― 連載 ―

奥谷海人のAccess Accepted

 イギリスのミドルセックス大学で,ちょっとユニークな研究が進んでいる。スクウェア・エニックスのMMORPG「ファイナルファンタジーXI」で,日本,ヨーロッパ,アメリカのプレイヤーの統計を採り,各地域の人が仮想世界でどのような行動の違いを示すかを調べるというものだ。これまで学術的にはほとんどノータッチだった「バーチャル人類学」の題材になぜ同作が選ばれたのか,そして,どのような成果がもたらされるのか。研究者やスクウェア・エニックスから聞いた話を交えつつ,紹介しよう。



「ファイナルファンタジーXI」のヨーロッパ向けPC用パッケージ。欧米でも知名度は高く人気もあり,現在世界中で55万のアカウントを誇る
 スクウェア・エニックスのMMORPG「ファイナルファンタジーXI」を使って,この一風変わった調査を始めたのは,インタラクティブメディアにおける人類学を研究する25歳のミドルセックス大学院生アラン・ミーズ(Alan Meades)氏。この研究にはまだ正式なタイトルはつけられておらず,現在はミーズ氏自身が運営するサイトの名称である「ビデオゲームスタディ」という仮の名で調査が進められている。
 調査内容は複雑なものではなく,現在使用しているキャラクター名や外観,所属する国家名,そして各陣営やプレイスタイルに対するプレイヤー個人の印象など30問ほどに,選択メニューで回答するようになっている(エンコードの問題かうまく表示されない部分もあるが,日本人用のメニューは一応日本語で書かれている)。彼は,現在はこのサイトでプレイヤーの基本的なデータを収集しており,2006年の夏頃には一つの論文を完成させたいという目標を持っている。

 もともと,「アメリカではFPSやRTSがよく売れるが,日本ではRPGやパズル系のゲームのほうがよく売れる」とはよく言われている。地域や文化によって,プレイヤーの好みはずいぶんと異なるものだが,実際にどのように異なるのかが学術レベルで具体的に調査されたことは少ない。
 ミーズ氏は,それら異なるバックグラウンドを持ったゲームプレイヤー達が,MMORPGの仮想世界という同じ土俵に立った場合に,ゲームに対する心構えや行動パターンが,端的に表れるのではないかと言う。

 その点,ファイナルファンタジーXIにおけるユーザーコミュニティは,非常に理に適ったテストサブジェクトである。同ソフトは,開発時からすべてのプレイヤーが一つのサーバーでプレイすることを念頭に開発されており,プロデューサーとして開発チームを率いている田中弘道(Hiromichi Tanaka)氏も,「どの地域の人にでも,遊びやすく楽しめるものにする必要があり,ある国の人には受け入れられても,別の国の人には楽しめないのでは意味がないので,地域ごとの差異をあまり意識はしたことはない」と話す。言語の障壁を取り除くことは難しいにせよ,プレイヤーの出身国を意識させずに一つだけの世界(サーバー)を用意したという意味において,ファイナルファンタジーXIはより"バーチャルワールド"の理想に近いのである。
 「EverQuest」や「ラグナロクオンライン」「World of Warcraft」のような作品の場合,アクセスする地域やPK(Player Killing)などのゲーム内ルールによって,プレイするのに最も効率の良いサーバー(シャード)に振り分けられることになる。結果,同じ言語や文化を持つプレイヤー同士で楽しみやすくなるが,それでは本来の「国境のないバーチャルワールド」の持ち味が生かせなくなってしまうわけだ。

ミーズ氏によるビデオゲームスタディのサイト(「こちら」)。日本語用のページも用意されており,(読めない部分さえクリアすれば)10分程度でアンケートを入力できる
 「日本生まれのMMORPG」という肩書きは消せないが,スクウェア・エニックスでファイナルファンタジーXIの運営を手がけるセージ・サンディ(Sage Sundi)氏は,「マルチプラットフォームという要因に加えて,国や地域などの切り分けをなくしたグローバル設計のため,それぞれの地域のプレイヤーに対して不公平感を生まない機能の提供を行っていくこと」を,サービス運営の重要なポイントとして挙げている。前出の田中氏も,「とくに日本人という観点でゲームを制作するのではなく,あくまでネットゲーム初心者にもやさしく,それでいて上級者にもとことん奥が深いゲームというのが,開発コンセプト」と話す。
 このような考え方のもとに,全世界の初心者プレイヤーに"優しく"設計された本作だからこそ,ミーズ氏が望むように,参加プレイヤーのバックグラウンドがハッキリと映し出されるのかもしれない。

