アドベンチャーゲーム「Ever17」の導入部。エレベータ内に閉じ込められた武がどうにか外に出て,LeMU内部で人を探していると,空が現れ,危険だから逃げろと告げる。直後に窓のガラスが割れて浸水し,LeMUからの退避は不可能に
今回紹介するのは,アドベンチャーゲーム「Ever17 -the out of infinity- Premium Edition」。もともとのプレイステーション2版,ドリームキャスト版の発売が2002年8月なので,4年前の作品ということになる。では,なぜいまさら取り上げるのかといえば,現在にいたるまで本作以上に,ノベルタイプのキャラクターゲームという形態を十二分に活用して構築された作品が見当たらないからだ。つまりは現時点における,キャラクターノベルゲームの到達点と評してよいのだが,実はどうにも紹介しにくい作品でもある。アドベンチャー作品の宿命として,少しでも内容を具体的に紹介しようものなら,ネタバレに直結するからだ。
というわけで,今回の原稿はいささか抽象的で,ときに曖昧な記述を含んでしまうことを,あらかじめご了承いただきたい。なにしろ愛好家の間では,このゲームを他人に勧めるとしたら「とにかく面白いからやれ」としか言えなくて困るという話が,しばしばささやき交わされるくらいなのだ。
閉じ込められたと分かった優,沙羅,「少年」の3人が,中央制御室で状況を把握しようと努めるが,何も情報を得られないことに腹を立てた優はコンソールにかかと落とし。豪快な性格を表すエピソードだ
簡単にストーリーのさわりを紹介しておこう。2017年,海中に設けられたテーマパーク「LeMU」(レミュウ)で事故が発生し,主人公を含む数名が内部に取り残されてしまう。LeMUは深度51mに達する海中にあるため,泳いでの脱出はほぼ不可能。さらに悪いことに,このままでは水圧のため,数日以内に圧潰してしまうという。極限状況の中で取り残された人々は脱出方法を求め,さまざまな危機を乗り越えていくのである。
一般的なノベルタイプのキャラクターゲーム(恋愛アドベンチャー)は,基本的に主人公視点で物語が進行するわけだが,この原則を忠実に守ると,主人公の見ていない場所で起こるストーリー要素を描写できない。これを解消するために考えられたのが,プレイヤーの視点が設定される人物を複数設定し,一定範囲内で起こる事柄を複数の側面から見せる,マルチサイトシステムである。
本作においては,プレイヤーの視点を担うキャラが二人配置され,そのどちらかの視点でプレイが進む。エンディングが用意されたパートナー候補のキャラは総勢5名だが,異なる主人公ごとに2名ずつ配され,最後に残るキャラクターのエンディングが,すべての種明かしになっている。つまり,物語の全貌を掴むためには,気に入ったキャラのエンディングを見るだけではダメなのだ。
お目当てのキャラとの恋愛を成就させることは,プレイの目的ではなく過程に過ぎない。そして,プレイヤーは最終的に事故と,その裏にある謎を解き明かすことになる。
「主人公」としてプレイヤーが動かすのは,熱血漢の大学生「倉成 武」と,記憶喪失で自分の名前も生年月日も覚えておらず,便宜上「少年」と呼ばれるキャラクターの二人。どちらの視点でプレイするかは,早い段階で登場する選択肢で決める。
登場する女性キャラクターは全部で5人。元気いっぱいで口より先に手が出るタイプの優,寡黙で謎が多く,他人を拒絶する行動をとるつぐみ,LeMUのシステムエンジニアで沈着冷静,論理的ではあるが,どこか常識に疎い空,優の後輩で,少し小生意気だが本当は寂しがり屋の沙羅,そして,天真爛漫というか,ぶっ飛んでいるというか,捉えどころのないココの5人だ。
武視点の場合,エンディングのあるのはつぐみと空,「少年」視点では沙羅と優だ。そしてココはラスボス(?)として,最終シナリオで活躍することになる。
田中 優美清春香菜(18) |
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LeMUの短期アルバイトで,名前の読み方は「たなか ゆうびせいはるかな」。あまりにも長いので,自己紹介するときも基本的に「田中優」で済ます。他人や友人からは「優」や「なっきゅ」などと呼ばれる。とにかく積極的かつ豪快な性格で,キレると開かないドアを無理矢理開けようとしたり,鉄拳が飛んだりする。だが,そういった性格とは裏腹にオカルト的な知識が豊富で,ゲーム内でもその一端を披露する。「少年」視点でのヒロインの一人。 (CV:下屋則子)
