― 連載 ―

奥谷海人のAccess Accepted
2006年3月1日掲載

 ゲームをテレビ番組のように細分化する,エピソディックゲームなるビジネスモデルが話題になっている。これまでのように20時間遊べるゲームを1本のパッケージで販売するのではなく,5〜7時間ずつ3回に分けた“エピソード”を時間を置いてリリースしようという試みだ。ソフト1本の値段が低くなり,開発者もプレイヤーの意見を汲み取りやすいと期待されるが,果たして市場に浸透するか?

 

エピソディックゲーム

 

■テレビ番組化するエピソード形式のゲーム

 

1999年の「SiN」をValveのSourceエンジンでリバイバルさせた「SiN Episodes: Emergence」は,1作あたり20ドル程度でSteamによるオンライン配信が行われる予定だ

 これまでゲーム業界は,その産業の構造ばかりでなく商品形態まで「ハリウッド」を手本にしてきた。ストーリーを持つ,もしくはゲームがクロノジカル(時系列的)に進んでいくゲームは,すべて10時間から50時間ほどで楽しめる“一つのパッケージ”として販売されてきたのだ。これは,2時間ほど見せて1800円程度を徴収する映画と変わらない原理である。
 ところが,ゲームというのは非常にプレイヤーの好みに左右されるものであり,作家性を強調した映画より,商業的成功を優先し,場合によっては視聴者の好みに合わせて終盤のシナリオを変更することさえあるテレビ番組のほうが似ているのではないか,という議論も古くからあった。もう一歩踏み込んで,ゲームのストーリー(ミッション)までをテレビ番組のように分割して販売し,プレイヤーの好みに委ねようではないか,と考え出されたのが,ここ数年で現実味を帯びてきたエピソディックゲーム(エピソードごとに分割販売するゲーム)なのである。

 エピソディックゲームで思い出されるものとしては,セガの「シェンムー」がある。開発コストの肥大化やドリームキャストの失敗などで頓挫してしまったが,当時としては非常に斬新なアイデアだったといえる。ほかの日本のゲームとしては,「.hack」もエピソード的にまとめられて成功したソフトといえるだろう。
 欧米に目を向けると,まずRitual Entertainmentが,1999年のカルトヒット作品「SiN」をリバイバルし,さらにエピソードに分割してオンライン配信することを発表している。また,Valveもこれまで「Half-Life 2」の拡張パックとして知られてきた「Half-Life 2: Aftermath」をエピソード化することに決定し,「Half-Life 2: Episode 1」へと改称したほか,すでに「Episode 2」の開発も進行していることが発表されている。

■オンライン配信で第1の関門は通過

 

 このSiN,そしてHalf-Life 2: Episodeシリーズは,いずれもValveのオンライン配信サービスである「Steam」で販売されることが決まっている。ヨーロッパ産のアドベンチャーゲーム「Forenheit」がもともとエピソディックゲームとして企画され,「現状ではリテールでのエピソディックゲームの流通は難しい」という販売元の判断から挫折していたことを考えれば,オンライン販売の急速な普及に伴い,ここにきて,やっと流通に関する障壁が取り去られたと考えられる。次は,エピソード化というコンセプトが,どこまで消費者に受け入れられるか,という実験の第2段階に差しかかったわけである。

日本では,「ハーフライフ2:アフターマス」が2006年春にサイバーフロントより発売されることが決定しているが,「Episode1」への名称変更や,それ以降のシリーズの販売形態などについては,現在までのところ未定

 予定では,Half-Life 2: Episodeシリーズは本体ソフトが必要な拡張パックとは異なり,それぞれがスタンドアロンの製品としてリリースされることになっている。推測される価格は1エピソードにつき20ドル (約2300円)程度。現在のところ,何回のエピソードに分けてリリースされるのかは発表されていないが,これまでのシリーズのようにDay1からDay3まで続くと仮定すると,すべてのエピソードを20ドルずつでプレイした場合には総額60ドルとなり,パッケージ製品よりも多い料金を回収できる仕組みになっている。