 ミーズ氏自身も「ほかのMMORPGでは,前日に見たテレビ番組や地域の政治についてプレイヤー同士が話しているようなことがある。しかしファイナルファンタジーXIでは,世界中からプレイヤーが集まっているぶん,ローカルな話題が出にくくゲーム世界の話題に没頭しやすい。タイタンであれバハムートであれ,ゲーム内での仮想文化に貢献している。サブジェクトとしては最適だ」と太鼓判を押す。
 人に何かを尋ねるとき,丁寧に質問する傾向が日本人やイギリス人に多いこと,そして自分のレベルにそぐわない地域に無鉄砲に侵入するのはアメリカ人やヨーロッパ人に顕著なことまで,彼は文化的な差によるものではないかとみる。実際にミーズ氏が追求したいのは,地域的,文化的なバックグラウンドの異なる参加者が,一つの世界を与えられた場合に,どのような選択や行動の違いが生み出されるのか,ということのようだ。

 ミーズ氏は,今回の研究を端的にビデオゲームスタディと呼んでいるが,そのルーツはオランダの文化人類学者ヘアート・ホフステード(Geert Hofstede)博士に行きつくようだ。世界中のIBM職員10万人へのアンケート調査を行い,彼らの価値観を統計することで,国別の文化特性要因を明らかにしたユニークな研究は,「多文化世界 ― 違いを学び共存への道を探る」(有斐閣出版・1995年)として日本でも翻訳されている。ミーズ氏も,数年前に「ヴァーチャル人類学」と題した"ゲームにおける人類学"をテーマにした研究論文でマンチェスター・メトロポリタン大学を卒業しており,今回の研究もその一環として捉えることができるだろう。
 もっともミーズ氏は,筆者の問いに対して「必ずしもホフステードの研究に賛同するのではない」と言う。「プレイヤーがドイツ出身だからといって,ゲーム内で同じ行動をとるとは限らないからね。ただし,ドイツのプレイヤーにはこういう傾向が見られるから,そのオプションをゲームデザインに取り入れておこうと考えることはできる。ゲーム開発の側面でも,今回の調査は実践的に役立つはずだ」と彼は続ける。
 ミーズ氏の研究には,1978年に「MUD-1」を開発した功績が認められて,今週行われるGDC 2005(Game Developers Conference)で「ファースト・ペンギン賞」を受賞することになっているリチャード・バートル(Richard Bartle)博士も期待をかけているようだ。ホフステードの調査が20年にも及んでいたことを受け,「ゲーム世界ではさらに世代差などの要因も加味するべきだ」としながらも,「まったく何もない状態の仮想世界に,各文化に依存してきたプレイヤーが何をもたらすのかを調べるのは有意義なこと」とミーズ氏を評価する。

 ミーズ氏のビデオゲームスタディのようなMMORPGに関する研究は,まだまだ始まったばかり。そのサブジェクトとして日本産の「ファイナルファンタジーXI」が選ばれているのは,ある意味非常に光栄なことだと思う。
 ちなみに現在のところ,ミーズ氏の調査は日本であまり知られていないためか協力者も圧倒的に少ないようだ。読者の中にファイナルファンタジーXIのプレイヤーがいれば,ぜひとも「こちら」で協力してほしいというのが,ミーズ氏から読者への伝言である。



来週は,次の世代を担う欧米産MMORPGについてお届けしよう

■■奥谷海人(ライター)■■
本誌海外特派員。奥谷氏が街をドライブ中に何げなく立ち寄ったガレージセール(家の前で行う中古品販売)で,石原裕次郎や美空ひばりが朗らかに笑う小冊子を発見したという。前に住んでいた日系人家族が置いていった箱の中にあったらしいが,なんと今から47年前の1958年に刊行された明星5月号の付録「歌謡全曲集」。奥谷氏は,日本人として小冊子を捨てておけない気持ちになり,1ドルで購入して家に持ち帰ったとのこと。



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