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小町 つぐみ(17) |
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自分のことを語ろうとせず,他人との間に壁を作り,単独行動をとることが多い。LeMUを訪れた目的も明かされておらず,何を考えて行動しているのか,非常に分かりづらい。武視点でのヒロインの一人で,物語全体の鍵を握る人物でもある。とはいえ,このゲームでストーリーの鍵になっていない人物など,一人もいないのだが。 (CV:浅川悠) |
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茜ヶ崎 空(24) |
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LeMUシステム開発部のエンジニアで,一応主任代理ということになっている。その割にLeMU入場時の説明係を務めていたりするが。事故後はその立場ゆえ,LeMUの状態を確認し,全員の脱出のため全精力を傾ける。世間知らずというか,同じ年齢の女性に比べ恋愛などに関する機微に欠ける。武視点でのヒロインで,彼女のシナリオが最も恋愛ゲームらしいのだが,このゲーム全体に流れるメタフィクション性を象徴するシナリオにもなっている。 (CV:笠原弘子) |
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松永 沙羅(16) |
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優の後輩に当たる少女。学校の行事でLeMUに来たところ,事故に遭遇する。優からは「マヨ」と呼ばれるが,「まつながさら」→「つなさら」→「ツナサラダ」でマヨネーズが不可欠というところから来たという,手の込んだあだ名である。逆に沙羅は優を「なっきゅ先輩」と呼ぶ。小生意気で強気な発言をすることが多いが,本当は寂しがりやという,一見ツンデレ系。その理由は……。「少年」視点でのヒロインで,なぜか武視点では登場しない。 (CV:植田佳奈) |
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八神 ココ(14) |
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本作品のラスボス。とにかく天真爛漫かつ無邪気で,ぶっ飛んだ性格。閉じ込められて助けが来ないという状況下,全員が暗くならずに済んでいるのは,彼女の性格によるところも大きい。さまざまなイベントでプレイヤーに頭を抱えさせるギャグシーンを演出するのは,すべて彼女である。武視点では,取り残された6名のなかの一人として,「少年」視点では,時折「少年」にだけ見える謎の存在として登場。その正体は最後の解決編シナリオで明かされる。 (CV:望月久代) |
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倉成 武(20) |
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主人公の片方。友人達とLeMUに来て事故に遭遇。積極的な性格で,取り残された6人のリーダー格となることも多い。ただし,情熱的すぎて感情に流された行動をとることもある。とはいえ,基本的にはこのゲーム中では最も「男らしい」キャラクターである。 (CV:保志 総一朗) |
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少年(?) |
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もう片方の主人公。発見された時点で記憶を失っており,名前も住所も年齢も覚えていない。積極的な武とは反対に内向的。「少年」視点のシナリオでは,ココが残されたメンバーにおらず,少年だけに見える幻影のようなものとして現れる,なぜかふと先のことが分かってしまったりするなど,不思議な点がいくつか見られる。 (CV:???) |
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このゲームでは,二人の主人公を切り替えて操作するのでなく,導入部の選択肢で視点を選ぶ。ここで「俺は」を選ぶと武視点,「ぼくは」だと「少年」視点になる |
