのだ。それが,「Leisure Suit Larry」を作った,Al Lowe(アル・ロウ)氏である。
 すでに還暦を迎えたロウ氏は,早くから「禿げ頭に髭面の巨漢」として欧米のゲーマー達の間で知られてきた。音楽の教師をする傍ら独学でApple IIでのプログラミングを習得し,1982年に「Dragon's Keep」を開発。販売をSierra On-Line(現Sierra Entertainment)に委託したことから同社にプログラマーとして採用され,当時Sierraがライセンス契約していたディズニーの作品に携わる。その後,「King's Quest III」(1986年)のリードプログラマーを務め,続いて,「SWAT」シリーズとして現在も続く「Police Quest」(1986年)を,プログラミングからサウンドまで一人で作り上げたのだ。

ラリーとサム
〜 世代を超えたコミカルなキャラクター

 

 38歳の童貞,ラリー・ラファーを主人公にした「Leisure Suit Larry in the Land of the Lounge Lizards」は,1988年に登場。Adventure Game Interpreterと呼ばれる,「King's Quest」シリーズで使われていたゲームエンジンを使用して開発されたこのシリーズは,自分の格好悪さに気づかないラリーがドタバタを繰り返しながら,なんとかお目当ての女性をモノにするという内容だ。今でいうギャルゲーのようなノリが受け,1996年までに計7作が制作されている。
 シリーズ独特の下ネタギャグもロウ氏の頭から生み出されたものだったが,同じ年,経営難に陥ったSierraが,フランスのCUC Internationalに買収されたため,ロウ氏はゲームから引退し,音楽仲間とバンドを結成するなどしていた。

 

上が,ロウ氏最後の“ラリー”作品である「Leisure Suit Larry 7: Love for Sail!」で,下はiBase Entertainmentが2007年のリリースに向けて開発中の「Sam Suede: Undercover Exposure」。どちらも,イケてない男が女性のハートをガッチリと掴むために邁進するという内容だ

 その彼が復活を宣言したのは,今年の5月,E3(Electronic Entertainment Expo)でのことだった。Leisure Suit Larryシリーズの制作における相棒だったKen Wegrzyn(ケン・ウェグシン)氏と組み,すでにiBase Entertainmentという会社を2005年中に立ち上げ済み。そこで「Sam Suede: Undercover Exposure」という新作アドベンチャーを開発していたのである。販売元も古巣のSierraを傘下におさめたVivendi Games(VG)に決まっており,2007年のリリースを目標にしているというのだ。
 VGからは2004年にシリーズ第8作の「Leisure Suit Larry: Magna Cum Laude」が発売されたものの,この作品にはロウ氏は関わっていなかった。Sierraの財産はすべてVGに継承されているので,新作ラリーをロウ氏が担当しても良かったはずだが,すでに2006年秋の発売に向けて,第9作「Leisure Suit Larry: Cocoa Butter」の開発がロウ氏抜きで進められているという。
 ロウ氏の新作であるサム・スウェードのほうは,アクション性が少しばかり加味された作品になるらしく,エクスタシー島(!)という観光地で起こった殺人事件に巻き込まれた,不器用な男を描いているとか。ラリーと似た路線の,女性のセミヌードなども含まれた,ソフトなタッチのお色気ゲームになるのは間違いないだろう。

Monkey IslandやCommander Keenの
クリエイター達も!

 

 いずれにせよ,暴力描写や複雑なストーリーを持つ濃密なゲームが多い当節,ホームドラマ(やや大人向け)のようなノリのコメディ・アドベンチャーがカムバックしているという現象が面白い。ロウ氏自身は,自分が“脱・引退宣言”を行った最大の理由として,2005年にアメリカで大きな評判を得たアドベンチャーゲーム「Psychonauts」に感化されたことを挙げている。この調子でコメディタッチのゲームがどんどん増えていけば,再びかつてのようなブームが起きるかもしれない,とロウ氏は考えているのだろう。

 

 実際,面白いことに,7月になってRon Gilbert(ロン・ギルバード)氏が,久しぶりにゲーム開発に乗り出しているという発表があった。同氏は,Leisure Suit Larryと同じく'80〜'90年代にLucasArts Entertainmentから発売されて人気を得た「Maniac Mansion」や「Return of Monkey Island」などの制作に関わった経歴を持つ。詳細は不明であるものの,こちらはLucasArtsからリリースされるMonkey Islandシリーズの続編であるというウワサもある。
 ギルバード氏は,メインストリームゲームから身を引き,子供用の教育ソフトなどに携わっていた。したがってこれは,ロウ氏と同じくらい楽しみな復活劇だと言えるだろう。

 

ロン・ギルバート氏が開発した,「The Secret of Monkey Island」(1990年)。「Escape from Monkey Island」まで計4作が制作されたが,アメリカで起きている“海賊ブーム”はギルバード氏の新作にとって追い風となりそうだ

 彼らのほかにも,id Softwareの創設者の一人であるTom Hall(トム・ホール)氏の動向も気になるところだ。ご存じのように,id Software退社後はJohn Romero(ジョン・ロメロ)氏と共にION StormやMonkeystone Entertainmentを創設したり,Midway Entertainmentに移ってプロデュースしたりと常にロメロ氏と行動を共にしていた人物。しかし,ロメロ氏が立ち上げたSlipgate Ironworksで制作中の新しいMMORPGプロジェクトには参加せず,テキサス州で起業されたKingsisle Entertainmentの総合プロデューサーとして迎えられている。
 ホール氏がid Softwareを退社した理由は,同社がFPSメーカーとして認知されるにつれて,自分が得意とするジョークを満載した軽やかなストーリーのゲームがないがしろにされていると感じたかららしい。彼の手がけた「Commander Keen」シリーズは,確かに「Quake」とは違った雰囲気を持っていた。Kingsisle Entertainmentでも,新たなMMORPGの開発が行われるとのことだが,ロメロ氏と袂を分かつことを決心するほど魅力あるプロジェクトだったのだろうか?
 アル・ロウ,ロン・ギルバート,トム・ホール……。長らく,ゲームデザインから消えていた“お笑い”の要素が,彼らの手によって復活することになりそうだ。

 

 


次回は,筆者夏休みのため,お休みをさせていただきます。

■■奥谷海人(ライター)■■
本誌海外特派員。驚いたことに,現在,奥谷氏は一足早い夏休みで日本に滞在中である。実家は光ファイバーの設置工事済みということで,彼も安心していたが,実際にはただ工事をしただけであり,プロバイダーとの契約も終了していない。つまり通信環境は絶望的だったのだ。しかも,彼の父親のノートPCを借りてみたところ,最後にメールがチェックされたのが2001年5月のことだったとか。あまりの環境に,もはや奥谷氏はネット中毒の症状さえ出ているらしい。


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