 この課金形態は,別に目新しいことではない。考えてみると,「Ultima Online」や「EverQuest」「Lineage」のようなMMORPGでは,月額料金に上乗せするという形で,ピーク時には半年に一度程度の拡張パックがリリースされ,かつ大成功を収めてきた実績がある。日本では知られていないElectronic Artsの「Magestic」というオンラインゲームは,半年に満たない期間で6回もエピソードが加えられた。
 The Simsシリーズも,基本となるストーリー体系は存在しないとはいえ,同じ場所(マップ/世界)で何度もシチュエーションを変えた遊びを行わせるエピソード風の“メタゲーム”(meta-game)なのである。世界的にゲームソフトが売れなくなってきている昨今の事情を考えれば,エピソード形式で小出しにすることによって,より固定ファンに向けたサービスを展開することが,このようにさまざまな観点からすでに試行錯誤されてきているのだ。

■試行錯誤を続けるエピソディックゲームへの期待

 

 ただ,今のところは,エピソディックゲームが市場に急速に浸透するかどうかは疑わしい。広告により成り立っているテレビ番組とは違い,ゲームはプレイヤーから直接購入費用を集めることになる。これは,まず「エピソードの第一部が面白くなければならない」ことを意味しており,ゲームとして高い評価を得られなければその後の展開はつまずいてしまう。また,テレビ番組なら1クール(3か月/約13回)分に対して予算を均等に配分して企画を進めることもできるが,ゲームではプログラムなどの基礎部分への投資が大きな比重を占めているため,テレビ番組とのアナロジーは成り立ちにくい。

「Halo 2 Map Pack」は,PC版ではパッケージに最初から同梱されていたが,Xbox版ではXbox Live!を利用した別売りが行われた

 さらに,制作期間も大きな問題となり得る。Half-Life 2: Episodeシリーズは,第一作が今春(4月頃?)にリリースされてから,半年ごとに新しいエピソードを展開していくとしている。
 筆者自身がまだエピソード形式のゲームをプレイしていないので個人的意見でしかないのだが,毎週更新されていくテレビドラマとは違い,1回5〜6時間のゲームプレイが半年ごとでしか体験できないのは,間が空きすぎているような気がしてならない。Episode 1が発売された当初は熱中したが,半年経ったらどうでもよくなった,というプレイヤーも出てくるだろう。「Episode 2の情報を読んで新たにEpisode 1からプレイしたくなった」という新規の消費者をどれだけ獲得できるかが問題になるだろうし,マップをマルチプレイヤーでも遊べるようにして半年の間人気を持続し続けるといった方策も必要になるだろう。単にゲームの面白さ以外にも考慮しなければならない部分は多そうだ。

 もっとも,ゲーム業界にとってエピソディック方式は,ゲーム産業の構造改革に向けた期待の星であるようだ。MicrosoftのPeter Moore(ピーター・ムーア)氏は,昨年10月にXbox 360のローンチを目前にして,アメリカの音楽専門番組MTVのインタビューに答える形で「小さくエピソードに分けたゲームの普及」を語っている。また,Sony Computer Entertainment of EuropeのPhil Harrison(フィル・ハリソン)氏も,2000年に行われたGDC(Games Developers Conference)の基調講演において,エピソディックゲームに目を向けたゲーム制作を,開発者達に促していたほどだ。
 Xboxでは独自のオンライン配信サービス「Xbox Live!」において「Halo 2」用のマルチプレイヤー用マップを小売したことから,ある程度手応えをつかんでいるようで,今後のXboxの展開にも注目しておきたいところ。日本では携帯電話にゲームをダウンロードしたり特定サービスに月額料金を払ったりすることは一般化しているし,アメリカでもiPodを使ったテレビ番組のエピソード配信が行われ始めた。SiNやHalf-Life 2: Episode 1のようなソフトが,どれだけPCゲーム市場に受け入れられることになるだろうか。

 

 


次回は,「もう一つの世界」からゲームを考えてみます。さて,もう一つの世界とは? 次回をお楽しみに。

■■奥谷海人(ライター)■■
本誌海外特派員。先日D.I.C.E.サミットの取材のためにラスベガスに行った奥谷氏。ホテル内にあった24時間営業のカフェへコーヒーを買いに行ったあと,たまたま前を通りかかったスロットマシーンにおつりの5ドル紙幣を突っ込んだところ,なんと1発で250ドルになって返ってきたという。さらに2回目のレバーを引くと今度は16倍の80ドル。「今夜はオレのものだ」と執筆を忘れてカジノを楽しんだらしいが,1回5ドル消費という高額のマシンだったためか,ものの15分で勝ち分を使い果たしてしまったという。ま,人生そんなもの。黙って原稿を書いていればよかったのです。


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