― 連載 ―

奥谷海人のAccess Accepted

 ヒップホップを主軸にしたアフリカ系アメリカ人の文化は,音楽や映画を中心に,すっかりアメリカ社会のメインストリームとして定着した感がある。なぜかゲーム界に限っては,長きにわたって大きな影響がなかったのだが,ここ最近になって,クライムアクションなどのジャンルで急速に黒人系キャラクターの登場頻度が高くなってきている。このトレンドは,どのように進んでいくのだろうか。


ヒップホップ・ジェネレーション

■メインストリーム化したヒップホップカルチャー


 アメリカで1980年代中期に登場したヒップホップという音楽ジャンルは,1990年あたりを境に着実にメインストリームを侵食していき,いまや人種に関係なく世界中で受け入れられている。その波が,最近になって急にゲームエンターテイメントにも押し寄せてきているのは,ここ1,2年のゲーム広告やキャラクターの傾向からも十分に察することができるだろう。
 イメージ的にAtariと黒人社会を結びつけるのは難しいが,Xboxやプレイステーション2など現行のコンシューマゲーム機では,ヒップホップ的な"カッコ良さ"が企業側の広報活動で利用されることが多くなったし,MTVなどでも,自分の豪邸を紹介するラッパー達がゲームに興じている姿が頻繁にオンエアされているような状況だ。


"Men of Honorシリーズ"の開発チームが手がけたが,「Men of Valor」のほうは期待外れだった。しかし主人公のディーン・シェファードだけは,ゲームエンターテイメントではマレなほど,アフリカ系アメリカ人として"まともな"描かれ方をしていたと評価が高い

 次世代機の一つであるXbox 360のネーミングも,ひょっとしたらヒップホップカルチャーに影響されているのかもしれない。
 E3(Electronic Entertainment Expo)でのお披露目時には,ブロードバンドやワイヤレスによる「全方位性」という意味が想像できただけで,"360"(アメリカではスリー・シックスティ,日本ではサンロクマルが公式の呼び方)の由来は説明されずじまいだった。会場ではライター仲間が「どうせなら3周して(スケボーの)テン・エイティでも良かったんじゃないか」なんてジョークを飛ばしていたが,欧米での"Tony Hawk's Pro Skaterシリーズ"の人気を考えれば,あながち的外れではないだろう。しかし,1080ではなく,360なのである。なぜだろうか。
 実は"スリー・シックスティ"は,ヒップホップで多用されているスラングの一つでもある。アメリカの黒人系映画において,ダンスフロアやハウスパーティなどで,周囲の人が輪を作る中で自分のダンスを披露するような場面を見たことがある人もいるだろうが,あの状態をスリー・シックスティというのだ。
 スリー・シックスティは,ダンスを踊った人が周囲の人間を指差すなどして,次のダンサーを選ぶという遊びになっており,このようなヒップホップにおける全員参加型のクールなイメージが,Xbox 360の遊び方のイメージに重ね合わせられているのだろう。事実,MicrosoftはUPN局の「Dance 360」というダンス番組のスポンサーになっている。

 ずいぶんと話題がずれてしまったが,元々アフリカ系アメリカ人達の文化であったヒップホップは,アメリカ社会にかなり浸透しており,通りを歩いていると白人系,アジア人系,ヒスパニック系に関係なく,同じようなファッションで歩いていたり,独特のアクセントを真似ていたりするのは面白い。
 白人のミュージシャンがラップを歌っていても違和感がなくなった現在,Microsoftの幹部連中が,スリー・シックスティの裏に秘められたイメージを受け入れても,なんの不思議もないわけだ。
 また,以前は黒人ミュージシャンが大企業のCMに出れば"セルアウト"(自分を売って白人社会に媚びた,という意味)などとブラザー達から揶揄されたが,今ではペプシやReebokのCMで頻繁に見かけるし,独自ブランドの衣服やサングラスを売り出したりと,確実にメインストリーム化を果たしている。

 アメリカ社会で不動の地位を得たこのヒップホップカルチャーと,長い間白人系アメリカ人やヨーロッパ人,そして日本人というごく限られた中で成長してきたゲーム文化が,ここに来て接点を見いだしたことは,むしろ遅かったと言うべきだろう。


■黒人系の主人公は異常なほど少ない?