119時間±12時間程度でLeMUは圧潰する。それまでの間に脱出する必要があるが,救助隊は来ず,時間は失われていく。その中で6人は脱出のための努力を続ける |
気晴らしのため,缶蹴りをするメンバー。缶をめぐる争いで二人とも倒れて,「少年」が沙羅の上におおいかぶさる形に。このゲームでは珍しいお約束的シーンだ |
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同じく缶蹴りで武がオニのとき,ファーストフードのスタンドの中に隠れていた空を武が見つけると,空は店員のような応対をしてごまかそうとする。空の名シーンの一つである |
「人のぬくもりを感じることができない」という空に,武はガラス越しで手を重ねる。すると,空はなんだかぬくもりが感じられるような気がするという。貴重な恋愛的シーンだ |
エレベーターの重さが足りず,沈んでいかないので,重い冷凍マグロをバラスト代わりに。オイルバーナーで火を起こし,頭の部分を煮て食べるわけではないので,念のため |
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マルチサイトシステム,武/少年視点での事象の微妙なズレなどは,ストーリーを演出するための「仕掛け」である。SFに親しみがあれば,この,システムとストーリーを一体にしたメタフィクション手法はより理解しやすいだろう
冒頭でも述べたとおり,このゲームは基本的にノベルタイプのアドベンチャーである。ところどころに選択肢が現れ,その選択でストーリーが分岐していく。再プレイを視野に入れて,以前のプレイで選択したことのある選択肢は色が変わるという親切設計だ。
セーブスロットは65件分,クイックセーブ5件分に加えてオートセーブ5件分と,数多く用意されている。おまけに,ロードすると以前セーブした,まさにその部分の会話から始まるなど,非常に洗練された作りになっている。
とはいえこのゲームで最も特筆すべきは,ゲームシステム上の「お約束」を巧みにシナリオに取り込んで,見る者を唸らせるストーリーを構成している点だろう。まことに口はばったい言い方で恐縮なのだが,本作は一人称視点でのシナリオ進行,マルチサイトシステム,分岐によるマルチエンディングといった恋愛アドベンチャーの常道を,すべて逆手にとってシナリオに織り込み,ストーリーと世界を構築している。
プレイを進めていくと,名状しがたい違和感を抱く場面が何度も出てくるだろう。武視点で沙羅が登場しないことなどが,その最たるものだ。だが,そうした謎のほとんどにはきっちり説明が用意され,物語が収斂すると同時に矛盾はきれいに解消する。
その意味で,Ever17という物語は,ノベル形式のキャラクターゲームという形態でなければ実現しようがない作品であり,正面からのノベライズないしアニメ化はまず不可能だろう。
昨今「ストーリーを追うだけで,“プレイ”要素のないソフトはゲームと呼べるのか」ということがしばしば話題になるが,「ゲーム」のシステムを利用しなければ語れないEver17のストーリーは,その疑問に対する回答の一つとなり得るだろう。最初に述べたことの繰り返しになってしまうが,ここまでの紹介で,何がすごいのか少しでも気になった人は「とにかくプレイしてみる」ことをお勧めする。
蛇足ではあるが,筆者が最後までプレイして,その仕掛けに感嘆したあと連想したのは,アニメ「勇者特急マイトガイン」および,アガサ・クリスティの「アクロイド殺し」をめぐる議論であった……というのは,けっこうなネタバレになってしまうのかもしれない。
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武視点においては,LeMU内を探し回った結果,取り残された人達は左の画面のようにして出会うことになる。対して,「少年」視点では右のような出会い方だ。このような微妙な「食い違い」が武,「少年」の両視点でいくつか発生する。いったいこれはなぜなのだろうか? |
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武視点では,武が偶然見つけたホットドッグを調理して,みんなで食べるシーンがある。これに対し,「少年」視点ではつぐみが見つけて勝手に食べてしまう。その後,つぐみはいかにもワケありげなセリフを発する。少年視点におけるつぐみの発言は,何かを知っているからこそ発し得るもののように見える |
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