「Grand Theft Auto:San Andreas」の"CJ"ことカール・ジョンソンのように,アフリカ系アメリカ人は,ギャングというステレオタイプなイメージで描かれる機会が増えた。ギャング系ゲームといえば「Kingpin」が思い出されるが,あちらはニッキー・ブロンコという,おそらくラテン系の主人公だ

 映画や音楽業界で活躍するアフリカ系アメリカ人の多さと比較すると,ゲームでは,主人公としての登場頻度が非常に低いのには驚かされる。
 黒人が主人公のゲームとしてまず思い出すのは,ベトナム戦争を扱ったFPS「Men of Valor」だ。主人公のディーン・シェファードはオクラホマの貧しい田舎町の出身で,高校を卒業すると同時に従軍するという設定である。途中で戦争の不条理に戸惑ったり,皮肉なことに弟も兵役に出たりという葛藤がマイノリティの立場から描かれている。
 開発元の2015社は,非常に有名な黒人女性アーティストとの会話の中で,「なぜ黒人が主人公のゲームがほとんど存在しないのか」という素朴な疑問が話題になったとコメントしているが,ゲームプレイへの評価はともかく,ポジティブな形で黒人系のキャラクターを主人公に選んだというのは賞賛すべきことだろう。
 また,"ギャング"というステレオタイプのキーワードにくくられてはいるものの,大作「Grand Theft Auto:San Andreas」の主人公カール・ジョンソンも黒人である。そのほか主人公ではないにせよ,「Half-Life 2」のヒロインであるアレックスもハーフという設定で特筆に値するだろう。
 ……とはいえ,これらは1年に何百本も開発されているゲームソフト業界のスケールで見れば,ほんの一握りにすぎない。

 肌の黒いキャラクターが主人公というのは,アスリートが多いスポーツゲームや,バリエーションの一つとして格闘ゲームで登場することはあれど,シングルプレイヤーモードが全盛だった時代には考えられなかったことである。
 ところがオンラインゲーム化が進行し,「Ultima Online」で肌の色を調節可能になっていたり,「EverQuest」でエリュダイトのデフォルトのスキンテクスチャが褐色になっていたりと,プレイヤーにキャラクターメイキングが委ねられるにしたがって,肌の色の黒いキャラクターを自分達のアバター(分身)としてゲームで遊べる素地が整ってきたように思える。
 近年にはアフリカ系アメリカ人の管理職への進出が増えてきたことから収入も安定しており,いまやアフリカ系アメリカ人によるゲームを含む玩具の年間消費も700億円に迫っているという。映画や音楽と同じように,ゲームでも,もっと彼らの文化のカッコ良さに注目してもいい時期であるのは間違いない。
 アフリカ系アメリカ人を対象にしたゲーム専門サイトAAGamerを主催するRoderick Woodruff(ロデリック・ウッドラフ)氏も,「我々はゲーム市場の多くを代表しているというのに,長い間ビデオゲームやPCゲームの開発やマーケティングでは"無"の状態だった」と嘆く。America Onlineのインターネットサービスに加入する3分の1のアフリカ系アメリカ人が,多くの時間をゲームに割いているという事例を挙げ,「我々がゲームのレビューを書くなりフォーラムに参加するなりして,この無の状態を少しずつ埋めていかなければならない」と,消費者としての積極的な参加を呼びかけている。


■アフリカ系アメリカ人による活動


 状況は,確実に変わってきている。黒人キャラクターを主人公にした作品も,今後続々と登場する予定になっているのだ。しかしその一方で,Grand Theft Auto:San Andreasのような,暴力や犯罪を売り物にしたソフトとの関連が多いのが実情だといえる。
 コンシューマゲーム機では,ラッパーの50 CentをフィーチャーしたVivendi Universal Gamesの「50 Cent:Bulletproof」や,「ジェットセットラジオ」のようにグラフィティ・アーティストとしての道を究めるAtariの「Getting Up:Contents Under Pressure」といったタイトルが,2005年に発売される予定だ。PCゲームでは,以前にも紹介したEidos Interactiveの「25 to Life」があり,ほかの作品と同じく犯罪の過激な描写を含む作風になっている。
 有名なアーティストの承認を受けた作品も多いが,自ら黒人に対するステレオタイプのイメージに成り下がっている感も否めない。しかし,それが文化の融合の過程であると受け止めることもできる。

「Kaotic Foolz」は,麻薬マフィアを叩き潰すという筋書きのステルス系アクションゲーム。Urban Game Academyというプロジェクトの一環として制作されている学生による作品で,2005年の春から始まったばかりのホヤホヤの企画。さて,数年後に形になって出てくるのだろうか
 ゲーム開発に携われるだけの才能が,まだまだアフリカ系やラテン系の社会からは生まれにくいという問題もあるだろう。ActivisionのプロデューサーTodd Jefferson(トッド・ジェファーソン)氏や,Vivendi Universal GamesのブランドマネージャーNichol Bradford(ニコル・ブラッドフォード)氏らがいるとはいえ,現場での絶対数は,まだまだごくわずかである。

 興味深い活動としては,アトランタのアフリカ系アメリカ人達が自主的に進めている,Urban Game Academyというプロジェクトがある。これは,南部では初めてアフリカ系アメリカ人によって創設されたゲーム会社Entertainment Arts Research社が先頭に立ち,市内の子供達にゲーム制作のノウハウを無料で教えているもの。正規の教育機関ではないが,アメリカン・インターコンチネンタル大学の教授でもあるJoseph Saulter(ジョセフ・ソールター)氏らが参加している。
 つまり,アフリカ系の開発者を養うことで,ゲーム業界を内側から変えていこうという試みである。すでに複数のゲームプロジェクトが進められており,中には潜入アクションを楽しむ「Kaotic Foolz」や,女の子達が活躍するRPG「Girlz Brawl」のように,将来的にXboxでのリリースが予定されているソフトもあるようだ。
 また,同じくアトランタをベースにする404 Gamingは,有名なラップアーティストやDJ,あるいは医者や弁護士を目指して都市での生活を送るMMORPG「HipHop Legends」を開発中だ。ビースティ・ボーイズのアドロックやチャックD,すでに他界しているノートリアスB.I.G.など数々のアーティストをフィーチャーする予定であるなど,かなりユニークな要素も用意されているという。

 ほかのエンターテイメント業界と比べて,アジア系以外の比重が少ないゲーム業界だが,紆余曲折を経ながらの少しずつ成熟している。この多元化こそが,文化の原動力の一つなのだから。




次回は,最近アメリカで吹き荒れる,ゲームのスキャンダルについて紹介しよう。

■■奥谷海人(ライター)■■
本誌海外特派員。「'90年代はヒップホップに傾倒していた」と話す奥谷氏。「ラップ,ヒップからオルタナティブまで,本当に音楽が面白い時代だった」など,話し始めると止まらない。その真偽はともかく,当時彼は一つの掟を持っていたそうで,それは「将来生まれてくる子供に過激な音楽ばかり聴いていたと思われないために,CDは手元に残さない」というもの。しかし,最近になってまた若い時代に思いをはせているらしく,Digital UndergroundやPublic Enemyなどの楽曲をオンラインで購入しているようだ。すでに子供は二人も生まれてきているわけだが……。


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